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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第五章 ルール無用の残虐レース
81/325

81.Limit break


「うう、うううううう」


 (うめ)く。

 草原に横たわるミサキは少しずつ全身に力を込め、立ち上がっていく。

 

「はあ、はあ、ぐっ……」


 この身体(アバター)が軋んでいる。

 これ以上は持たないと。

 

 だが。

 ここで止まっては。

 安全圏で足踏みしていては。

 いつまでたっても這いつくばったままだ。


「うううううあああああああっ!」 


 全身を戒める、辛苦という名の鎖を引きちぎるように無理矢理立ち上がる。


 このゲームにおいて継続する傷はないし、攻撃で受けた痛みもすぐに消える。だからこの苦しみは、アバターに宿る精神が悲鳴を上げているのだと、そう思った。

 マリスは人間の精神に直接作用する。マイナスの感情を増幅したり、逆に衰弱させたりなど。火山竜のマリスの攻撃を受けたことと、マリスの力を使っていることがミサキの精神を蝕んでいるのだ。


 マリシャスコートを装着している間、ミサキの胸の中にもうひとつの心臓のごとく鎮座する黒い核は、体内から外側へ向かって黒い触手のようなものを伸ばし、身体を侵食する。

 おそらくこれが全身に達するとマリシャスコートの使用者はマリスと化してしまうのだろう。


 だが、裏を返せば。

 浸食が進むほどにマリスが身体に浸透し、その力を増すということではないだろうか。


「さあ――――覚悟決めろ、わたし!」


 立ち上がったミサキに襲い掛かる溶岩の柱を振り切る速度で大ジャンプ。

 誰の手も届かない上空へと高度を上げる。

 あたりはマリスが出現したとき特有の真っ赤な空。血のように赤い世界の中で、ミサキはふわりと滞空する。高空の風に煽られ、フーデッドジャケットの裾がばさりと空気を孕んで広がる。


 今までは無意識のうちに侵食を拒んでいた。

 だが今回に至っては真逆のアプローチをしなければならない。

 受け入れ、取り込む。そのためには『無意識の堰』を取り外す必要がある。


 眼を閉じ、イメージの海に沈む。

 自分の輪郭を思い描く。体内の黒核が、外側へ向かって触手を伸ばしている。だがそれは、膜のようなものに阻まれている。

 これが『無意識の堰』。ミサキを守ってくれているもの。


 だが今は必要ない。

 その膜が千々に引き裂かれる様をイメージした。

 すると、


「ぐっ!? が、あああ……!」

 

 侵食のスピードが肌で感じられるほどに上がる。

 全身を得体の知れない何かが這いまわっている感覚。神経の一本一本がギザギザの刃物でなぞられていると錯覚してしまうほどの痛み。

 そして――それに伴い、全身に計り知れない力が満ちるのを感じた。ともすれば、完全に身をゆだねてしまいそうなほどの強大な力。

 震える手で『それ』に手を伸ばし、すんでのところで止める。一線を越えてはいけない。ここが踏みとどまるべきラインだ。


 もうあまり時間は残されていない。

 溢れ出す力が真っ黒な稲妻となって全身の表面を駆け巡っている。

 

 とん、と空中を蹴る。

 次の瞬間にはマリスの眼前に移動していた。

 突然の接近に驚愕したのか、マリスがその鋭い目を見開くのが見えた――だが、それ以上の反応はさせない。


「真似させてね、スズリ」 

  

 両脚から排出された影がミサキの身体を離れ、四つに分かれたかと思うと形を変えていく。

 長く鋭いそれは剣によく似ていた。

 ミサキがゆっくりと手を下ろすと、凄まじい勢いでそれぞれがマリスの四肢に突き刺さった。


「ガアアアアアアアッ!」


 痛みに上げた叫び声が鼓膜を耳に強烈な振動を与えてくる。

 すべての脚が大地に縫い止められ、これ以上は動けないだろう。

 だがそれでも戦意を失っていないらしく、再び口内にエネルギーをチャージし、このエリアにいたプレイヤーの半数を消し去った極大の熱線を放とうとしている。


「させない!」


 今度は四肢に影を纏わせたかと思うと、マリスの顔面を横殴りに蹴り飛ばす。

 誇張抜きに山のような巨体はそれだけで大きく傾ぎ、バランスを崩して横倒しの状態で草原を滑る。

 その先へミサキはすでに回り込んでいる。影の拳を叩き込み、マリスの背中の火山を砕く。


「ゴオオオオッ!?」


 一瞬で叩き込まれた規格外の攻撃にマリスは咆哮を上げる――だが、これ以上は動けない。すでに初撃によって影の剣は抜けているが、巨体を自力で起こすには脚の長さも力も足りていない。

 大きくなればそれ以上に体積も増える。身長が二倍になれば体重は二倍では収まらない。山のように大きな身体は、バーチャルの世界であっても見た目以上に鈍重だったらしい。


 倒れたマリスを確認したミサキは再び真上へ跳躍し、右腕を掲げる。そこからあふれた影が空中で形を変え、大槌のように成形された。軽く右手を揺らすと、連動して大槌も揺れる。


「……っ……、さあ――これで終わり!」


 ひときわ増幅する痛みに一瞬だけ顔をしかめる。

 身体の感覚から予想するに、活動限界時間はもう10秒も残っていない。

 だからこの一撃に全てを懸ける。今放てるありったけを。


 掲げた右の拳を強く強く握りしめ、軽く反動をつけ――眼下の火山竜に向かって振り下ろす。


「はああああああっ!」


 巨大な影の鉄槌は、横たわり身じろぎを繰り返すマリスへと直撃。

 ミサキとマリスのエネルギーの全てを合わせたのではないかと思えるほどの大爆発を起こした。




 壮絶な爆風に煽られた少女の身体は宙を舞い、放物線を描いて草原に落下する。

 

「ぐっ!」


 意識はある。

 だが身体に力が入らない。

 纏ったマリシャスコートが一度振動したかと思うと、ずるりと身体から離れ、マフラーの形へと戻る。限界が近くなったことで自動的に解除された――おそらくフランが自分の身を案じて搭載した機能だろうとミサキは推測する。

 

 だがそれがなくても自ら解除していただろう。

 それだけ限界ギリギリだった。もうまともに動ける気がしない。

 優勝逃しちゃったな――とレースの行く末を、どこかのんきに残念がる。


「でもこれで…………」 


 撃破した。

 そのことに安堵しかけたミサキの耳に、ザザザザ! という不快なノイズ音が届く。

 緩みかけた表情が固まる。

 

 そんな。まさか。

 声に出さずに呟く。


 ミサキが最後の攻撃を繰り出した地点――マリスがいた地点に立ち込める白煙が徐々に晴れていく。

 同時に、じわじわと巨大なシルエットが現れていく。


「嘘でしょ」 


 マリスは健在だった。

 いや、それは正確な表現ではないかもしれない。

 山のように大きな全身は余すことなくノイズに覆われ、輪郭も時折揺らいでいる。明らかに瀕死の状態だ。

 だが、その挙動から戦意が残っていることはわかる。自分を死ぬ寸前まで攻撃を食らわせたミサキへ明確な敵意を持っている。

 動きは輪をかけて緩慢で、生きているのがやっとという状態。だが、確実に存在している。


 そして、マリスを倒せる唯一の戦力であるミサキはもう戦えない。

 

「く、そ…………」


 絶望感が背中から這い上がってくる。

 侮っていた。全力を出しさえすれば倒せると。自分に出せる力を限界まで発揮すれば勝てない相手などいないと。

 クルエドロップとの戦いで、まともに戦っても叶わない相手がいるということを嫌というほど思い知らされた直後だというのに。

 マリシャスコートを装着すると少なからず精神が高揚し、自制心が揺らぐ。だがそんなことは言い訳にならない。結局この結果を招いている時点で、驕っていたということに変わりはない。

 自分一人だけしか戦えないという境遇に、酔っていなかったかと問われれば即答できない。


 強くなりたいと叫ぶばかりで、願望に心が追い付いていなかった。

 ミサキはまだ未熟だった。いつになったら強くなれるんだ、と奥歯をかみしめる。


 戦う力を失った少女へ、絶望が迫る。


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