11 学園討伐実習
目の前に集まる男女の集団に顔を見られないように被っているフードを更に深く被り直し、小さく溜息を吐く。
その集団は周囲の状況などお構いなしといった様子で話を続けながら薄暗い通路の先頭をきって進んでいく。
集団の中心…ハナ=アマギは安心しきったように顔を綻ばせ、自分に危機など及ばないと本気で思っているようだ。
「後ろの。遅れず着いて来い」
以前見た、この国の王子だという少年は横柄な態度で私、リュカ、そして他のギルド員に告げる。
この集団の中心を成すのは王子、ハナを含む学生達であるが、この集団には私を含めたギルド員が何名か同行していた。
今私たちがギルドの依頼として参加しているコレは、学園の授業の一つなんだそうだ。
これは学生の警護依頼としてギルドから正式に下りてきている依頼で、王立学園が依頼していることもありかなり羽振りの良い依頼だったので私も飛びついてしまったのが運の尽き。
学生が行く魔物討伐授業だけあって危険も殆どなく、割高。人気の高い依頼の割に募集人員も多いので危険も少ないと考えて安楽に参加したのだが、まさか、こんなところでハナに遭遇するとは思ってなかった。
他にも数多いる学生の中からまさかハナの属するチームに当たるなんて…。
この間のオフの日に見かけて以来、こんなに直ぐ遭遇するなんて本当に運のないことだ。
また小さく溜息を吐くと、同じくフードを目深に被ったリュカが下から私の服を引いた。
「ん?どうかしましたか?」
「ご主人、元気ない?だいじょうぶ?」
心配そうに覗き込むリュカにしまったと思う。
リュカに心配をかけまいと「大丈夫」と笑顔を添えて答えるが、リュカはまだ心配そうにしていた。
普段から彼女の前では弱気な態度を見せないように心掛けているため、この様に溜息を多く吐く姿はリュカからすれば相当心配になるだろう。気をつけなければいけない。
この依頼というのが基本的には1日、学生達について後ろを歩くだけの任務だ。
学生は課題である魔法石を魔物のいる迷宮の中から取ってくるという野外魔法演習となっており、チームは全学年の混合チームとなっているとのこと。
命の危険が本当に及ぶようなら手助けする様にというのがギルドから言いつかっていることなのだが…。
やれ、荷物を持て。この瓦礫を排除しろ。灯りを灯せ。と何かとコキを使おうとしてくるのがこのチームである。
他のチームがどうなのかは知らないが、このチームは王子を含めこの国の中枢を担う王侯貴族の子息子女が揃っているチームだそうで、かなり横暴というか我儘というか…。
その全てに対し、ギルドの方針だからと断るとこれまた喚き、文句を言うのだが此方も答えてやる義理はないのだ。
ギルド員チームにも責任者役といのは決まっており、私、リュカを含めた引率者5名のリーダーを務める男性はその辺大人の対応で文句を全て躱してくれた。
薄暗い洞窟の中をキャピキャピ楽しそうに歩く彼らに心配を禁じ得ない。
奇跡的に迷宮に入って数刻経過しているのだが、まだ魔物には遭遇しておらず、迷宮の広さからしてそろそろ出てきてもおかしくないはず…。
そんな考えが頭を過った最中、複数の影が薄暗い洞窟の中で動く。
それは蝙蝠を模した魔物の様で、強くはないが数が多い魔物の群れだった。
王子を中心とした前衛が武器を構え、ハナを中心とした後衛が援護に回る。連携は悪くなように思えるが、いざという時のことを考えてギルド員チームでも警戒の姿勢を保っておく。
「これで…終わりだ!」
最後の魔物を王子が斬り裂き辺りの魔物の殲滅は完了したようだ。
学生らは手を取り合って喜んでいる。
「ハナ、大丈夫だったか?」
「はい。皆さんとてもかっこよかったです!」
ハナの言葉に男性陣は満更でも無さ気に鼻の下を伸ばしている。
一人の言葉で一喜一憂する彼らは見てる分には退屈しないが、まだ魔法石のある場所までは距離があるので早く進んで欲しいものだ。
その後、紆余曲折もあるもののそれぞれ戦闘能力は高いのか、私たちの出る幕もなく進んでいくと開けた広間のような場所に出た。
この状況に私たちギルド員側は違和感を覚える。
その広間から伸びたように複数の道が繋がっており、それぞれからから別のチームがこの広間に集まってきていたのだ。そもそも私たちギルド員には、学園側から学生チームが合流することのない特殊な魔法が迷宮に組み込まれているとの説明を受けていた。
だからこれは明らかに不足の事態であると推定された。
「あれ?シルバさん!」
ハナの声が聞こえ、新たなチームが広間に入ってくるのが見えた。
その中に見知った顔を見つけ思わず顔を下げて、目を合わせないようにする。
よりにもよってアマギハナとここで遭遇するなんて…!
そろりと顔を上げるとシルバは頬を染めて詰め寄るハナなんて気にせずにこちらに視線を固定していた。
あぁ、あれは気づいてる。確実に気づいてる感じだ…。
「これはどういうことだ!複数のチームが合流するなんてありえないぞ!」
そう声を大にして王子が皆の共通の疑問を述べてくれる。
それに答える人物なんぞおらず、各チームのギルド団表、学生陣の代表が集まって何があったか話し合っている。
ザッと広間内には学生陣約30名、ギルド陣約15名程度が集まっておりチームにして5チームといったところだろう。
それなりの人数が集まっているというのに、この広間はちょっとした闘技場ぐらいの広さがあり、まだかなり余裕がある。
「くそっ!どうなってんだ!外への連絡もつかないし転移符も使えない…」
ギルド員の一人が魔法具である転移符を使用したようだが効果がないようだ。
特定の場所に瞬時に移動できる魔法が組み込まれた護符であるが、その値段はとても高価なものであり、その使用回数は1回きりというレアアイテムなのにそれでも外に出られないとは…。本当になにがどうなってることやら。
「あまり同様なさってないのですのね」
唐突に声をかけれ、驚き、声の聞こえた隣を見やる。
全く気配を感じなかったが、私の隣にはいつぞやの植物園にいたルティナ嬢が扇子を携えてふんわりとほほ笑んでいた。
「ご機嫌麗しゅう、ヒイロ様。このような形でまたお会いできるとは思いませんでしたわ」
「……あ!黒のフリフリのおねーさんだ!」
「貴方は、綿飴のお嬢さんね。ご機嫌麗しゅう」
リュカのことも覚えていたようで軽く微笑んだ彼女は優雅なカーテシーを見せる。
その仕草があまりに綺麗で私は思わず見惚れ、リュカはどう返していいのかわからず照れてしまったのか慌てて私の後ろに隠れた。
「ふふ、可愛らしいわね」
「よく私が分かりましたね。結構目部下にフードを被っているので顔は見えないと思うんですけど」
「…知りたいかしら?」
「へ?」
するりと彼女が私の頬に手を添えて顔を寄せる。
頬を撫でた手が擽ったく思わず首をすくめるが彼女はお構いなしに私の耳元にその形のいい唇を寄せた。
「ヒイロ様からはとーってもいい香りがするのよ?それはそれは…食べてしまいたいぐらい、いい香りが」
スンと私の匂いを嗅ぐかのような息遣いが聞こえ、ぞくりと背中に悪寒が走った瞬間、肩を引かれる。
「こいつから離れろ」
スッポリ収まるように後ろから腕を回されて抱きすくめられ、頭上から聞きなれた声が降ってくる。
「まあまあシルバ様。どうされたのかしら?」
「こいつに何の用だ」
「ヒイロ様とは友人関係ですわ。少し冗談を言い合っていただけですのよ?」
「…。」
「随分と警戒されて悲しいわ。ヒイロ様、驚かせてごめんなさいね。またお話ししてくださると嬉しいわ」
そう告げるとルティナ嬢は私たちから離れていった。
彼女が去った後、くるりと反転させられシルバと向かい合う形にさせられる。
シルバは眉間に皺を寄せ明らかに怒っているといった表情だった。
「あの、シルバ?」
「…彼女とは本当に友人関係なのか」
「えっと、友人といっていいのかは分からないですが、以前学園を尋ねた時に良くして頂きまして」
そう告げると更にシルバの眉間に皺が刻まれる。
なにか気に障ったのだろうか。
「…あまり彼女とは親しくして欲しくない」
「えっと…?」
なんと返答すればいいのか困ってしまう。
先ほどの様子は驚きはしたが、特に大きな迷惑をかけられている訳でもないので仲良くしないというのも困りもので…うーんと悩んでしまうと、私とシルバの間からリュカが顔を出した。
「むー!ご主人を困らせないでー!」
「ぬわ!?ちょっと待て!今はヒイロと話を…ってコラ、押すな!」
グイグイ正面からリュカがシルバを押して引き離す。
正直、返答に困ったので助かってしまった。
リュカが壁になってくれている間に周囲を見回す。そういえば、シルバは先ほどまでハナに構われていたはず…。
と先のシルバの様子を思い出し、ハッとするが時既に遅し。
ハナが単独でこちらに向かってくるのが確認できた。
「シルバさーん!急に走っていかれるからどうしたのかと…。あれ、そちらは私たちのチームのギルド員さん?」
フードの先を摘まんで顔が見えないように隠して距離を少しとる。
私たち三人がわたわたしていたところを見たのかは分からないが、何故か彼女の表情が険しくなった。
「なにかトラブルですか?シルバさんは違うチームの方なんで迷惑をかけないで下さい!」
「う、すいません」
「すいません、シルバさん。私たちのチームの人が迷惑をかけたみたいで…。私や王子たちでまた注意しておきますね」
確かにシルバに迷惑をかけた自覚はあるが、それはハナの知り得ないことであるし、彼女らに注意される必要はないのでは?と思ったが取り敢えず目立つことをして正体がバレたくない私は角が立たないように双方に頭を下げておく。
「おい、なんでこいつが謝罪しなければいけないんだ」
シルバが先ほどより怒気を含んだ様子でハナに言う。
これにハナは困惑顔で答えた。
「え?でも、シルバさんに迷惑をかけたから…」
「それは俺とこいつの問題だ。詳細も知らぬお前がとやかく言う話ではないだろ」
「いやでも、私たちのチームの人で…」
「くどい。俺は謝罪なんて求めてないし、お前や何も知らない王子が苦言を呈す立場ではない」
「でも!」
もう話す気はないという様子のシルバに食い下がろうとハナが言葉を続けようとした瞬間、広間の端から突風が巻き起こった。
直後、女子生徒のものと思われる悲鳴が木霊する。
全員が悲鳴の方向に視線を向けた。
「嘘…、なにあれ」
ハナの恐怖の混じる声が耳に届く。
それはこの何もなかった広間に突如として現れた3体の巨大な魔獣だった。
魔物の上位種であり、このような学生が入る迷宮に現れる筈のない、A級指定のつきそうな巨体は熊の容を取る黒き魔獣。
それらが今にもこの広間にいる者全てを食い殺さんばかりに並んでいるのだ。
小さく唸った魔獣が、自身の存在を知らしめるように咆哮を放つ。
刹那、1体の魔獣の咆哮は苦痛を伴った絶叫に変わった。
魔獣の腹には十字を刻むように毛皮を抉った大きな傷ができており、そこから血が滴り落ちる。
「思ったより硬いですわね」
パンッと小気味よい音と共に魔獣の血のついた扇子をルティナ嬢が振るう。
地面に飛び散る自身の血の跡を見て魔獣は誰がこの傷をつけたのか瞬時に理解すると、敵としてルティナ嬢を認識した。
「この子は私がお相手しますわ。後はそちらで楽しんで下さいな」
後ろを見やり今だ動けないままだった他の者に向けて言い放つとルティナは軽い足取りで中央から離れ始め、怒り狂った魔獣もその後を追った。
「前方避けろ!」
誰かの声と共に土が舞う。
残った2体が呆然としていた者を放って置くわけがなく、内1体がその巨大な腕を薙いだ。
爆風と共に前方にいた何名か巻き込まれ壁に叩き付けられる。
「■■■ッーーー!!!」
他の1体も動き出し、途端に場を恐怖が支配した。
「ギルド員は学生を守ることを優先しろ!魔獣を引き付けるんだ!」
ギルド員の誰かの声がして数名が持っていた武器を取り出して魔獣に向かっていき、どこかから魔法が飛ぶ。
それらはあまり魔獣に効果がないように感じる。
「なんで、S級の魔獣が3体も現れるんだよっ!?クソッ俺たちも加勢に行くぞ!」
そう言って私たちのチームのギルド員達も駆けていく。
カチャリと魔道銃が手に当たり、そこで私もこの中に行かなければならないと気付く。
顔を上げた瞬間、私の横を影通り過ぎた。苦しむ声と共に壁に叩き付けられたそれは先ほど駆けていった誰かで。
ぎゅっと目を瞑る。
聞こえるのは誰かの必死の声、魔獣の咆哮、誰かの泣く声…。
怖い、恐い、怖い、恐い怖い恐い怖いこわいこわいこわいこわい
「ご主人大丈夫?」
「…りゅか」
聞こえてきたのはいつもと変わらない声色のリュカの声で。
「ん!リュカだよ!」
そっと目を開けた先にいたのは、花が咲くように笑ういつも通りの美少女で。
こっち見てと言わんばかりの笑顔に引き付けられる。
「だーいじょうぶ!ご主人にケガなんかリュカが絶対にさせないんだから!」
ぎゅっと抱き着いてきたリュカを受け止めるとその温かさに落ち着いていく。
「…おい、いい加減にヒイロから離れたらどうだ?
ヒイロも落ち着いただろう」
「もうちょっと!」
シルバの声が前から聞こえてきてハッとする。
帯刀したシルバは何故か額に青筋を浮かべて私たちの前を警戒してくれていた。
「リュカありがとう。すいません、シルバ」
「ん、大丈夫か?」
「はい、幾分か落ち着きました」
不服そうなリュカを放して現状を確認する。
学生、ギルド員入り混じる形で各々が戦闘をしているようであるが、先と同様に魔獣にダメージは殆どないようであった。
「連携がなってないな」
「どうすれば…」
「放っておけばいい。後々俺たちに襲い掛かってくれば対処すればいいだろう」
「シルバって結構辛辣なんですね。意外です。でも私とリュカは依頼なのでこのまま参戦しない訳には…。
それに王子達を殺されると不敬罪とかその他諸々で生き残っても危ない立場に…」
自分で述べて、そういえばとその存在を思い出す。
シルバもそれを思い出したのか辺りを見回すと、今まさに魔獣の1体に向かっていこうとしているハナ御一行の姿が視認できた。
「あの馬鹿ども!ヒイロ、お前は離れてろ。俺がどうにかする!」
「どうにかって…、あ、シルバ!」
体に魔力を纏うとシルバをその場を後にした。
クイクイとリュカに袖を引かれる。
合わせられる瞳はどこかワクワクしたような、私の命を待つ忠犬よろしく、とても輝いて見えた。
「…いけますか?」
「もっちろん!」
「…シルバとルティナ様が他の2体はなんとかしてくれるはず。でもここまで決定打も当てられない他のギルド員じゃ残り1体は処理できない」
「うん」
「やりますよ、リュカ」
「うん!」
▽▽▽▽▽
3方向へ別れて暴れまわる魔獣。
1体はルティナ嬢が引き付け、もう1体はハナ一行と加勢に向かったシルバ。
残る一体には致命的な攻撃を加えられず、ほぼ無傷のまま暴れまわっており戦う者は自分を守るのに手一杯だ。
「いいですか、竜化はなしです。危険なら…まあ、王子達を見捨てて国外逃亡でも図りましょう」
「外国!?わぁ楽しそうだね!」
もし、リュカが敵わない場合の話であるのだがリュカはなんだか楽しそうである。
そんな様子の彼女を見ていたら何だか気も緩むというものだ。先ほどまで呼吸も落ち着かないぐらい怖がっていたのに、だ。
「ご主人も無茶しちゃダメだからね」
「死にたくないので無茶なんてしませんよ。それじゃあ、頼みますね」
二丁拳銃を両手に携えて一呼吸置く。
集中して、自身の体に均一に魔力を纏わせて身体強化を施していく。
小さく呼吸を整えながら魔獣の前に立ち、その巨体を見上げる。
ギョロギョロ動いて忙しないその眼球目掛けて魔力弾を撃ち込み、自身のポーチから一つ小瓶を取り出すと地面に叩き付けて割る。
中の液体が蒸気になって揺れ、鼻先で魔力弾が破裂した魔獣が私を見やった。
「■■■ーーー!!」
カッと魔獣の目が見開かれ大きく咆哮が上がったかと思うと、魔獣の瞳は既に私にしか向いていなかった。
「魔物寄せの香!?あんた何考えてんだ!」
誰かが私に向かって声を荒げる。
うるさい、集中してるんだ。邪魔しないで欲しい。ほら…
「逃げろ!」誰かの声と共に魔獣も走り出し、私も全力でその場から駆け出す。
その巨体はこのホール内に生えた岩塊など障害物にもならない様子で一直線に私目掛けて突っ込んでくる。
突進など受ければ一溜りもないだろう。
距離は急速に詰められどんどんと後ろに迫ってくる。私はその場から前方に大きく飛ぶと振り向き様に魔銃を構えてその目を狙った。
双方の銃からは今度は実弾が飛び出て私に向かう魔獣の片眼を真っ直ぐに射貫く。
「■ッ■■!!?」
元の世界でもシューティングゲームではなかなかの好成績を出していたが、私は実戦でもなかなかの射的の腕前を持っていたようだ。
自身の身を守るため、その能力は正確に発揮されていた。
数秒悶えた魔獣は片眼から血を流しながら更に怒りを滲ませた眼で私を見た。
体制を立て直すとその場で止まり、体を大きく起こす。
「?なにを…」
瞬間、地面に両足を打ち付けると私に向かって無数の棘が地面から生え、向かってきた。
驚いている暇はなく、走り抜けながら銃で棘を削るが、削り切れない。
「ッぐぅうっ!」
数本が肌を掠めるが攻撃が止まるまで、自分自身も止まれない。
肌を裂く痛みがじくじく続くが、まだ止まれない。
早く、早く、早く。
その場を大きく飛び退くと私を追って棘も続く。
迫る棘に気を取られ、足元が疎かになったためか砂利に足を取られた。
「しまッ!?」
目前に迫る棘を見るだけで、回避することができない。
ああ、これは死ぬ。
…死にたく、ないな。
刹那、目前が紅く染まった。
「ん゛ん゛ぅごしゅじぃんン!」
横から強い衝撃が走り、ふわりと体が宙に浮いた。
「はあ、はあ間一髪!うう゛ご主人ボロボロ」
私の背中に張り付いたリュカが眉尻を下げる。彼女の言ったように間一髪のところで彼女に助けられたようだ。
今は彼女に背中から抱えられる形で宙に浮いていた。
「本当に間一髪でした。リュカ、ありがとう」
「むー!無茶しないって言ったのに!」
「それは、その、ごめんなさい」
浮いたまま彼女に怒られ、素直に謝るがリュカの頬はまだ膨れている。それほど心配したのだろう。
それでも自身の翼に隠匿魔法をかけて助けてくれる辺りは流石といえよう。
「あれ?ご主人おめめケガしてるの!?」
「え?いや、棘は突き刺さりかけましたけど、寸のところでリュカが助けてくれたから特に痛くはないですけど」
「ん?あれ、ほんとだ。一瞬ご主人のおめめが紅く見えたからケガしてると思ったけどなんともなさそうだね」
紅く?
リュカが言っていることに首を傾げるが、思考を続けるより先にリュカが急旋回したことによって現実に引き戻された。
宙に浮く私たちに対し、魔獣は岩塊を投擲してくるがリュカは私を抱えたままでも軽く避ける。
「ご主人!もう少しホールの端にあいつを持っていったらいつでもいけるよ!」
「あと少し…。リュカ、合図したら思いっきり私を壁に向かって投げて」
「え!壁!?」
「大丈夫。今度は死ぬような無茶はしません」
「…むー!信じるからね!」
リュカが空中を旋回してスピードに乗る。その間にもう一本、魔物寄せの小瓶を割ると、魔獣の興奮した叫びが聞こえた。
「リュカ!」
合図とともにスピードに乗ったリュカが私を投げ、それを追うように魔獣が続いた。
ホールの端。誰も周囲に巻き込む者がいなさそうな場所。ここが私とリュカが魔獣を連れ込みたかった場所だ。
「混沌の咆哮!!!」
私を追って走り出した魔獣が丁度リュカの真下に入った瞬間、リュカの口元から白と黒の入り混じったブレスが放たれ、その莫大な魔力は魔獣の巨体を地面へと押さえつける。
リュカの持つ魔法で魔力消費も集中力も必要なこの魔法。
周囲を巻き込みかねないこれを少しでも安全に使うためにこの場所へ誘導するため、私はオトリ、リュカは魔法の準備の役割で分かれたのだ。
きっと大丈夫。魔獣は倒した。あとは…
「私が着地するだけ!」
残りの魔力を双銃に込めれば、銃口の先から大きな魔塊ができあがる。
地面に落下する直前その魔塊を放つと、ぶわりと爆風が吹き空気抵抗が生まれたが、勢いを殺しきれない。
「風球!」
地面に激突する直前、風の壁が更にクッションとなり勢いを殺すことに成功した私は転がるように受け身をとってなんとか着地した。
そのままゴロゴロ転がり、仰向けに停止する。
やばい、全身が痛い。起きれない。魔獣は…
土埃が舞っているのは分かるがトドメさせたかが分からない。
目は動かせるが体が動かないのだ。
ふ、と目元に影が差す。
「シルバ」
そこには泥や血で汚れたシルバが立っていた。
彼は眉根を下げて私の前にしゃがみ込みと額にかかった髪を避ける。
「…無茶しすぎだ」
「はは、死ぬかと思いました。それにしても、二属性持ちだったとは」
先の風の魔法は確実にシルバの声だった。
二属性持ちということは隠していたのだろう、悪いことをした。
「待ってろって言ったのに」
「やれると思ったんですよ。全て片付きましたか?」
「ああ。ったく、他はどうでもいいんだ。お前は、お前だけは無事でいてくれ」
頭にのせられた手が大きくて、温かくて。
ああ、大丈夫そうだ。
そう安心してしまった私は魔力の枯渇や疲労が一気に押し寄せたのだろう。
そのまま眠るように気絶した。