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324.The GAME is afoot!


 歓声の渦。

 そんな表現の的確さをミサキは思い知っていた。


「わあ……!」


 星空を見上げる少女のように瞳を輝かせるミサキを見下ろすのは、アリーナに詰めかけた満員の観客たち。

 老若男女様々な人の海が思い思いに声を上げ、”渦”を作り出している。


 普段は特に注目されることを嬉しいとは思わないが、今日に関しては別だ。

 これほどの人々が集まってくれたこと。そしてこの様子を生配信で見ている大勢の人々がいるであろうこと。

 最後の日にふさわしい舞台だ。


「すっごい人。どうやって集めたの?」


「ラブリカに頼んだ」


「なるほどね……」


 呆れたように肩をすくめるのは、錬金術士フラン。

 ミサキの相棒で、そして最後の相手。

 

「まさか最後の依頼者があなたで、最後の依頼が戦うことだなんてね」


「まさかなんて言いつつ、ちょっとは予想してたんじゃない?」


「ふふっ、まあね。あなたならそれを望むかもとは思ってた」


 軽口を叩きながらも双方の間に流れる空気はぴんと張りつめていく。

 それを感じ取ったのか、観客も息を呑んで静けさを伝播させていく。


「初めて戦った時、決着がつかなかったからね」


「そうね。そうだった」


「引き分けで終わりなんてつまんないよ。この世界が終わる前にきっちり白黒つけよう――――」


「――――あたしが強いか、あなたが強いか」


 見つめ合い、口を噤む。

 この戦場に二人きり、周囲の音も遠ざかっていく。


 戦闘開始の宣言は無く。

 合図も無く。

 音も無く吹いた微風と共に――開幕した。


「――――ッ!」


 鋭く吐いた息と共に爆発的な勢いで駆けだしたのはミサキだ。

 しかし、フランには読めていた。

 ミサキの戦闘スタイルは徒手空拳。何をするにも接近は必須。

 そして、接近戦に持ち込まれればそのまま敗北しかねない。


「《デュプリケイト・エクスプローダー》!」


 すでにその爆弾は投擲されている。

 フランが初めて見せたアイテム、《バイバイボム》の強化版。

 その効果は増殖。空中に投げ出された爆弾は、ぽぽぽぽぽぽんと空気の抜けるような音を連続させると圧倒的な速度で増え続け、空間を占拠した。


 隙間を抜けるのは不可能と判断して急ブレーキしたミサキがすかさず地面を踏みしめると氷壁が形成される。

 フラン謹製のブーツ、《プリズム・ブリザード》の力だ。

 しかし直後に巻き起こる(おびただ)しい爆発の群れが氷壁ごと小柄なアバターを吹き飛ばした。


「くうっ……!」


 空中でひらりと体勢を立て直し着地する。

 なんとかダメージは防げた。しかし距離は離されてしまった――と。

 再び敵の姿を見据えると、そのフランが何かを振りかぶっていた。

 それはまるで野球のピッチャーがオーバースローをするときのように豪快なフォーム。


「《剛腕ストレート・千本ノック》!」

 

 それは剛速球だった。

 おそらく時速にすれば200kmは下らないであろう速度でボールが――手元で分裂した大量のボールが投擲される。

 さきほどの爆弾と同じ、一気に複数の攻撃判定をばら撒いて空間を制圧する腹積もりなのだろう。

 機動力ならこの世界でトップクラスのミサキだが、どれだけ速くても躱しきれない攻撃、具体的には攻撃範囲が極めて広い攻撃には滅法弱い。


「拡散するボールによる結界! 避けられるものなら避けてみなさい!」

 

 だが、


「これくらいならっ!」

 

 目を見開き、地面を蹴る。

 ボールの軌跡はまるで白いレーザー。

 それが様々な方向・角度で空中に白線を描き続ける。

 

 だがさきほどの爆発と違い、あくまでのその範囲は”点”と”線”。

 爆発による”面”の制圧ではない。

 ならば掻い潜ることは可能だ。

 小さな身体をぐっと縮め、数えきれない白球の数々を視界に入れ続け、その軌道を予測する。

 

 すり抜ける。

 くぐり抜ける。

 駆け抜ける。


「何なのよその動きは……!」


「これくらい見切れるよ、見くびってもらっちゃ困るね!」


 心臓の音がうるさい。

 緊張? いいや違う。

 これは高揚だ。

 この最後の舞台に、ミサキはこれまでになく高揚していた。

 追い風を受けて空へはばたく鳥のように。


(ああ――楽しい。楽しいなあ)


 これまで長く続いた、痛くて辛くて苦しい、敗北が許されない戦いとは違う。

 この一戦は、全力を出し尽くした先に、ただ勝敗だけが待っている戦い。


(わたしはずっとこういう試合がしたかった!)


 一瞬のこと。

 顔面に真正面から突っ込んできた白球を、ミサキは躊躇いなく掴み取る。

 そして身体を思い切りひねったかと思うと助走の勢いを乗せ――全力投球した。

 もはや投球ではなく射撃と見まごう速度で放たれたボールは一直線に宙を貫き、フランの額に直撃する。


「ストライーク!」


 後ろに吹っ飛んでいくフランを確認し急加速。

 一気に肉薄したミサキはその拳を倒れ込む途中の顔面に振り下ろそうとして――かち、と時計の針のような音を聞いた。


 次の瞬間。

 フランの姿が完全に消滅した。


「え?」


 全力の攻撃が空ぶったことで体勢を崩す中、背中に強烈な気配を感じる。

 

 いる。

 一瞬前まで目の前にいたはずのフランが、背後に。

 振り返ろうとするも間に合わない。

 背中に細い銀の槍がいくつも突き刺さりもんどりうって倒れる。


 見上げたフランの手には以前彼女が使った《繋憶の懐中時計》によく似たアイテムが握られていた。


「《千景のアンティキティラ》。その効果は使用者の時間加速よ」


「つまり今のって」


「そう、ただ移動しただけ。要するにあたしだけ超超超早送りするってことね」


 フランの弱点は接近戦。それはミサキの得意とするフィールドでもあり、持ち込むことができれば勝敗が決する。

 だが、このアイテムならその弱点を強力に補うことができる。

 機動力の大幅な上昇。おそらく今のフランはミサキの速度を遥かに上回っている。


「さあ――瞬き禁止よ!」

 

 フランの姿が掻き消えたかと思うと、ミサキの頭上に銀の槍が大量に設置される。

 《錬金剣ファントム・ラピス》の流体の銀を自在に操る能力だ。


「【アラトロン・ガンブラー】!」  


 指を鳴らす音だけが聞こえたのを合図に、降り注ぐ銀の槍を紙一重で回避する。

 だがその回避した先にも流銀の斬撃が幾重にも置かれ、無理な体勢で身体をひねろうとするも胴体が切り裂かれる。


「ぐう……っ!」


「逃げ場なんて与えない……このまま畳みかけて終わらせてあげる!」


 ミサキは思わず目を見張った。

 空から巨大な流銀の槍が数えきれないほどの量、こちらへ飛来してきている。

 あんなものが落ちれば回避など絶対に不可能だ。


「手加減してよ、まったく」


「そんなの望んでないくせに。あたしは今度こそ、きっちりあなたに勝って心置きなく旅立つ!」


 フランの姿はいまだ見えない。

 いや、影のようなものは目視できるが、実体を捉えることはできていない。

 おそらくこのゲームの描画速度が追い付いていない――ミサキが前にカンナギ戦において使った戦法と同じ。


(やっぱりあの時計がある限り勝負にならない) 


 あんな速度で動かれてはやりたい放題されるだけ。

 今はぎりぎり持ちこたえているが、いつか限界は来てしまう。

 《千景のアンティキティラ》に制限時間や使用回数などの制限があれば話は別だが――期待はできない。

 フランの性格上、あるならあると言っているはずだ。


「最後の最後でとんでもないものを作ってくれたよ全く!」 


 降り落ちる大量の銀槍――ビジュアルとしてはもはや吊り天井に近い。

 そんな光景を前にミサキはメニューサークルを呼び出し、いくつかの操作をする。

 すると彼女の装備がインナーとパンツを残して全て解除された。


 ミサキがカンナギを打倒した戦法。

 装備を脱ぎ捨てることで重量を下げ、爆発的に速度を上昇させる。


「行くよ!」


 少女が銀槍へと跳び立つ。

 文字通り目にもとまらぬスピードで槍を足場に空中を自在に跳び回る。


(目視しようとしちゃダメだ。頼るべきは……音と気配)


 あの槍群が空で生成されているということはフランは滞空し続けている。

 つまりあの槍を足場として空中に留まっているのだ。

 ならば、位置は絞れる。あとは捉えるだけ。


 落下と上昇を繰り返しながら感覚を研ぎ澄ませる。

 この槍の流星群とは別の、ただひとつの存在を見つける。


(簡単だ)


 わからないわけがない。

 ずっと一緒にいたのだから、どれだけ早くとも――見えずとも。

 その存在が手に取るようにわかる!


「そこだああああっ!!」


 渾身の力で跳ぶ。

 位置を読み、軌道を読み。

 ドンピシャのタイミングで伸ばした手は、果たして何かをつかんだ。

 それは魔女のような黒いローブ。

 フランの袖を空中で掴み取った。


「な…………!?」


 驚愕に目を見開くフラン。

 その隙を逃さず、素早い裏拳で握りしめられた懐中時計を叩き割る。

 

 空中に飛び散るネジや時計盤、フレーム越しに二人の目が合った。

 

「速さなら負けないよ。さあ、これで振り出し!」


 銀の流星が降り注ぐ中、二人の少女は落ちていく。


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