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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第三章 いろんなプレイヤー、いろんなわたしたち
33/325

33.同じ目線で


 鼻先をかすめるように繰り出された斬撃を、真後ろに跳ぶことでミサキは回避する。

 だが、それによって離された距離は、エルダに次撃の猶予を生む。


「【サーペント・バイト】!」


 右手のカトラスから放たれたのは蛇をかたどった水流。空中を滑るようにうねりながらミサキを目指す。

 予測のしづらい軌道――だがこちらを狙っていることがわかれば対応は難しくない。あぎとを開きこちらへ向かう蛇を引き付けて、直前で真横にステップ。すると蛇は直前までミサキがいた場所を通過した。

 着地したミサキは笑みを浮かべ、力強く一歩を踏み出す。

 だがその瞬間、


「ぅぐっ!?」


 背中に鋭い痛み。

 反射的に背後を見ると先ほどの蛇が背中に食らいつき、飛沫になって飛散するのが見えた。

 かわしたはずなのに、どうして――ミサキが巡らせる思考を、エルダの言葉が断ち切る。


「よそ見すんなよ」


 慌てて前を見るも何もない。

 いや……違う。下だ。目いっぱい体勢を低くしたエルダがミサキのすぐ足元まで接近している。

 

「オラァ!」


 強烈な斬り上げが直撃し、ミサキの小さな身体が簡単に打ち上げられ、そのまま地面に落下する。

 とっさにグローブで剣は防いだがダメージは免れず、双方のHPには大きな差がついてしまっただろう。

 しかしまだ終わらないとばかりに、畳みかけるようにエルダの攻撃は続行される。

 立ち上がるミサキへと、再び放たれた【サーペント・バイト】が襲い掛かる。今度はまっすぐ、蛇行せず突っ込んできた。

 おそらくこのスキルで回避を強制し、生まれた隙に差し込むというのがエルダの戦法だ。

 今のミサキは防戦一方。そしてその状況こそ、エルダの組んだミサキ対策だった。


(……こちらの攻撃に対応させ続ければあいつは自由な行動がとれないし機動力を生かすこともできない。だからこのまま押し切ってやる……!)


 だが。

 そんな対策ひとつで勝てるなら、そもそもエルダ自身、全てを捧げて強くなろうなんて思わないのだ。


「せあッ!」 


 一閃。

 目にも止まらぬ速度で放たれた回し蹴りが、水流の蛇を儚く散る水飛沫へと変えた。

 

「んだと……!?」


 驚愕もつかの間。

 意趣返しとばかりに、ミサキは一息でエルダの懐へと飛び込んでいる。身体を縮めて、その足元へと。

 一瞬の出来事だ。下から上へと、振り抜かれた拳はエルダの顎を的確に撃ち抜いた。


「か……っ」


 視界がぐらりと揺れる。

 一瞬だけ身体の感覚が吹き飛び前後不覚。そしてその隙を逃すミサキではない。

 目の前で無防備にたたらを踏むエルダへと追撃の拳を叩き付け、衝撃で倒れこもうとしたところに容赦なく再び拳を振り下ろす。


 一度地面で跳ね、そのまま倒れ伏したエルダへと追撃を加えようと踏み出した足、その一歩先の地面に弾丸が炸裂し慌てて立ち止まる。思わず視線を上げるとエルダは横たわりながらも銃口をこちらに向けていた。そのまま少しでも踏み込めば撃ち抜かれるだろう。


 一進一退の攻防。

 ミサキとエルダは一瞬の隙も許されない戦場に立っていた。

 そんな張り詰めた空気の中、観客たちはひとり残らず息をのむように押し黙っている。


 少しの停滞。

 蔓延する静寂の中――それを打ち破ったのはミサキだった。


 瞬間的にエルダへと接近。圧倒的な速度で、とっさに放たれた弾丸すらも空を切る。

 気付けば肉薄。振り下ろされた拳は――しかしエルダのカトラスによって防がれる。

 そのまま力任せに振り抜き、体重の軽いミサキは簡単に後ろへと押し下げられた。開いた距離はたったの1メートルもない――だが、それさえあればスキルの発動には充分だ。


「【スプラッシュ・サークル】!」


 全身を一回転させながら剣を使って周囲を薙ぎ払う、激しい水飛沫を伴うそのスキルは前回の戦いでも使用されたものだ。だがその威力も範囲も以前より格段に上がっている。

 ミサキがどの方向にいようが対応できるこの技――それに対し、ミサキは取った選択は、


「なんだと!?」


 ブリッジ。

 足は地面につけたまま、背後に倒れながら手を地面について支える体勢――それによって全方位をカバーしたはずだった【スプラッシュ・サークル】の軌道から逃れたのだ。


 そして。

 剣が真上を通過するその瞬間、その下から、バク転の要領で足を跳ね上げカトラスを猛烈な勢いで蹴り上げる。


 くるくると回転しながら舞い上がる自らの剣に、エルダはぽかんと口を開け……直後自分の武器が手元から失われたことに気付き背筋を凍らせる。

 

「もらったあ!」 


「――――てめえマジでふざけんなよ!」


 ミサキは喜色満面といった様子で落下してくるカトラスに手を伸ばす。武器を奪うつもりだ。

 そんなことになってしまえば本当に終わる。エルダの左手が弾かれたように素早く上げられ、銃のトリガーを引く。放たれた弾丸はミサキの指の先――あと数ミリの距離に落ちてくるカトラスの柄を撃ち弾き飛ばした。


 驚愕するミサキを無視してすかさず通り抜け、落下地点へと走り剣を手に取り、振り返ってそのまま振り下ろす――だが間一髪のところで反応したミサキの両腕に押し留められる。


 ぎりぎりと拮抗する力。だが少しずつエルダは上体をかぶせ、体重をかけ、それに応じてミサキは押されていく。

 

 単純な力比べならエルダに分がある。

 以前と比べてミサキは斬撃を防げるグローブを手に入れたものの、パワー自体が上がっているわけではない。よって押し合いには向かない。


「……お前、なんでそこまで強いんだよ」

 

 ここからどう挽回するか――次の手を考えていたミサキの耳朶を震わすのは、エルダが零したその一言。

 せめぎあう力と力の中、エルダが放ったのは純粋な疑問だった。


「そんな戦い、誰にだってできるわけがねえ。ただ努力してれば到達できる領域にも思えねえ……今までお前、何をしてきたんだよ。何があったらそんなに強くなれるんだ」


 ミサキの戦いは、どう考えてもただのゲーマーの域を越えている。

 操作精度だとか、戦法の組み立てだとか、動体視力だとか、そういったもの以前に、そもそもこのゲームは自分の身体を動かして戦うゲームなのだ。

 それなのにミサキは人間離れしたアクロバットをいともたやすくこなし戦闘に取り入れている。もちろん様々なスキルに補強されてはいるが、それだけでは説明がつかない。

 彼女の強さの源はどこなのか――それをエルダは知りたかった。


「なに、か。うーん、そうだなあ……」


 押されていてなおミサキの笑顔は消えない。

 この戦いが楽しくて楽しくてしかたないのだとでも言うように。そして、なんともなしにその問いに答える。


「世界を救う、とかかな」


「は……?」


 予想外の返答に呆けたその隙を、ミサキは見逃さない。

 剣を抑える片手を外し、すかさずエルダの手首をつかんで引く。

 すると前に向かって体重をかけていたエルダの身体はたやすくつんのめる。

 そうして慌てるエルダの額が、ミサキの額に激突した。


「ぐあっ!」


 衝撃で二人とも転がる。

 渾身の頭突きはエルダだけではなく、放った本人にも確かなダメージを与えた。


「いてて……」


「てっめえ、ふざけてんのか!」


 立ち上がったエルダは怒号を上げる。

 こっちは真剣に質問したのに適当に返して、しかも不意打ちまがいのことまで――と。


「いやいや、隙ができたから突いただけ。というか勝手にびっくりしたのはそっちだし」


 エルダに合わせて立ち上がりうそぶくミサキ。

 問われたから答えて、それに対して動揺したから利用した、という考え。シンプルで、だからこそ悪びれない。

 だが余裕に満ちた様相には別の思いも隠れている。


(――――ほんとに強い)


 エルダというプレイヤーは間違いなくこれまで戦った中で最も強い相手だ、とミサキは確信する。

 単純なステータスの高さもそうだし、こちらの取った行動に対し的確に対応してくる。ミサキの主要な勝ちパターンである、速さで撹乱してペースを握りそのまま押し勝つ、といった戦法が取れない。攻め続けるということをエルダはさせてくれない。


 胸に熱が灯る。

 高揚が血液に乗り、全身を駆け巡る。

 エルダは強い。だからこそ勝ちたい。

 

 ミサキもまた、エルダのことをライバルと定めていた。


 二人のHPはもうお互い少ない。

 手札もほぼ出しつくした。

 

 だから――次の攻防がおそらく最後になるであろうことを、お互いに悟っていた。


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