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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第四章 這いよる悪意
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53.やさしいひと


 あまり同年代の子と関わることのなかったフランにとって、今この瞬間彼女の胸に渦巻いている感情は馴染みのないものだった。


 あいつが許せない。

 打ちのめしてやりたい。

 自分のしでかしたことの重さを思い知らせてやりたい。


 誰かに対して本気の怒りを抱いたのは、もしかしたら初めてのことだったかもしれない。

 身にかかった理不尽に、諦めたように笑うミサキを思うとはらわたが煮えくりかえるようだった。

 あの子にあんな顔をさせた奴を許すわけにはいかない。


 噂を流した本人としては軽い気持ちだったのだろう。ちょっとした嫌がらせくらいのつもり――実際流布するだけなら大して難しくもない。

 ミサキは元々この世界では注目を受けている。そんな人物のゴシップは、人々の関心も高く、簡単に広まったことだろう。


 そんな軽い気持ちが、容易くミサキの尊厳を陵辱した。

 彼女の不運な境遇や弛まぬ努力はあっさりと踏み付けにされた。


 だからあいつを倒す。

 ミサキの相棒として。この世界における、唯一の味方として。


 そして、友達として。





「【ピンクアロー・スターズ】!」


 手のうちでくるくると回るステッキをラブリカが踊るように振るうと、桃色の魔法弾がいくつも発射される。

 

「っ!」


 ピンクの弾幕に、フランは怯むことなく前へ踏み出す。

 正面から飛んできた魔法弾をしゃがんで回避し、挟み込むように飛んできた二つをそのまま前に転がって避ける。

 非常に軽やかな身のこなし。フランは機動力を補助するスキルを習得していないが、それでもこれほどの動きができるというのは彼女自身のプレイヤースキルによるものだ。


 立ち上がったフランはステップで残りの弾をひらりとかわし、同時に懐からアイテムを取り出す。

 青いボディが特徴的な拳銃型アイテム、《ばんばんバーニング》。照準を素早くラブリカに合わせて銃爪を引くと、蒼い炎の弾丸が発射された。


「速い……!」


 とっさに反応し、回避を試みるラブリカ。心臓を狙ったその弾丸はラブリカが右によけようとした結果、彼女の左肩に着弾した。

 決して無視できるものではないダメージ、そして痛みに怯む。

 その隙にフランは一気に接近した。


「やああっ!」


 渾身の力を込めて杖を振り下ろす――しかしラブリカの眼前でその攻撃は阻まれる。

 ぎちぎち、と軋むような音を立てて拮抗しているのは鮮やかな刃。ステッキの先端から飛び出したピンク色の光が刀身を象り、フランの杖を防いでいる。


「【マゼンタ・ブレーデ】……どうしたんですか? いやに武闘派じゃないですか」


「無駄口叩いてる暇があるのかしらね!」


 至近距離で睨みあう。

 押されているラブリカの頬には汗の雫が浮かんでいたが、口の端には挑発的な笑みが浮かんでいる。

 

「私あなたのことなんてよく知りませんし知りたいとも思いませんけど――いつもはもっと逃げ回ってアイテムばらまいてるイメージでしたよ。ケチってるんですかあ? ずいぶんと余裕ですねえ」


「ふん、あんたごときに使うのはもったいない品だってだけよ。このまま殴り倒してあげても構わないんだけど?」


「その上から目線ほんっとうに気に入らない……!」


 ラブリカは吐き捨てるように叫ぶとステッキを力任せに振るい、杖を弾いたかと思うとバックステップで距離を取る。


「錬金術士さんはいいですよねえ。先輩を――ミサキをそばにおいて好き放題してる」


「…………は?」


「どうやって脅したんですか? ああ、それとも泣き落としでもしましたか? あの人は優しいですからねえ。ちょっと弱みを見せれば何でも聞いてくれそうです」


 言葉を失った。

 皮肉っぽい笑顔から漏れだしてきたのは怨嗟のような言いがかりだった。


 ラブリカが言っている事実なんてどこにもない。ミサキとフランの関係は、始めこそ一方的に持ち掛けられたものだったが、二人の利害は一致しているし、そうでなくても今はただの友達として付き合っている。その関係に勾配は介在しない。

 だからラブリカの言い分は一笑に付せてしまえるようなものであったが――ひとつだけ。


 ただひとつだけ、引っ掛かった。

 

 別にどうってことのない言葉だ。

 軽く聞き捨てればいいだけの話だ。

 

「きっと無理矢理着き合わせてるんでしょう? ミサキは優しいから、だから何も言わないだけなんですよ……!」


 それでも、何も言わずにはいられなかった。


「優しい、ね。どうなのかしらね」


 もし、彼女がそれを聞いたら。

 いったいどんな顔をするのだろう。

 悲し気に目を伏せるのだろうか。それとも諦めたように笑うのだろうか。


 どちらでもいい。

 どちらでも彼女は同じ答えを返すだろう。

 優しくなんてないと。


 だけどフランは知っている。

 この世界でずっとミサキと一緒にいた彼女だから。

 ミサキがどういう人間なのか。

 だからあえてこう言う。


「あの子はきっと――あなたが思ってるよりずっとずっと優しいのよ」


 始まりからしてそうだった。

 最初に出会ったあの時。契約の提案をするフランなんて放り出して帰ってしまえばよかったのだ。

 でもミサキはそうしなかった。律儀に付き合って、最後まで話を聞いていた。そろそろ用事がある、帰らないと、などと言いながら。


「わたしはいいやつじゃない、優しくなんてないってうそぶきながら、自分以外の誰かを優先せずにはいられない。それでどれだけ自分が犠牲になろうがあの子はおくびにも出さずに笑ってる」


 ――――優しいかあ。時々言われるよ。シオちゃんにも言われたことあるし。


「何が、何が『自分のため』よ……あの子が必死になるのなんて誰かが傷ついてる時ばかりじゃない」


 ――――うん? あは、嫌ってほどじゃないよ。善意で言ってくれてるのはわかるからさ。

 

「誰かが苦しい目に遭ってるのを見過ごせないくせに、なのにあの子は自分のことひどいやつだなんて言うのよ」


 ――――でもね。居た堪れなくなるよ。そんなふうに思わせて、勘違いさせちゃってごめんって。


「そんな子は誰かが守らなくちゃならないの。あなたみたいな奴から、このあたしがね」


 きっと彼女は自分の優しさに気付いていないのだろう。

 自分の行動は、全て自らのためで、他人に依拠するものではないのだと。


 ――――わたしも優しいひとになりたいよ。でも、きっとそうはなれないだろうなっていうのもわかってる。


 だがフランはそう思わない。

 優しくありたいと願う心は、きっとその時点で優しいのだから。


 彼女の心を守りたい。

 おそらく彼女はたくさん傷ついて、だからこそ他人の傷に敏感になった。

 目の前で俯いている誰かを放っておけなくなった。


 そんな彼女を守らなければ、と――フランは今ここで、はっきりと自らの意志を固めたのだった。


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