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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第六章 錬金術士はにんきもの
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87.よこどりエンゲージ


「ほう、これが錬金術……興味深いな」


「ふふん、そうでしょう。見てなさい、この中和剤を入れると……ほら」 


「すごい! 色が変わった!」


 アトリエの錬金釜の前で、少年のように瞳を輝かせる金髪王子、カムイ・凪――通称カンナギと、得意げに解説する錬金術士フラン。

 それを横目で見ながらソファに身を沈め、死ぬほどイラついているのがミサキだ。


「……………………はーあ」


 何度目かわからない大きなため息をこれ見よがしについてみるが、盛り上がっている二人には届かないようで、それがまた苛立ちを加速させる。

 本当に面白くない。


 塔のダンジョンでカンナギと出会ってから数日。彼は毎日のように足しげくこのアトリエに通ってきた。

 曰く、一目惚れだったそうだ。


『僕は君が欲しい!』


 あの時のセリフを脳内でリフレインするたびムカつきが加速する。思い出さなければいいのにとは思うが、いやな記憶ほど思い返してしまうものだ。


「…………モノじゃないっての…………」


 楽しそうな二人を見ているのは腹立たしいが、二人きりにするのも面白くないのでミサキはこうして毎日監視を続けている。

 今のところカンナギが怪しい行動をとることはない。告白したわりには会話を楽しんでいるだけだ。


 いやいや、今は様子を窺っているだけかもしれない――などと疑いの目でこっそりと睨みつける。こうして目を光らせていればうかつなことも言わないだろう。


 そもそもなんで自分がこんな想いをしなければならないのか。フランが誰と仲良くしようがそれをとやかく言う権利は自分にはないはずだ。というかフランはどうして普通に受け入れてしまっているのか。そんなに楽しそうにやりとりして、そういうタイプが好みだったのか。

 もっと自分も錬金術に興味を示していればよかった――などと。ぐるぐる巡る思いは止まらない。


 わかりやすく言ってしまうと、友達が、相棒が、他の奴と仲良くしているのが気に入らなくて仕方がないのだ、ミサキは。


 狭量だし子どもっぽい。

 そんなことはわかっている。

 本当に自分は幼いのだとわからされる。もう高2だというのに。


「で、実は僕、ギルドの長をやっているんだ」


 聞こえてきた得意げな声に、ミサキは聞いていないふりして耳を傾ける。


「そうなの? 意外ね。ならあの時はなんでひとりだったのよ」


「いやあ……実はメンバーの誕生日が近くてね。みんなに秘密であそこのボスが落とす装備をプレゼントしようと思ったんだが、お恥ずかしい話、君たちも知っての通りだよ」


 なるほど、と合点がいく。

 ダンジョンにソロで挑む者は少数派だ。だからそれなりに難易度の高いダンジョンに一人でいたカンナギを不思議に思っていた。

 ダンジョンの最奥にいるボスは一部の例外を除き強力で、ソロでの討伐はレベル差がないと難しい。


 実際、あのボス戦でカンナギは手も足も出ていなかった。初見殺しが多いのもダンジョンボスの性質である。


「リーダーなんだからしっかりしろって友達には言われてるんだけどね。どうも僕はひとりだと何もできないらしい」

 

 ふぁさ、と前髪をかき上げる。

 ネガティブな言葉の内容に反してなぜか嬉しそうな様子だっだ。

 それがまた気に入らない。


「だから!」


 いきなりの大声にびくりと肩が跳ねる。

 見るとカンナギは初めて会った時のようにフランの両手を握っている。

 ミサキがちょっと、と声をかけても全くこちらを見る様子はない。


「前にも言ったが君が必要なんだ。君の要望にはすべて応えよう――欲しい素材があれば最優先で手に入れてくるし、アトリエももっと広く設備の充実したものを用意する! だから……だから」


 そこまで早口で一息に言って、彼は深呼吸を繰り返す。

 この世界に肺という概念はないからやろうと思えば延々と話し続けていられる。だからカンナギがそうしているのは精神的な影響が大きいのだろう。

 それを証明するように耳朶まで真っ赤にした彼は意を決して口を開く。


「僕のギルドに入ってくれないか」


 まるで愛の告白のようだと思った。

 いや、そのりんごのようになった顔を見れば、彼にとっては同義だったのだろう。

 頭を下げ、唇を引き締め、強くまぶたをつむっている。


 その迫力を前にして、腰を浮かせた体勢でミサキは止まった。

 何かを言いたくて、言おうとして、言えなかった。きっと真剣なのだと思ってしまったから。

 その様に覚えがあったから。


 だから黙ってフランを見る。

 こんな誘いに乗るはずがない。このアトリエにこだわりがあるようだし、ミサキ共々愛着だってわいているし、そもそもフランは自分の相棒で――――お金にがめつくて、効率と現実的な手段を好む彼女だが、しかしそれだけを優先するような子でもない。

 どちらかといえば”情”寄りの人間だと思うのだ。

 そんな彼女なら断ってくれるはずだと、そう思って――しかし。


「……………………」


 彼女は答えなかった。

 承諾することも無く、さりとてすっぱりと拒否するでもなく、下唇に指を当てて俯きがちに何事か考え込んでいる。

 その光景が、ミサキには信じられなかった。そんな想いをよそにフランは顔を上げ、


「ちょっと考えさせてくれる?」


 そう言い放ったのだった。




 気が付けばログアウトしていた。

 前方には見慣れた自室の天井があって、つまり神谷(ミサキ)は仰向けのまま呆然としているのだった。


 まったく身体が動かない。というより、動かす気が起きない。

 頭の片隅に存在する微かな冷静さが、「いやどれだけショック受けてんの?」と呆れている。まったくだ。

 どれだけ彼女に心を預けていたのか。


「…………でもさ」 


 つい最近、二人で一緒に頑張っていこう! みたいなやり取りをしたばかりなのに、その矢先にこれか。しかしそういう面がある子だというのも知らなかったわけではない。だけど――――などと思考が堂々巡りを繰り返す。

 フランがすぐに断らなかった理由をどれだけいい風に考えても、何もかも自分にとって都合のいい妄想に思えて仕方がない。彼女が返事を伸ばしたというのも引っ掛かっている。むしろすっぱりカンナギのギルドに行くとはっきり答えてくれれば諦めがついたかもしれないのに、どっちつかずの答えがミサキをしがみつかせる。


 結局のところ、彼女に期待をしていたのだろう。それを裏切られたみたいな気になったからこうしてベッドの上でひっくり返された虫のようになっているのだ。

 また明日、自分はアトリエに行けるだろうか。いつもみたいな顔でフランと会えるだろうか。わからない。

 少なくとも、その光景を想像することはできなかった。それにどうせまたあのカンナギがいることだろう。あの二人が一緒にいるところを見ていると、なんだか新雪に泥を混ぜられてぐちゃぐちゃになっていくところを見せつけられているかのような心地になるのだ。それがたまらなく嫌だった。


「さみしいな…………」


 ぽろりとこぼれた言葉は、本人の耳だけを震わせて消えた。


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