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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第四章 這いよる悪意
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45.青い果実


「バスケ部入って……って言われても……」


 球技大会が終わり、更衣室で着替えを済ませると、ツインテールの後輩が勧誘してきた。

 今の状況を端的に表すとこうだ。


 目の前できらきらと目を輝かせるこの後輩をどうしたものか――と神谷は思案する。


「ええと後輩ちゃん、その」


姫野桃香(ひめのももか)です☆」


 横ピース、ウィンク。

 異様にテンションが高い。球技大会のものとは違う疲れが肩にのしかかってくるような気がした。

 正直言ってあまり関わり合いになりたくないタイプだ、と思う。


「姫野さんあのね、」


「モモカでいいですよーう、遠慮しないでください!」


 口の端がひくつくのを自覚した。

 助けを求めて後ろに着いて来ている二人を見ると、光空は苦笑、園田も笑顔ではあるが何やら空気が冷え切っているような気がしたので前に向き直る。どうして後門に狼がいるような気分にならなければいけないのか。


「あのね姫野さん、」


 めげずに言い直す。


「わたし二年だし、もう冬だし、仮に入部したとしても来年の夏には引退だからさ」


「関係ないですよ、先輩なら即レギュ間違いなし! です!」


「いや…………」


 後から来たものがスタメンを奪ったりなんてしたら、と反論しようとして開いた口が緩やかに閉じられる。

 この学校のバスケ部がどれだけの実力なのか神谷は知らないし、だからスタメンが取れるかどうかなんてわからない。

 そして――ああ。嫌なことを思い出してしまった。


「……………………」


「先輩、どうし――――」


 俯く神谷を覗き込もうとした姫野の視線が、差し込まれた手によって遮られる。

 ゆっくりと視線を上げると、それはいつのまにか間に入っていた園田の手だった。


「そろそろ行きましょうか、沙月さん。ホームルームが始まってしまいますし」


「そういうことだからごめんねー、ええと……姫野ちゃん? だっけ」


 光空は神谷の手を掴むと、半ば無理矢理引っ張って歩いていく。

 残された姫野はぽかんと口が開いたまま立ち尽くしていた。


「――――姫野さん」


「え、あ、はい。なんでしょうか……ええと、」


「園田みどりといいます。沙月さんのパートナーです」


 園田は柔和な笑みを浮かべていた。

 しかし、弓なりに細められた翡翠の瞳は剣呑な輝きを内包している。

 端的に言って、威圧していた。ただならぬ空気を感じ取った姫野は無言で半歩後ずさる。


「今のうちはいいですけどね。沙月さんを悲しませるようなことがあれば――その時は許しませんので、そのつもりで」


 それだけ言うと園田は去って行った。

 姫野は自分が数秒呼吸を忘れていることに気付いた。背中の冷たい感触は、制服のブラウスにしみ込んだ汗によるものだ。

 湿った手を開き、震えを抑えるように強く握りしめる。


「それでも……諦めませんから」


 神谷たちが去って行った廊下を、姫野は真っすぐ睨みつけていた。






「大丈夫ですか?」


「ん、大丈夫。ありがと」


 ホームルームが終わり、喧騒に包まれる教室。

 席に座ったまま俯いて机と見つめ合う神谷を、園田と光空は心配げに見下ろしていた。


「沙月、あの子の勧誘を断ったのって……もしかして昔のことが関係あったりする?」


「いやそんな……うーん、まあそうか。そうかも」


「昔のことですか?」


 光空は頷く。


「沙月、中学の時はバスケ部だったんだよね。その時何があったの?」


「…………」 


 誰にも言ったことはなかった。

 バスケ部だったということ自体忘れたかったから、思い出さないようにしていた。

 以前光空に、あんまりにもしつこく聞かれたから話したことはある。ただ、その時何があったかは言わなかった。

 自分でも本当に忘れかけていたし、たまに思い出しても大して心は揺れなかった。


 だが、今。

 その記憶が実感を伴って足元に忍び寄ってきた。


「……中学入って、初めてできた友達がいてさ。その子にバスケ部に誘われたんだよ。一緒に入ろうって」


 彼女は経験者だったらしい。

 神谷は未経験だったので断ったのだが、楽しいよ、これから始めればいいんだよと言われ、押し切られた。本当は小柄な自分では向いていないだろうと思ったから気が進まなかったが、唯一の友達を無下にするのは気が引けた。

 

『1年C組、神谷沙月です。バスケは初めてです』


 入部時にした挨拶。

 先輩たちが苦笑していたのを覚えている。

 バスケをやるだけあって同級生も先輩も、みんな神谷より背が高かった。

 神谷はというと、同年代の平均を大きく下回っている。そんな初心者を軽んじない者は誰もいなかった。


 だから。

 その時は誰も気付けなかったのだ。

 

 幸運なことに、もしくは不運なことに――神谷は身体を動かす才能に極めて長けていた。

 1年が問答無用で球拾いだけをやらされるような部活ではなく、わけ隔てなく練習させてもらえる恵まれた環境だったのも相まって、神谷はみるみる実力を伸ばしていった。

 小柄な身体はこれ以上ないハンデだったが、それを補って余りある身体能力に運動神経、そしてセンス。

 小ささを逆手に取るようなプレイスタイルまで確立し、神谷はいつの間にか誰も無視できない存在になっていた。


 その指導役だったのは、神谷を誘った友人だった。教えやすいように、という意図でポジションも同じ。

 だが――いつの間にか。

 本当にいつの間にか、神谷はその友人を追い抜いていた。


 まだ幼かった彼女は、その事実が、どんな感情を生むのかもわかっていなかった。


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