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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第四章 這いよる悪意
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55.悪性変異


 第一印象は『変な人だなあ』だった。


 (ラブリカ)はこのゲームのベータテストに参加していたのだが、彼女のことを初めて知ったのはその頃のことになる。


 ベータテスト中、とあるうわさが流れていた。

 なんでも毎日夕方になると素手で草原エリアの敵をひたすら倒す変な女性プレイヤーが現れるのだと。

 

 はっきり言って眉唾だった。

 だってこのゲームで素手なんてあり得ない。システム上絶対に何かしらの武器は装備されているはずなのだから。

 そんなプレイヤーほんとにいるのかな? と疑問に思った私は噂を確かめてみることにした。

 嘘でも本当でも構わない。ささやかな時間つぶしになればいい――そう考えた私は放課後すぐに『アストラル・アリーナ』にログインした。


 …………え? バスケ部のくせに、なんで学校が終わってすぐログインできてるんだって?

 なんでもいいじゃないですか。私にもいろいろあるんですよ。


 結論から先に言うと、彼女はすぐに見つかった。

 あまりにあっさりすぎて拍子抜けした。


 確かに噂通り、徒手空拳でスライムやグラスウルフをひたすら倒している。

 ひと段落着くと何やらメモに書き込み、すぐに次の獲物を探しに行く。

 彼女はそんなことの繰り返しをひとりでやっていた。


 小さくてかわいらしい子だった。

 同時に、どこかで見たことがあるような気がした。


 遠巻きに彼女のことを眺め、思い出せそうで思い出せない引っ掛かりとぼんやり戦っていると、すぐに飽きた。

 別段見ていて楽しいものでもない。

 噂と言ってもこの程度か。どこへ行っても変な人はいるものだ。


 きっとこれからあの子と私の人生が交わることはないんだろうな――少しだけ冷めてしまった好奇心を抱え、目の前の光景に背を向ける。

 

 その時の私が考えていたことと言えば、その程度だった。







 巨大な氷山が砕け、霜の降りた草原にラブリカは倒れる。

 そんな光景を、彼女の取り巻きは信じられないと言った様子で見ていた。


「そんな……姫が負けた……?」

「嘘だろ、姫は俺たちよりよっぽど強いはずなのに」

「途中までは勝ってた」

「…………何者なの、あの金髪魔女っ娘」


 彼らのそんな声を聞きながら、フランはしまったと頭を掻く。

 噂を撤回させるつもりだったのにとどめを刺してしまった。これではわざわざ街に戻ってラブリカがリスポーンするのを待たないといけない。

 

(やっぱり怒りに任せて戦うなんてガラじゃないわね)


 はあ、とため息をつく。

 やってしまったものはどうしようもない。諦めてタウンに戻ろう。

 そう思い足を向けた瞬間――違和感に気付く。


「あれ?」


 フランのすぐ目の前にはうつぶせに倒れるラブリカがいる。

 なぜか、まだ、そこにいる。


 今さっき確実にHPをゼロにしたはずだ。

 実際に彼女の頭の上に浮かぶHPバーは空になっている。

 HPがゼロになる――つまりデスしたプレイヤーのアバターはすぐに消滅し、数分ののちホームタウンで復活するはずだ。


 なのにラブリカはまだ消えていない。


「まだ……負けて、ない……」


 ざわめく。

 周囲にいるラブリカの取り巻きも、この状況が異常であるということに気付いた。

 

 ノイズの掛かったラブリカの声が、この場にいる全員の耳に届く。

 彼女はゆっくりと起き上がっていく。とっくに死んでいるはずなのに。

 自分の置かれている状態をわかっているのかいないのか――俯き垂れた前髪が顔を覆い、表情から推し量ることはできない。


 ふらふらと立ち上がるラブリカの眼前で、彼女のメニューサークルが勝手に立ち上がり、そしてひとりでに操作が行われ、出現したのは手のひら大ほどのカプセルだった。


 容器は透明なようで、中に真っ黒な液体が詰められているのがわかる。

 見たことのある液体だった。そして二度と見たくないとも思っていた。


「あんたそれ……っ」


 ラブリカの口元に昏い笑みが浮かぶ。

 同時に黒い液体は、まるでそれ自体が生き物であるかのようにカプセルを突き破った。

 

 うねる黒い粘液は流動的にその形状を変化させ、触手のように伸びたかと思うとラブリカの四肢にとりついた。

 手足の先からだんだんと昇っていき、見る間に胴体まで到達する。


 ラブリカの全身を彩るピンクが漆黒に覆い隠されていく。

 冒涜的な情景が草原で展開されていた。


「…………ぐ…………ぁが…………」


 かすかなうめき声が聞こえる。

 もう彼女は原型を保ってはいなかった。真っ黒な粘液と一体化し、泥をかき混ぜるような音を響かせながらその輪郭を変化させていく。


 目を逸らしたくなるような光景の中、ラブリカの取り巻きは呆然とし、フランは全身を緊張させる。

 数秒、もしくは一秒も経っていなかったかもしれないそれは、ようやく終わる。


 フランたちの目の前に現れたのは全身ピンクの魔法少女ではなく――人型の蜂だった。


 すらりと高い2メートルほどの身長も、蜂そのものの頭部も、光沢を放つ薄羽も、槍のように鋭い両腕も、タールのように真っ黒な全身も、ラブリカとは似ても似つかなかった。

 しかし、身体のあちこちに申し訳程度に残された刺し色のピンクが、この蜂人間がラブリカであるという事実から目を逸らさせてはくれなかった。


MALICE(マリス)…………!」


 フランはその名を呼ぶ。

 彼女の脳裏に浮かんだのは以前戦った巨大な人型のカラスだった。形状は全く違うが、間違いなくあれと同種のものだ。

 あのカプセルでラブリカは変異した。ならばあのカラスも全くの無から生まれたものではなく誰かプレイヤーが変化したものだったのか?

 

 そういえば意識不明者は前後の記憶を失っていたと聞く。

 ならばその中に変異した者がいたのかもしれない。自分がマリスになっていたということも忘れて。


 思考を巡らせる中、真っ青だった空がひとりでに赤く染まる。

 これも以前マリスが出現した時と同じ現象だ。やはりこの蜂はマリスで間違いないだろう。


 予想だにしていなかった状況に、焦燥感が募る。


 マリスにはいくつかの特性がある。

 マップデータにも干渉する攻撃、キルした相手を数時間リスポーン不可にする、そして最後に……これが一番厄介なのだが、こちら側からの攻撃が一切通用しないということだ。

 HPが減らないだとか、防御力が高くてダメージが通らないだとか、そういう次元ではない。こちらからの攻撃がすり抜けるのだ。あたかも喰らい判定が存在しないかのように。


 つまりは無敵。

 勝つ方法が存在しないモンスター。


「…………ジジ…………」 


 ノイズのような声をマリスは漏らす。

 

 どうすればいい。

 今この状況、あのモンスターに対処する方法は一切ない。

 前回の戦いで証明されている。絶対に勝てない。


 可能性があるとすればミサキだが、いま彼女はいない。

 どこにいるのかもわからない。


 逃げるか?

 そう思ったが、ラブリカの取り巻きたちが動揺のあまりその場から動けていないことに気付く。

 正直言って見捨てても構わない、のだが……なんとなく、ミサキならそれを良しとしない気がした。


 ひとつ息をつき、覚悟を決める。

 

「あんたたちさっさと逃げなさい! こいつには勝てないから――できるだけ遠くに、一目散に!」


 らしくないことをしていると思う。これでは前回のミサキと同じだ。

 HPはラブリカとの戦いを経て心もとない。とっておきのとっておきも使ってしまった。愛用していた杖も折れて消えた。


 ただ、ここで自分だけ逃げたらミサキに胸を張れないと思った。


 何故かマリスは全身を震わせその場に立ち尽くしている。逃げるなら今のうちだが、突然のことに取り巻きたちも身の振り方を決めあぐねているようだった。


「早くしなさい! 死ぬわよ!」


 端的な言葉、そして怒鳴り声に縮み上がった取り巻きたちは散り散りに逃げていく。最後の一人だけは往生際悪く躊躇っていたようだが、何度か足踏みを繰り返すと他と同じように逃げていった。

 良かった。さすがに庇いながらでは戦える気がしない。巻き添えにしてしまっては気分が悪い。


 改めて蜂のマリスに向き直る。するとマリスは全身の震えを止め、標的をフランに定めたようだった。他の者は眼中に無いらしい。


「…………さて、どう切り抜けようかしらね」


 キシキシ、とマリスは両腕の槍をこすり合わせる。

 獲物を前に舌なめずりをするような動作だった。


 フランVS蜂のマリス。

 勝算は――皆無だ。


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