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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第四章 這いよる悪意
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63.余白を踏みしめて


「ではこれで。お大事にです、先輩」


「また明日~」


 ベッドに横になったまま手を振る神谷に苦笑を残し、姫野は部屋を出る。

 後ろ手にドアを閉じ、長く息をつく。思っていたより緊張していたようだ。


「はあ」


「あ、終わりました?」


「…………っ!」


 心臓が捻転したかと思った。

 かけられた声に叫ばなかったのは我ながら褒められてしかるべきではないかと混乱する頭で思う。


 その人物は今しがた姫野が出てきたドアのすぐ横に寄りかかっていた。手には小さめの土鍋を載せたお盆を持っており、鍋の小さな穴からは白くくゆる湯気が漂っていた。お粥だろうか。


「園田……せんぱい」


「意外です。覚えててくれたんですね」


「それは、はい、まあ」


 初対面であんな風に――――


『沙月さんを悲しませるようなことがあれば――その時は許しませんので、そのつもりで』


 釘を刺されれば忘れようにも忘れられるものではない。

 この人も寮生だったのか、と姫野は慄く。ここに来るまでの間に出くわしていたら神谷には会えなかったかもしれない。


 それにしても綺麗な人だ、と思う。

 長い灰色の髪は窓から差し込む陽の光を浴びて銀色に艶めいているし、顔立ちも非の打ちどころがないと言っていいくらいに精緻だ。神谷も相当な美少女だが、園田もまた比肩するレベルには見目麗しい。


「あのー、もしかして怖がらせてます?」 


「ひぅぃっ? ぃえ、あの、その……」


 声が裏返る。

 しどろもどろになって、舌がもつれる。

 今すぐここから逃げ出したいとさえ思っている。


「前はあんな風に言ってしまってすみません」 


「え…………」


「沙月さんに近づく人には警戒するようにしてるんです。特に打算を秘めてる人は」


 打算。

 たしかに姫野はそういうつもりで神谷に近づいた。

 もしかしたら自分と同じかもしれない、そんな人と近しい間柄になりたい。そんな欲を抱いて近づいた。

 この人はそれを見抜いていた。


「ごめんなさい。断片的にですけど、話聞こえちゃいました」


「き、聞いちゃいましたか」


「目も耳もいいので。……こういう場合はあんまり褒められたことじゃないですけどね」


 そう言って園田は申し訳なさそうにまつ毛を伏せる。

 この人は思っていたより怖い人物ではないのかもしれない、と姫野は評価を改め始めていた。


「お、おこらないんですか。私……勝手にお見舞いとか来てますけど」


 恐縮した姫野の様子に、園田は苦笑する。


「構いませんよ。というかそれを止める権利は私にはないですし。それに――今の姫野さんからは嫌な感じがしないので」


「そう、ですか」


「沙月さんはね、あれですごく寂しがりやなんですよ。だから後輩ができて喜んでると思います」


 寂しがりや。

 姫野からすると、そういう印象はない。

 他人にあまり執着しなくて、飄々としていて――という感じだ。

 

 だがそれは姫野という一視点から見た場合の話。

 きっと自分の知らない先輩がいるのだ。

 この園田という人はそれを知っている。それは付き合いの長さだとか、信頼の深さによるものなのだろう。


「あなたもあのゲームをしているんですよね。あそこは私の目が届かない場所なので――沙月さんのこと、よろしくお願いしますね」


 園田が最後に見せたその顔は、威圧するようなことは全くなくて。

 慈しむような、そんな表情だった。

 この人は本来こういう顔をするのかもしれないな、と姫野は思った。


 それはそれとして怖いものは怖いままだが。




 お粥を神谷に渡し、姫野を寮の玄関まで見送って、今。

 園田は小さくため息をつく。


「あいつの調子はどう?」


「――――アカネちゃん。……良くなってきましたよ。明日の朝には快復してると思います」


「そ」


 園田の背後で短く返答したのはアカネ。

 少し赤みがかった髪を低い位置で二つに縛っている、この寮に居候している少女だ。神谷の友人である。


「…………やっぱりこのままにはしておけませんね」


「そうね。準備を進めましょう」


 病床に伏せる神谷を、二人は想う。

 きっとあのゲームで何かあったのだ。

 ならば手をこまねいている場合ではない。

 最短で、彼女のいる場所へたどり着く。そのことだけを園田とアカネは考えていた。 







「ふあぁ…………」 


 翌日の放課後。

 予定通り体調を戻した神谷は校門の脇の塀にもたれかかっていた。

 下校する生徒たちに目をくれるでもなく、手遊びにアプリゲームの周回作業をこなす。


「あれ、神谷ちゃーん。どうしたのこんなところで」


 その声に顔を上げる。

 話しかけてきたのはクラスメイトの女子だった。

 横には別のクラスの友人と思しき女子を連れている。

 特筆するほど仲が良いわけでもないが、教室ではたまに話す程度の間柄だ。


「後輩待ってるんだー」


「そなんだ。……あり? 神谷ちゃんって部活やってたっけ?」


「んーん、なんか仲良くなっちゃった」


「あははなにそれ。また明日ねー」


 うりうり、と撫でてくる手を嫌がって頭を揺らす。

 けらけらと笑うこのクラスメイトはちょっと派手っぽい見た目だがとてもいい子だ。

 

 …………何かと神谷を子ども扱いするというか、小動物と思っている節があるのが玉に瑕だが。


「もーやめてってば。またね!」


 校門をくぐり去って行くクラスメイトに小さく手を振り、スマホに視線を戻す。

 こんなやりとりも、以前の神谷からは考えられない。

 今年の春くらいまでは心に堅牢な壁を築きその中に引きこもっていた。誰にも近づかず、近寄らせず。例外は幼馴染の光空くらいだったが、それすらも疎ましく思っていたくらいだ。


 姫野と関わることができたのだってそういった変化あってのものだと神谷は思っている。

 きっとこれが成長なのだと神谷は胸を張って言える。以前の自分より今の自分の方が圧倒的に肯定できるから。


「せんぱーい」


「お、来たね」


 噂をすれば。

 少し遠くから小走りで近寄ってくる姫野を認め、神谷はスマホをしまう。

 

「言われた通り授業が終わったら直行してきましたけど……先輩早いですね」


「今日先生が休みだからホームルーム無かったんだよね。じゃあ早速だけど行こっか」


「どこにです?」


 かわいらしく小首をかしげる姫野に、神谷は不敵に笑う。


「部活サボってゲーセンだよ!」


 いや、せんぱいは帰宅部でしょう――という指摘を姫野は吐き出す寸前で飲み込んだ。


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