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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第六章 錬金術士はにんきもの
94/325

94.グランドスキル


「グランド……スキル……?」


 金色だった。

 対戦相手の勇者――カンナギの全身から立ち昇る途轍もないオーラの色だ。

 髪が逆立つほどの勢いで迸る黄金の気は、今までにミサキが見たことのないものだった。


 グランドスキルは極めて特殊なスキルだ。

 クラスにも武器にも依存せず、ただ習得しているだけで放つことができる。


「このスキルの発動には条件がある」


 輝きに肌を焼かれてしまうのではないかとすら思える。

 びりびりとかりそめの身体(アバター)へ伝わってくるプレッシャー。ともすれば後ずさってしまいそうなほどに苛烈で目を逸らしてしまいたくなる。

 

「戦闘経過時間。与ダメージ。被ダメージ。それらの要素によって専用のゲージが溜まり、マックスになると使用可能になる……おいそれとは使えない、いわば切り札さ」


 話に聞いていた勇者の隠し持つ『とんでもないスキル』はこれのことだった。

 さきほど見せた極大の雷斬スキル【セイクリッド・ブラスター】も奥の手ですらなかった。ミサキが全力を出し切ってやっと相殺できた技だったのに、それ以上がある。

 躱せるか。防げるか。耐えられるか。少しずつ戦意が後退し始める。


「…………、」


「あらかじめ言っておく。このスキルを発動したが最後、君は負ける」


 驕りではない。

 慢心でもない。

 ミサキを侮っているわけでもない。

 

 カンナギは、『それ』を事実として口にする。

 いつも浮かべている柔和な笑みはひとつとして無い。空は青い、海は広い、地球は丸い――そんな当然のこととして口にする。


 おそらくカンナギの言う通りなのだろう。

 彼がこれほどまでに断言する以上、明確な根拠に基づいているはずだ。

 持てる力を出し切ってこぼれ出たハッタリなのではないかという考えも一瞬頭をよぎったが、カンナギの身体からあふれ出す黄金の輝きに否定される。あれが――あんなものがハッタリであってたまるか。

 思わず天を仰ぐとそこには青い空があった。


 この色を、よく見ていたような気がする。


「――――そっか。負けるのか、わたし」

 

 意識せず零した言葉がすとんと胸に収まった。

 戦いにおける手札が少ないというのは重ね重ねこれまで実感してきたことだが、この戦いにおいてその欠点は顕著に働いていたと思う。

 多彩にして強力なスキルを操るカンナギと対峙して痛感した。


 自分には戦法の幅がない。走る、殴る、蹴る。大別すればそれだけしかない。

 そんなところにグランドスキルなんてものまで持ち出されたらもうおしまいじゃないだろうか。

 スタートラインから遅れに遅れている自分がここまでやれただけで万々歳だろう。


 誰に同意を求めているのか、視線は観客席をさまよう。

 固唾をのんで見守る大勢のプレイヤーが、視線の動きに応じてスライドしていく。

 現実逃避か、それとも何かを探しているのか。自分の行動にも確信が持てないままのミサキだったが、瞳の動きが止まる。


「あ」 


 青空と目が合った。


 魔女の三角帽から流れ落ちる金髪と、真っ青な瞳。

 フランという名の相棒がそこにいた。

 足を組んで、ふんぞり返って、つんと顎を上げて。

 

 ――――勝つわよね? 


 まるで当然みたいな顔をして。

 ああもう……本当にわからない。

 あの子のことがわからない。

 ギルドに勧誘されて、告白までされて。それでもらしくない返答の濁し方をして。

 いったい何を考えているんだと怒りたい。なんなら今から観客席に乗り込んで一発ぶん殴ってやろうかとさえ思う。


 ああ、だけど――だけど。


「何を、笑って……?」


 そうか、自分は今笑っているのか。

 どうしてだろう。ここから勝つ算段なんか微塵もないのに。

 自分にやれることはすでに出し切ってしまっているのに。


「…………諦めるのなら早めの降参を勧める。無駄に戦ったって意味がない。だから――――」


「――――だからなんなの?」


 びくりとカンナギがたじろぐ。

 きっとお前にはわからないだろう。

 

「確かにわたしは負けるかもしれないね。でも――それは戦わない理由にはならないんだよ」


 だけど。

 フランの顔を見ただけで、立ち向かう勇気が湧いてくる。

 負けるのは怖い。もし勝てなかったらどうしようと、さっきから負けた後の身の振り方を繰り返し考えている。

 それでも今、見据えるのは幻の勝利だけだった。


 勝算は無く、敗北ばかりが纏わりつく。

 だがそんなことは関係ないと拳を強く握りしめた。


「いいだろう! ならばこれで沈め!」


 力強く掲げたカンナギの右手に雷が落ちる。

 宿った虹色の雷は、今にも溢れそうなほどに燐光を放ち、その右腕に稲妻が駆け巡る。

 凄まじい力が込められているということが見なくてもわかった。放たれる輝きが。波動が。世界ごと焼き尽くしてしまうのではないかと思えるほどに鮮烈だった。


「ステロペス。アルゲス。ブロンテス――――放たれるは絶命の雷。撃ち抜け、【ケラウノス】!!」


 七色、七条の雷。

 突き出した右手からついに放たれた雷霆が襲い掛かる。

 先ほど見せた【セイクリッド・ブラスター】を超える規模。当たれば死ぬ。そのことを直感した。


「…………ッ!」

 

 弾速と攻撃範囲は驚嘆に値する。

 確かにグランドを冠するにふさわしい。並のプレイヤーならろくな対応もできずに直撃してしまうだろう。

 しかし軌道は直線的。ならば、


「躱せない技じゃない!」


 一息に横へ飛ぶ。

 直進する七条の雷、その範囲外へ。

 確かに強力だろう。当たればおそらく生き残れはしまい。

 しかし当たらなければその威力はゼロも同然だ。

 

 油断したわけではない。

 この時間違いなくミサキは勝利を確信した。

 回避した後、グランドスキルの硬直時間に攻撃を加えれば勝てる。それは間違いない。

 実際カンナギはスキルを放った場から一歩も動かない。


 しかし。

 振り返ったミサキが見たのは、直角に軌道を変えた雷が迫ってくる光景だった。


「――――――――あ」


 死を悟る。

 避けられない。目前。

 追尾機能――その可能性を考慮していなかった。圧倒的な迫力と攻撃範囲に目が眩んでしまっていた。

 決着が迫る。絶望的な状況に、時間の流れが遅くなって、雷のエフェクトのドットさえ視認できそうになって――そこで気づく。


 雷が止まっている。

 世界がスローモーションに見えているわけではなかった。本当に静止している。


「どういうことだ…………!?」


 驚愕の声を上げたのはカンナギだ。

 ミサキは声も上げられずに固まっている。

 

「なにが、起こって」


 やっとの思いで喉からかすれた言葉をこぼす。

 まるで時間が止まったかのような光景だったが、すぐに雷が消滅したことを合図にフィールドに満たされていた薄青い光……指名バトル特有の現象もまた霧散する。つまり戦闘が強制的に中断されたということ。

 

 明らかに異常な事態。

 一瞬緊急メンテでも始まったかと思ったが、それにしたっていくら緊急と言えどいつもなら十分でも事前に告知してくるし、そもそもメンテナンスが開始する五分前には全プレイヤーが強制的にログアウトされるはずだ。

 本格的に嫌な予感がする。

 この逸脱した事象。こんな状況を、ミサキは何度も経験している。


 実感として這い上がってくる予感と共に、鼓膜にヤスリを突っ込まれたような耳障りなノイズが響く。

 思わず片耳を塞ぐミサキはこの感覚を知っている。


「来る」 


 ひときわ大きいノイズは空からだった。

 思わず見上げたその先、空中。そこに突如として『穴』が開く。メスを入れ丁寧に開かれる肉のごとく、空が裂ける。

 そこには誰かがいた。


 誰も知らない異邦者が、そこにいた。


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