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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第六章 錬金術士はにんきもの
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83.結ぶ種、枯れる種


 暗い部屋、たくさんのモニターの中でひとつだけが光を放っている。

 その前に座る男がキーボードで何か入力すると、モニターのスピーカーから中性的な声が響く。


『マリスシードver2.0の完成度は上々だな。だがちっと派手すぎる。騒ぎになるリスクを考えればおいそれと使えねえ』


「……………………」 

 

 男は何も言わず、再び入力する。

 モニターに映る誰かと会話をしているようだった。


『ああ、そうだな。もっとデータが取れると思っていたんだが……ミサキとかいう女とフラン……とくにあの錬金術士が外的要因すぎるぜ』


 カタカタカタ、と打鍵音が響く。

 モニターに映る誰かはため息のような音を漏らした。


『あの子はいったい何者なのかって? あー、わかんねえか。そりゃそうだ。普通の人間の想像力じゃあ奴の正体にはそうそう気づかねえ……おいおい()くなよ。偉そうなこと言ってるが、俺の中でもまだ仮説なんだ』


 男はキーボードから手を離す。

 その憔悴しきったような様子に、モニターの誰かはけらけらと面白がって笑う。

 

『心配すんなよ。あいつらは確かにでけー障害だが……俺の演算が正しければ、逆にお前の望みを果たす最大のファクターにもなりえるんだぜ』


 



 

 着用しようとしたVRゴーグルを枕の横に置く。

 こんなことをここ数日繰り返していた。


「…………」


 ため息をつき、スマホで時刻を確認する。16時半。冬の夕暮れにはすでに藍色が混じり始めている。

 こうして何日も『アストラル・アリーナ』にログインしないというのは神谷沙月にとってまずありえないことだ。以前に体調を崩した時のような、よっぽどのことがない限りは。


 その”よっぽどのこと”が今起こっているわけだが。


「どうしたらいいんだよう…………」


 プレイヤーの精神を蝕む無敵のモンスター『マリス』。

 普通の攻撃が一切通じない奴らに対抗できる力を、神谷(ミサキ)は唯一持っている。いや、持っていた。


 過去形なのは、相棒である自称錬金術士のフランもその力を習得してしまったから。

 神谷がこうも頭を抱えることになっているのはそのことについてだ。


 昨日行われたレースイベント『ライオット』……その最終エリアで超巨大マリスが出現し、神谷(ミサキ)がその討伐に当たったのだが、全力を出し切ってなお倒れないマリスを相手に万策尽きかけたところで、ミサキと同じ力を自力で手に入れたフランが代わりにトドメを刺してくれた。


 別に自分の唯一性を侵害されたとは思っていない。そんなことにこだわりはない。

 ただ、マリスとの戦いは危険極まりないのだ。攻撃を受ければゲームとは思えないほどの鮮烈な痛みを受けることになるし、マリスの力を使うこと自体も、万が一マリスに殺された場合も、精神にどれほどの悪影響があるかわからない。


 神谷は運営会社から正式に依頼を受け、報酬を約束されたうえでマリス討伐の任についている。

 だがフランは違う。彼女がマリスと戦う理由はひとつとして無い。

 

「ううん、ほんとはわかってる」 


 彼女が自分のために戦おうとしてくれていることくらい神谷にはわかっている。

 わかっていて、それがどうしても受け入れられない。

 

 神谷が戦う理由は、報酬が貰えることももちろんそうだが、あの世界に生きるプレイヤーたちのためだ。

 マリスがいては誰かの楽しみが奪われる。それが許せないから戦うと決めたのだ。

 なのにフランが戦ってしまっては意味がない。誰も犠牲にさせたくない、


 だからマリスを倒した後、彼女を強く拒絶してしまったのだ。

 それきりフランとは会えていない。仲直りしようにも、フランがマリスと戦うつもりだという原因が無くならない限りは和解できる気がしない。

 だとしても、ここでまごついている意味もまた皆無で……何もかもがんじがらめだ。


「あーもう!」

 

 がしゃがしゃと乱暴に黒髪を掻く。

 こんなところで欝々と悩んでいてもどうにもならない。


「たまにはコンビニにでも行こうかな…………」


 なんにしても気分を変えなければ。

 特に買いたいものがあるわけではないが、この暗い空気が蔓延した自室にずっといては、ずぶずぶと沈み込んでいくだけのような気がした。



 

 二秒で後悔した。


「さっむうぅぅぅ……」


 日も落ちかけた真冬の夕暮れは、当たり前だが死ぬほど寒い。

 ポケットの中のカイロを揉みこみつつ、冷えた外気から身を隠すように顔の下半分をマフラーにうずめて歩道をてくてく歩く。


 とりあえずこの寒さで頭はある程度冷えた気がする。

 やっぱり帰ったらログインしてみよう……と思いはするが、ゴーグルを前にするとまた気持ちが萎えてしまうような気もする。


 そうやって俯きがちに後ろ向きな考えばかリしていると、目的地のコンビニが見えてきた。

 駐車場の縁石をまたぎ、ガラス張りの自動ドアへとまっすぐ歩いて……と、そこで神谷は足を止めた。

 ドアの横に、小学生低学年くらいの少年が座り込んでいる。ブランドものっぽい子ども服を着た利発そうな子だ。


「……………………」


 ひとりなのだろうか。

 いや、ひとりなのだとしたらここで座ったまま動かないのも不自然のような気はする。いや、子どもならありうるか? もしかすると家に帰りたくないとか、そういった類の理由かもしれない……。

 

 首を伸ばして店内を覗く。

 この中に保護者がいるのだろうか――棚の向こうにいる人はよく見えないのでわからないが、高そうなコートを着た主婦風の女性はいた。ただ、その人がこの少年の保護者かどうかはわからない。


 別に知らない子だし、ちょっと引っ掛かっただけで関わるのもどうかと思うが、何となく放っておけないような気もするし……と逡巡を繰り返していると、一陣の冷風が通り抜ける。


「くしゅん!」


 少年のくしゃみ。

 すん、と洟を啜り、彼はなおも地面とにらめっこしている。

 

 ため息をひとつ。

 とりあえず、関わらないという選択肢を消す。


「ほら。これ使って」


 スカートのポケットに突っ込んでいたカイロを取り出し差し出してやる。

 すると少年は驚いた顔を上げ、カイロと神谷の顔を交互に見て、おずおずとカイロを手に取った。

 しばしそれを両手で揉むと、何かに気が付いたように慌てて顔を上げ、


「あ……ありがとう、ございます」


「うん。あー、いいから返さなくて」


 少年が手放そうとした熱源を押し返して隣に座る。

 スマホを取り出して画面を付けると17時前だった。


「君なんでこんなところにひとりでいるの?」


「ママに外で待ってなさいって言われました」 


「え、なんで? 一緒に入っちゃダメなの?」


「色んな人が入る場所だから病気になっちゃうみたいです」


 そんな過保護な、と言いかけた口を閉じる。

 よその教育方針に口を出すべきではない。ましてや今出会ったばかりの子どもに対して……などと。他でもない神谷は『よその教育方針』に思い切り口を出した経験があるのだが、だからこそ不用意に首を突っ込むべきではないと考えている。

 それになにかしらきちんとした理由があるかもしれないのだし、と自分を納得させる。

 

 話しかけてはみたものの、とくに何ができるわけでもない。

 スマホを取り出してアプリのアイコンをタッチし、パズルゲームを起動する。

 

「…………」


 ひたすら同じ色を四つ並べて消していく。

 特別身を入れているゲームというわけではないが、こうしてちょっとした時間を潰すのには最適だった。

 そうして画面を注視していると、視線を感じる。横目で隣を確認すると少年がゲーム画面に目を奪われていた。今時こういった娯楽は珍しくもないだろうに、興味深そうに見入っている。


「やってみる?」


「え、でも」


「やりたそうにしてるけど」


 図星を突かれた少年は押し黙り、後ろめたそうに周囲を確認する。

 そしてごくりと唾を飲み、意を決したようにスマホへと手を伸ばし――――


「ちょっとあなた!」


 跳ね返るような甲高い声に、慌てて引っ込めた。

 

 神谷が驚いて見上げると、今買い物を終えたと思しき高いコートを着た主婦……おそらくこの少年の母親だろう女性がハイヒールをカツカツ神経質に鳴らして近づいてくる。


「この子に変なもの見せないでくれますか? 悪影響なので」 


「変なものって。これは……」


「言い訳は結構です。お前も、知らない人には近づくなっていつもいつも口を酸っぱくして言ってるのになんでわからないの? それにゲームなんてしてたら頭が悪くなるんだから……ほら行くわよ」


 ぐい、と力任せに少年の腕を引き立ち上がらせる母親。

 一瞬痛そうに顔を歪めたのを神谷は見た。

 

 思わず何かを言おうとして口をつぐむ。

 言いたい放題言ってくれるが、確かに自分は部外者で、初対面で、『知らない人』だ。だから何かを言う資格はない。


 神谷も再来年には高校を卒業する歳だ。大人ではないが、子どもでもない。だから感情に任せて向こう見ずに関わっていくことが必ずしも正しくないということはわかっている。善意がいつだっていい結果を生むとは限らないことも。

  

 それを知っているということが、神谷にブレーキを踏ませる。


「ふん。よその子どもに不躾に近づくなんて、ほんと非常識。親の顔が見てみたいわ……」


 それだけ言い残して、親子は去って行った。少年は名残惜しそうに、申し訳なさそうに何度も振り返ったが、そのたびに強く手を引かれ、そのうち俯いたままになった。


 神谷は何も言えずにその場に佇み、肩を落とす。


「…………どこにでもいるんだな、ああいう親」


 なんだかとても疲れたような心地がした。

 怒るよりも悲しさが勝る。


「辛いなあ」


 別に感謝を期待して行動したわけではないし見返りだって求めていない。

 善意は例外なく報われるなんてことはない。善意の元になら何をやってもいいわけでもない。


 わかっている。わかってはいるが……そこまで言わなくても、という気持ちにはなってしまう。

 誰かのためを思っての行動が、こうも拒絶されると中々に堪える。


「…………ああ、そっか」


 フランも、もしかしたら。

 自分のために戦ってくれたフランも、ミサキに突然拒絶された時、こんな気持ちだったのだろうか。

 だとすると自分は相当に酷い仕打ちを彼女にしている。


 自らの行いを自覚し立ち尽くしていると、思考を断ち切るような振動が手に伝わる。

 スマホに着信が来ている。

 

「…………んもー」


 わずかな苛立ちを押し沈めながらスマホを耳に当て、しばしの会話。

 はい、はい、と何度か相槌を打ち、

 

「わかりました。すぐ行きます」


 通話終了の赤文字をじっと睨み、ため息をつく。

 やはりあのゲームからは逃げられないらしい、と諦念を抱きつつ帰路を辿った。





 電話の相手は『アストラル・アリーナ』運営会社の責任者、白瀬だった。

 雪山エリアにマリスが出現した、すぐに討伐してほしい……との依頼。


 さっさと倒してすぐログアウトしよう。逃避気味の思考を巡らせながらミサキは雪山の道なき道を、機動力に任せて猛スピードで駆け上がる。山頂に近づくにつれ、空がだんだんと赤く染まっていく。マリスが近い証拠だ。


 頂上へのショートカットのため急勾配な坂――というよりもはや崖だ――に足をかけ、全身を持ち上げていく。【ウォールクライム】というパッシブスキルによって壁走りもお手の物だ。

 ヤモリのように駆けあがり、頂上へ到着する。すると同時に、真っ赤だった空が雪の曇り空に戻った。


「え……なんで」


 当たりを見回すと、すぐにその答えは見つかる。

 頂上の台地、その中心にある花畑にフランが立っていた。あたりには消えつつある黒い粘液が飛び散っている。

 つまり、今しがたマリスをフランが倒したということらしかった。


「あー! ミサキ!」


 気づかれた。

 甲高い声とともに指を差され、思わず肩を跳ねさせる。

 

「あなたね、なんで最近顔出さな……ってどうして逃げるのよ!」


 そう言われて自分が踵を返していることに気付いた。

 逃走のため駆け出していた足を何とか踏みとどまらせる。

 

 背中に気配を感じる。

 フランが歩いて近づきつつあるのがわかる。


 まただ。

 またフランが戦っていた。

 マリスを相手に、自分の代わりに。

 心臓が嫌な跳ね方をする。


 逃げ出したい。逃げ出したい。逃げ出したい。

 今すぐこの足を踏み出してしまえば、フランが追い付けないスピードで走り去ることができるだろう。いや、その前にログアウトしてしまえばいい。現実世界までは絶対に追って来られない。


 なのに、手も足も動かない。

 その理由は、もうわかっていた。


(…………そうだよ)


 わかりあえない。

 受け入れられない。


 だからどうした?

 すれ違って、仲違いして、距離を離して――そんなことをしたって辛くなるだけだ。


(何回おんなじことを繰り返すつもりなんだって話だよね)


 向き合うことから逃げ出して、それでどうなる?

 逃げっぱなしの自然消滅か。

 それともまた誰かに背を押してもらうのか。


 強くなりたいと口で言うばかりでは、何も変わらない。

 

 きっとフランは自分とは違う。

 いつだって前を向いて歩いてきた。だからマリスと戦える力を手に入れることができたのだ。

 強い子だ、本当に。


 心の傷が癒えたわけではない。

 胸の奥でじくじくと疼く痛みを無視することはできない。

 前を向いたから消えるような、そんな都合のいいものでは決してない。


 だとしても。


 もういい加減、誰かの善意を踏みにじることはしたくない。

 ずっとそんなことを繰り返して繰り返して――いつまでもそんなことをしていては強くなるなんて夢のまた夢だ。

 できないことをひとつずつできるようにしていく。人はそれを成長と呼ぶのだ。


 ゆっくりと振り返る。

 そこには眉を下げ、気遣わし気な視線を送ってくるフランがいた。

 彼女からすればミサキは意味不明な行動をとっているだろう。突然逃げ出して、また会えたと思ったらまた逃げ出そうとして――そんな少女をどう扱っていいのかわからないのか、少し離れたところで足をまごつかせている。


 その距離を、ミサキは自ら一歩詰める。

 なによりもまず言わなければならないことがあった。


「――――ありがとう、フラン」


 わたしのために戦ってくれて。

 

 それを聞いたフランはきょとんと目をを丸くしたかと思うと、ミサキに思い切り抱き着いた。

 結構な勢いで飛びつかれたこともあり、小柄なミサキはよろめくが何とか踏みとどまった。

 顔のすぐ横で、ふふん、と笑う声が耳をくすぐる。


「当たり前でしょ? だってわたしたち――――」


 友だちなんだから。


 そうだね、そうよ、と同じ想いを交わし、二人はしばし笑いあった。

 結局のところ、ミサキの葛藤などフランにはわかっていたのだろう。

 

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