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怪死事件の調査が終わってから一週間。

これ以上の調査は見込めないと判断されたこの依頼をレイヴンは早々にギルドへと報告すると私の療養と称した観光が始まった。


元々、体の倦怠感だけで大きな外傷も無かった私はしっかり食べて寝たら普通に元気ぐらいに戻り、リュカとレイヴンに連れられて大いに観光を満喫した。

王都から離れた町であるからか、特産品や町周辺の観光地などもあり、充実した日々となったのだ。


そして今は約束されていた最終日の夜である。

先程王都まで帰還した私達は現在、ギルド前まで戻ってきていた。

「そんじゃあお前らは此処までで良いぜ。報告は俺がやっておく。

 ヒイロ、今回はありがとな。またよろしく頼む」

そう残してレイヴンはギルドへと入っていった。

久々の王都であるが、時間も時間である。

何よりリュカには長距離を飛んでもらっていたので彼女を休ませたい。


「リュカもお疲れ様でした。今日はご飯は買って帰って宿でゆっくり食べましょうか」

了承したリュカと宿への帰路に着く。

近くの小料理屋で弁当を包んで貰い、路地を歩くが、先ほどのギルドといつもの宿屋まで少々距離があるからか宿屋はまだ見えない。

普段は楽しそうにおしゃべりをするリュカであるが、長距離移動で疲れたのか静かである。

周りに人がいないのを確認してから

「眠いなら寝てていいですよ。ほら」

と言ってフードを引くとリュカは眠そうに目を擦りながら幼竜の姿に戻るともそもそとフードに潜り込んで小さく寝息を立て始めた。


重みの増したフードで首を絞めないように少し緩めてまた歩き始める。

路地には人がまだ疎らに見えており、その中に見知った背中が見えた気がした。


あれは…シルバ?


背が高く、明るい髪色が目に入る。

今日は学生服姿ではなく、黒色のシャツといったラフな服装だ。こちらに気付いていないのか、彼は先に進んでいく。

久しぶりに会った事だし挨拶でもしておこうと思って近づくが、寸のところで彼が別の路地に入ってしまう。

そこは街灯なんて殆ど設置されてない路地で、レイヴンのアジトに初めて入った時のような薄ら寒さを感じる。

グッと目を凝らすとシルバの姿を捉えることができた。


軽く小走りで近づいて声をかけようと手を伸ばした…のだが、その手を引かれながら体を回されて壁に背を預けるように押し付けられる。

彼は片手で私の両手を一纏めにすると頭上で固定した。

この間僅か数秒。私は壁に抑えられた衝撃で息が詰まり、彼から飛んできた、今まで見たことのない鋭い眼光に咄嗟に短い悲鳴が漏れる。

「ヒイロ!?」

私に直ぐに気づいたシルバは仰天し、直ぐに拘束していた手を解いた。


「す、すまない!まさかお前だと思わなくて…」

「い、え。その大丈夫です」

シルバに大丈夫だと伝えると彼はハッとした後に私を抱きすくめて壁に寄る。

いったい何事か。


「悪い、窮屈だと思うが少しこのままで。あと声も落として」

そういって彼は路地の先に意識を向ける。私は抱き込められていて見えるのはシルバの顔と逞しい胸板だけだが、他に小さく声が聞こえた。

内容までは聞こえないが何やら揉めているように聞こえる。

「まずい。ヒイロちょっと詰めるぞ」

そういって更に奥に入り込むようにシルバが体を寄せる。

「静かにな」と告げる彼と目が合い、頷いた。

バタバタと後方を複数の足音が走り抜けていき、シルバが私を隠すように更に抱き込める。


数秒後、足音が聞こえなくなり、彼はようやく私を開放した。

路地の先に既に人影はなく、全て立ち去ったようだ。

お互いに一息つくと必然的に向かい合って見つめ合う形になる。心なしかシルバの顔が赤い。

「シルバ、顔が赤いですけど?」

「大丈夫だ…。それより何故こんなところに?」

「いや、ちょっと長期のクエストに出てまして。帰宅早々あなたを見かけたので声をかけようと思って」

単純にシルバを追ったことを告げると彼は口元を手で覆って顔を背けた。

「ん、そうか」


取り敢えずここを出ようと連れられて、宿屋までの道を彼に送られる。

彼からは今日まで続いた依頼について聞かれたのだが、守秘義務というものがあるのでかなり遠くの依頼で疲れたとだけ伝えておいた。

彼は若干不満気だったが、彼もギルドで依頼を受ける身として私の意を汲んで引き下がった。

「そちらはお替りなかったんですか?それに先ほど路地でいた人たちは…」

「ああ、こちらも依頼でな。悪いが…」

「守秘義務は(もっと)もですよ。詮索はしません」

お互い様というやつだ。

「あ、着きましたね。シルバも疲れているのにすいません」

「なに構わないさ。今日はもう出歩かないように早く寝ろよ」

そう告げていつものように立ち去るシルバを最後まで確認してから宿屋に入る。


「きゅー、あいつもう帰った?」

あ。フードに入ったままのリュカを忘れていた。






∇∇∇∇∇




帰ってきた翌日。今日はとにかくオフの日である。

リュカは羽を伸ばしに行くといって朝から森に出かけており、私も宿屋に籠っているのも退屈なので外に出たのだが、何故か私は今、王都の学園内に来ていた。

事の成り行きはこうだ。


オフを満喫中の私は喫茶店で優雅な朝食を食べていたのだが、そこにレイヴンが登場。

私は今日はオフなので仕事をしないと断固として告げたのだが、レイヴンは「すまん、これだけ!」と言って颯爽と去って行ってしまった。

溜息を吐く私の前に残されたのは小包と手紙で、それは依頼の品の受取場所と時間が書かれており、それが今日の午後、この学園内の場所での指定だったのだ。


全く。レイヴンも人使いが荒い。

今度会った時には文句を言ってやろう。


そう決意して潜った学園の門。

門番もいるにはいたが、学園自体、学生以外の一般人の来校が多い場所のようでギルドの証明だけするとすんなり入れて貰えるあたりセキュリティの甘さを感じる。


それにしても人がいない。

講堂、競技場、図書館など様々な施設があるが、人も疎らで学生服の学生の姿が一切見当たらない。

遠くに校舎のような大きな建造物が見えるので、そこで現在は授業でもしているのだろうか。

屋外の広い通路を抜けていると細い脇道を見つける。


その道はあまり整備されていない様子で、人が踏み慣らした様子もなくあまり人通りの多い道ではないんだろう。だが、だんだん学校探検のようでおもしろくなってきていた私はその小道に入ることにした。

小道は学園敷地内の林に続いているようで草木が茂り若干歩き難い。

暫く歩いた先に出てきたのは

「植物園…ですかね?」

ガラス張りのドーム状の施設には大きな木々が見えており、私の予想通りの場所なのではないだろうか。

同じくガラスで作られた扉を潜り中に入ると思わず感嘆の溜息が漏れる。

植物園内には色鮮やかな様々な花が咲き乱れ、ふわふわと蝶が舞う。

ガラス張りの天井からは淡い光が漏れ優しく辺りを包み込んでいるようで、なんて幻想的な世界だろう。

色とりどりの花々に目移りしながら奥へ奥へと進んでいく。



「どなたかしら?」


植物園の先から声がかかる。

それほど広くないこのドームの中心にはテーブルセットが置かれており、そのチェアの1つに誰かが腰をかけていた。

シルバとは違う女性ものの学生服を身に包んだ女性を見るに彼女もこの学園の学生なのだろう。大人びて見える顔つきはとても整っており緩く編み込まれた髪は柔らかな菫色で髪から除く瞳は美しい翡翠色だ。


「あら…あなた」

「はっ!すいません、ちょっと道に迷って勝手に入ってしまって…」

「いいのよ。ここは私の場所でもなんでもないんだから。

 それより、今日はあの可愛らしいレディは一緒じゃないの?」


翡翠の瞳を細めて聞いてくる彼女。

ん?とその優しそうな瞳に既視感を覚える。

「以前お菓子のお店でお会いしたのよ。覚えていらっしゃる?」

そう言われて、リュカと行ったお菓子屋のことを思い出す。そして彼女があの時のゴスロリ美女だと気が付いた。

そのことに気付くと女性はふわりと笑って返す。

「今お時間お有りかしら?よければお茶でも召し上がってらして?」


反対のチェアを手で示され座るように促される。

まあ、予定の時間までまだあるのでお茶ぐらいならと思って席につくと彼女自身が温かい紅茶をいれてくれた。

「ちょうど暇を持て余していたところだから助かったわ」

「あの学生の姿が全く見えなかったので今は授業中とかでは?」

「気にしないで大丈夫よ」

そう述べて彼女は湯気の立つお茶を啜る。その姿はどこまでも優雅で正に貴族のご令嬢といった感じだ。


「貴方お名前は?お仕事はなにを?」

「ヒイロ=キサラギと言います。仕事は…しがないギルド員ですかね」

「まあ!それじゃあ何か依頼があったときは今後は貴方に頼もうかしら?」

「あ!でも戦闘はからっきしでして!主に配達というか運び屋業がメインで…」

慌てて戦闘能力がほぼ皆無であることを告げる。

このような貴族のお嬢様からの依頼など危険なイメージしかない。

目の前のお嬢様はコロコロと笑って「冗談よ」と告げる。


「私はルティナよ。よろしくね、ヒイロ様」

彼女は家名を名乗らなかったが別段気にはしない。

貴族のお嬢様だ。それぞれ事情というものがあるだろう。


そこから彼女とは他愛無い会話が続いた。

彼女のいかに学園生活が退屈かといった話や私の町探検の話。ルティナは貴族のお嬢様とは思えないほど朗らかで気さくな女性でとても楽しい時間となった。

話が続く中、学園のチャイムが鳴る。

「あら、もう昼の鐘が鳴ったの?時間が経つのは早いわね」

「あ、それじゃあ私は約束があるのでこれで…」

「ふふ。ヒイロ様とは(えにし)を感じますわ。また、近い内にどこかで…」

テーブルセットから立ち上がって私が立ち去るまで手を振るルティナに軽く会釈で返してその場を去る。

なんとも不思議な女性だったが、彼女の言う通り私も、なんとなくまた出会う気がした。






∇∇∇∇∇




指定された時間、指定された空き教室。

多少道には迷ったものの無事指定の時間に来ていたのに、相手は逆に遅れて来る。

やって来たのは何やら派手目な女学生達だった。

先程のルティナ程の愛想はなく、私から小包を受け取ると随分と尊大な態度で報酬を渡しそのまま教室を出て行った。


普通の貴族の子女はあれが普通なのかもしれない。

そう一人納得して帰ろうとしたとき、反対の廊下から何やら見たことある姿が見えて思わず教室を出るのをやめる。


あれは…アマギハナ?


そっとまた廊下の先を覗き見るとそれは確かに天城(あまぎ)(はな)であった。

身に纏っているのはこの学園の制服だ。

久々に見た彼女は相変わらず可愛らしくて、特に怪我や疲れた様子は見えず、苦労はしてなさそうに感じた。


そんな彼女は同じ様に見目麗しい男女に囲まれて楽しそうに笑っている。その中には、召喚の日に見た王子も一緒だった。


元の世界でも人の懐に入るのが上手な人だと思ってはいたが、この世界でもすごい人だな。

そっと息を潜めて彼女らが立ち去るのを待つ。

足音は遠ざかり、無事出逢うことなく距離を取ることができたようだ。


それにしても…。


先程の女学生から渡された報酬の袋を見ながら思う。

やはり彼女と私ではまるで対極にいるようだな。

ハナは笑って毎日を過ごしている。私も確かに楽しい日々はあるし笑えてはいるだろう。

だが、それは命の危険を越えて、汚い手で手に入れた金を使ってでも、ある。


ツキン、ツキンと胸が痛んだ気がした。


ああ、嫌なものを見てしまったな。




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