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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第五章 ルール無用の残虐レース
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76.大輪の花、灰色の雨


 勝ち誇りはしたものの、クルエドロップの内心は穏やかなものではなかった。

 スキル名の宣言によってではなく決められた動作によってスキルを発動させる技術、サイレントスキル――技後硬直を大幅にカットできるこの技を、彼女は確かに会得している。

 

(…………なんて、実戦投入できるほど安定して使えるのは三種類くらいなんやけどね)


 最初に披露した、血のリングを発生させて周囲を攻撃する【マガツリンネ】。複数の赤い斬撃を発射する【ヨモツオロチ】。そしてまだ見せていないもうひとつ。

 これだけでも十分すぎるほどに強力だが、それだけでは目的は達成できない。


 ミサキとスズリ、二人の首を切り落とすという目的が。


 いくらクルエドロップが格上だと言っても、本気で立ち向かってくる彼女たちを倒すのを朝飯前とはいかない。だから全力で持って叩き伏せ、食後のデザートをいただくようにして首を獲らなければ。


(ああ――やっぱそういうの最高や……簡単に首斬れたらつまらんもん)


 二人のうち、スズリはもう舌の上。

 あとは多刀をことごとく打ち壊し、その首に刃を滑らせればいい。


 だが、ひとつ懸念点がある。

 蒼炎をジェット噴射するグローブ《アズール・コスモス》によって上空へと舞い上がったミサキが姿を消しているのだ。

 ついさっきまでスズリの危機に慌てた様子で落下を試みていたのに、気が付けば影も形も無くなっている。


 彼女の性格を考えれば逃げ出したとは考えにくいが、そうなると何かを企んでいるのだろうか。

 仲間が絶体絶命のこのタイミングで?

 一体どういうことなのか。


 だが今視界にいないもののことを考えすぎても仕方がない。

 最大限に警戒しつつ、目の前の獲物をいただくことにする。



 クルエドロップの厄介な点はこの慎重さにあった。

 エキセントリックな嗜好を持っていながら、彼女は欲望によってその視野を狭めることはない。

 慢心もせず、いたずらに謙遜することもしない。自分の実力を正しく理解し、実現可能な範囲でその牙を振りかざす。


 二人の首さえ斬れれば死んでも構わないとは言ったものの、彼女は破滅願望など持っていない。

 ここがバーチャルだからこその発言だ。殺しても死なない、死んでも生き返る、そんな世界だからこそクルエドロップはその内に渦巻く欲望を発散しているのだ。


 苛烈な殺戮衝動と、相反する鮮烈な理性。

 普段の緩い雰囲気からは考えられないような要素が彼女の中で食い合うことなく共存している。


 よって、クルエドロップの打倒は極めて困難だと言える。

 姿を消したミサキは、そのことがわかっていたのか――それとも。





 ガガガガ、という衝撃音が鳴り響く。


「ほらほらほらほらぁ! 防ぐだけやと勝てへんよ!」


 クルエドロップの刀が荒れ狂う。

 嵐のような剣戟――スズリはその猛攻を、六刀をフルに使ってなんとか捌いていた。

 予想外の行動に動揺はしたものの、ただ目前の危機を脱しただけ。


 クルエドロップの刀を振るスピード、そして正確さは常軌を逸している。もし四刀のままならとっくに首を獲られて負けていた。

 

 そんな奮闘をあざ笑うように彼女は素早く鞘に納刀し、間髪入れずに抜刀――切っ先で虚空に円を描く。すると刀身から血が噴き出しリングを形成、爆発的に拡散してスズリを襲った。


「…………く、ううううっ!」


 体勢を崩しながらも両手の剣で受け止め――られない。

 ガードを突破した血の衝撃波はスズリの全身を切り裂いた。

 

 ただ威力が高いというだけがスキルの強さでは無い。

 生半可な防御はたやすく破ってしまうというのも利点のひとつだ。だからスキルにはスキルをぶつけて相殺するのがセオリーではあるのだが……相手がサイレントスキルを使っている以上、そんなことをすればこちらの技後硬直に向こうの追撃が突き刺さるだろう。


 ガガガガ、という衝撃音が鳴り響く。


 もうスズリのHPは残り少ない。

 向こうもそうだろう。

 だから決着は近い。この危うい均衡が完全に崩れた時、勝負は決まる。


「――――で、だから――――」


「あはっ、あははははっ! 何ぶつぶつ言うてんのかなぁ!?」


 哄笑と共に抜刀し、下から勢いよく振り上げた刀からいくつもの血の斬撃が道路上を駆ける。

 数は4つ。弾速は極めて速く、まともに受け止めるのも難しいほどに強靭だ。


「負けてたまるか……!」


 決して機敏とは言えない動きで斬撃と斬撃の隙間を縫うように動き、それでも回避しきれないものは剣を斬撃の側面に滑らせるようにして軌道を変える。

 六刀流の明確な弱点は運用難度の高さの他にもうひとつある。それは複数の武器を同時に装備することによる装備重量の増加だ。『極剣』には剣を複数装備した場合重量を軽減してくれるパッシブスキルがあるが、そのスキルを加味してもかなり重くなってしまい、それによってスピードが大きく落ちてしまう。

 だからこそ、その弱点はプレイヤーの努力で補う必要があった。


 ガガガガ、という衝撃音が鳴り響く。


「楽しいなあ――ほんとに楽しい!」


 複数の斬撃を切り抜けた、その目前。

 クルエドロップがこの上ない喜色満面で眼前に迫っている。

 その手に握られた刀がきらりと閃き、こちらを睨みつけている様に見えた。


 まずい。

 このままでは斬られる。


 とっさに浮遊していた剣のうち2本を目の前で盾のようにクロスさせて衝撃に備えた。


「邪魔や!」


 だがその盾では役割を果たせない。

 クルエドロップが渾身の力で振り上げた鞘で上空へと弾き飛ばされた2本の剣はくるくると回転する。

 

「…………っ!」


 二本の剣によるガードを弾き飛ばした直後、クルエドロップはすかさず納刀動作に入る。

 口角が上がる。喜びを隠しきれない。待ちに待った瞬間が今そこにある。

 愛する『それ』を手中に収めるため、最大のスキル――【アマツサクヤ】を発動させる。


「――――その首、もらうで」


 幾度目かの抜刀。

 深紅の刀身がうなりを上げる。

 ただひたすらにシンプルな、強靭で、巨大で、強力無比な斬撃が横一閃に炸裂する。


 食らえば死。防御も不可能。

 ならば。


「迎え撃つ……【無塵】!」


 残った四刀で放つ最大の奥義。

 スズリの携える全ての剣が一瞬消失し、壮絶な斬撃となって【アマツサクヤ】と激突する。


「あははははは、あはははははははっ! そんなショボいスキルで勝てるわけないやろ!」


「ぐ……ぐううううっ」


 拮抗すらできない。押される。巨大な深紅の斬撃に、四刀がまとめて押されている。

 スズリの履いた草履がひび割れたアスファルトを滑り、どんどん後方へと押し下げられていく。


「負け、て――たまるか!」


 バキン! と甲高い音と共に【アマツサクヤ】が弾き飛ばされる。

 あらぬ方向へと飛んで行った斬撃ははるか遠くのビルを真っ二つに切り裂いた。


「あははっ、この状況でなに言うてんねん。大技直後の技後硬直でろくに動けんやろ――もう諦め、」


「諦める? ありえないな。動く必要なんてない!」


 この状況に置かれてもなお光を失わないその瞳にクルエドロップは首を傾げたが、これ以上何らかの対抗手段があるとは思えず、笑みを浮かべながらスズリへ向かって歩を進める。

 クルエドロップの言う通り、【無塵】の技後硬直は威力相応に長い。たったの数秒だが、それだけあれば近寄って首を飛ばすには十分すぎる。

 だからここからの逆転など無いはずだった――普通なら。

 相手が『極剣』のスズリでさえなければ。


 認識の外。

 普通ではあり得ない場所、タイミング、方法でその攻撃は飛来する。

 

「…………え?」


 どっ、と鈍い音。

 一瞬の出来事だった。視界を何かが横切って、直後右手に鋭い痛み。

 気が付けばクルエドロップは地面に倒されていた。


「なに――が――」

 

 見れば、右手に剣が突き刺さり、アスファルトに縫い付けられている。

 握っていた刀は弾かれたのかすぐ近くに転がっているが、この手では拾うことも難しい。

 

「こんなもんすぐ引き抜いて……ぐあっ!?」


 次は左手。

 もう一振りの剣が突き刺さった。

 大地に磔される形になり、身じろぎ程度の動きしか取れない。


 おそらく『極剣』の能力で、打ち上げられた剣を随意に動かしたのだ。

 技後硬直は身体が固まるだけでそれ以外の動作はとることができる。指一本動かさずとも剣を自在に操るスズリならではの攻撃。

 

「くっ、なら手ぇ引きちぎってでも…………」


「そう、そこだ。ひと思いにやってくれ――ミサキ」


 この苦境に、それでもあきらめる様子を見せないクルエドロップを無視し、スズリは何者かに語り掛ける。


 同時に、削岩機を思わせる壮絶な破壊音が鳴り響き――そして止んだ。


「なんやこの音……さっきからうるさかった……ちょっと待って、あんたさっきから誰と話して――まさか」


「気付いたか。だがもう遅い」


 ぴし、という何かにヒビが入る音。

 そしてそれが臨界だった。


 クルエドロップのすぐ近くに立っている崩れかけのビルが、突如として爆砕した。

 

「な――――――――」


 建物としての形を完全に失い、瓦礫の雨と化したビルが降り注ぐ。

 さきほど吹き飛ばされたスズリはすでに範囲外。クルエドロップだけが、コンクリートの豪雨を一身に受け止める。


「直撃だ」


『誘導さんきゅー!』


 ミサキが。

 姿を消した彼女がビルを殴り倒した。

 

 これを指示したのはスズリだった。

 首元に刃を当てられ、大ピンチ――それを助けようとしたミサキの耳にウィスパーチャットが飛び込んだ。


『姿を消して隠れてくれ。指示は適宜行う。私を信じてくれ』 


 それを素直に聞いたミサキはクルエドロップの意識がスズリへと向いている隙にイグナイトによってビルの陰へと姿を消した。


 絶体絶命の状況で、しかも圧倒的に格上の相手に勝つためには想像を大きく覆すほどの大胆な策が必要だった。

 だから特定のポイントに誘導し、動きを止め――ミサキがビルを破壊して確実に仕留める。

 クルエドロップが姿を消したミサキのことを警戒しているのはわかっていたが、たとえ警戒していようが関係なく、一瞬の隙に畳みかけることで成功へと導いた。


 …………本当は真っ向勝負で勝てるならそれが一番だった。だが、このままではミサキともども殺されてしまうと思った。

 だからこの作戦を立てたのだ。


『勝ったね! さすがにこれじゃああの子も…………』 


「…………まだや!」


 その声が。

 聞こえるはずのない彼女の声が鳴り響き、直後大量の瓦礫が切り刻まれポリゴンの破片に変わり消滅した。

 その中から現れたのは、


「クルエドロップ…………ッ」


「ハァァァァ……」


 瓦礫の山を消滅させ立ち上がったのはクルエドロップだった。 

 満身創痍、何がどうなればHPが残るのか、という状況で、確かに彼女は生存していた。

 両手は無くなっている。おそらく縫い止められた状態から逃れるため、力任せに引きちぎったのだろう。

 

 彼女は愛刀チギリザクロを口にくわえていた。

 その状態であの瓦礫の山を切り刻んで脱出したのだ。

 明らかに異常の域に片足を突っ込んでいるクルエドロップの目は興奮に血走っている。

 両手を引きちぎったことでHPの減少が始まっている。もういくばくの命も残っていない。放っておけばそのまま死ぬだろう。

 だから。


「引導は渡してやろう」


 瓦礫の下敷きになって破壊されてしまったクルエドロップを縫い止めた二本の分の空白をを埋めるため新たな剣を二本装備する。剣の予備ならいくらでもある。

 それを見たクルエドロップは嬉しそうに笑った。

 

 もう嘘つきだとか、首を欲しがる異常者だとか、そんなことは何も関係ない。

 ここに至り、ただ二人は最後の力をぶつけたかった。

 決着だけを求めていた。 


「アアアアアアァァァァァッ!」


「【六道叢雲(りくどうむらくも)】」


 二つの刃は激突した。

 残された全てを振り絞り放たれた斬撃――打ち勝ったのは、六刀を操る剣を極めし少女だった。





「…………あーあ、負けてもうた」


 クルエドロップのHPは尽きた。すぐに消滅し、タウンでリスポーンなりこのままログアウトなりするのだろう。

 

「お前は強かったな」


「そうやな。でも負けは負けや――今度は勝つから首洗って待っとって」


「次までにもっと強くなるよ。お前をがっかりさせないくらいには」


「あはは……それが嘘やないって祈ってるわ」


 眉を下げて笑ったクルエドロップは青いポリゴンの破片へと変わり、消滅した。

 最初から最後まで楽しそうな少女だった。


「…………まったく勝った気がしない、な」


 見上げると、ビルの隙間から抜けるような青空が覗いていた。


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