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321.世界がおちる日


 約1万人を巻き込んだログアウト不能イベント、”アストラル・アリーナ”は終わった。

 プレイヤーは全員がログアウトし、意識不明になっていた人たちも目を覚まして快方へ向かっているそうだ。

 塔の攻略の中で倒されてしまったラブリカ(桃香)とライラックも意識を取り戻して、今では以前と変わらない日常生活を送っている。


 そしてエルダも。

 シオから連絡を受けて無事だということを知った。

 わたしが倒した相手だからずっと身を案じていたのだが、それでやっと肩の荷が下りた気がした。

 ただ、いつか彼女とは直接会って話しておきたいという気持ちもある。

 拒否されるだろうか。嫌な顔をされそうだが、そんな顔をこそ見てみたい。

 おそらく『アストラル・アリーナ』が無ければ二度と会うことは無いだろうから。


 やはりというか当然というか、世界初のVRMMO『アストラル・アリーナ』は一旦閉じられる運びとなった。

 管理しているのはパステーション社を吸収合併した会社だ。

 会社名は覚えていない。あまり興味も無かった。


 白瀬さんたちは、改めて身柄を確保されたようだ。

 詳しいことはわからない。ただ、しばらく様々なメディアは『アストラル・アリーナ』のことで持ちきりになった。

 VRMMOやブリッジングの是非も問われたりして――これで新しいゲームの開発や発表が遅れたら悲しいなんて思ったりした。

 

『やっぱりねえ、危ないと思いますよ。意識不明者が323人でしたっけ? この時代になってもゲームは人に悪影響を及ぼすものなんでしょうね。そもそも――――』


 寮の食堂に設置されたテレビの中のコメンテーターが的を射ているようで的外れなことを言っている。

 技術自体に問題は無かった。ただ、そこに含まれた悪意が全てを台無しにしたのだ。

 今でも思う。あいつさえいなければ、と。

 ただそんな仮定には意味がなく、わたしたちは結果を受け入れる他なかった。


 そうだ、白瀬さんや哀神さんたちとは違って、アルバイトだったクルエドロップなどは罪に問われることは無かったらしい。

 彼女たちはほとんど何も知らされていなかった。ただの人手として利用された――とのこと。

 おそらくこれも哀神が手回ししていたのだろうなと思う。

 ほとぼりが冷めてからクルエドロップに連絡すると、『前科持ちにならんで済んだわ。良かったんかなあ……』と、珍しく沈んだ声色で零していた。


 彼女たちは本当に知らされていなかったはずだ。

 まあ、わりとノリノリだったから悪くないと言えば微妙なところではあるんだけど。

 ただ話した様子からするとかなり反省しているようで、しばらくはおとなしくしておくそうだ。

 実家に呼び戻されてこっぴどく説教されたとも言っていたことだし。


 イベントをクリアしたのはわたしたちだが、それを知るものは少ない。

 プレイヤーはともかく、世間はゲーム内で行われていたことにはとんと興味が無いようだったから。

 ただ、事情聴取というものをされたりはした。あんなにメンタルが削られたのはウロボロスとの戦いでもなかったことだ。

 もう二度と御免こうむりたい。


「…………さて、そろそろ行こうかな」


 大して真剣に見ていたわけでもないテレビの電源を消し、わたしは寮の二階――自分の部屋へと戻る。


 VRの無い日々がしばらく過ぎて。

 誰もが元の生活に戻ろうとしていた今日この日――サービス終了が決まった『アストラル・アリーナ』が一日だけ開放される。

 正真正銘、最後の日というわけだ。


 そして。


 それは避けようのない別れの時を意味していた。







 


 ゴーグルを着用し、電子の渦へと意識を潜行させる。

 一瞬だけふわりと浮かぶような感覚の後、神谷沙月はミサキとして『アストラル・アリーナ』へ降り立った。


「もう懐かしいなあ」 


 夕焼けに照らされたホームタウンは今までにない賑わいを見せていた。

 そもそも今日こうしてこの世界が解放されたのも、ユーザーの声に応えた結果だ。

 あれで終わりなんて嫌だ、せめてもう一度だけでもあの世界を冒険したい――あの世界に別れを告げたい。

 だから今日はこんなにも人で溢れている。


 とりとめのない話に花を咲かせている者たち。

 最後に各地のボス巡りをしようとタウンを飛び出していく者たち。

 ただぼんやりと夕日を眺める者たち。

 思い思いに最後の時を過ごす彼らを見て、ミサキは緩やかに笑った。

 

(たった一日だけだけど……こうして平穏を取り戻せた)


 それだけで、あれほど頑張った甲斐がある。

 そう思う。


 などとしみじみしていると周囲からの視線を感じた。

 中には「あれミサキじゃね?」と囁き合う声も聞こえる。

 まずい、と思わず顔を引きつらせる。ゲーム内ではあのイベントでのミサキの活躍はある程度知られている。

 もしかしたら囲まれるかもしれない――そこまでの時間的余裕はない。

 

 ミサキは持ち前の機動力で近くの建物の屋根に上り、視線から隠れるようにその場を後にした。

 目的地はもちろん、いつもの場所だ。





 ホームタウン:東区・座標A-22。

 以前は毎日のように訪れていた――それこそ目を閉じたままでも辿りつけるような、慣れ親しんだ場所。

 

 ドアからぶら下がった看板には『Atelier Flan』。

 フランの根城であるアトリエだ。

 何でもない家屋を前に、ミサキは落ち着かない様子で足踏みしていた。


「なんで緊張してるのわたし……!」 


 なんでも何も、ミサキ自身わかりきっていることだ。

 おそらくフランと会えるのは今日が最後。

 そんな彼女と最後にどう接すればいいのか、まだわかりかねていた。

 しかし立ち止まっている暇もない。

 ミサキはええいままよと意を決して扉を開く。


「来たよ、フラ――――」


「でっきたー!」


 アトリエに踏み入った途端、爆発的に広がった虹色の煙がミサキの顔を生暖かく包んだ。

 思わずせき込み、手をばたばたと振って煙を追い払う。


「げほ、げほっ! なんなの……?」


「あらミサキ。久しぶりね」


 振り返ったフランはあっけらかんと笑っていた。

 消えてなくて良かったよ、とミサキはこっそり胸を撫で下ろす。


 人の想いが集まって生まれたとされるフランは人がいなければ存在を保てない。

 以前行われた長期メンテナンスによってこの世界から長期間人がいなくなったことで、消滅しかけたのだ。

 今回も似たような状況だったものの、前回ほど長期ではなかったことで消えずに済んだらしい。


 というようなミサキの心配をよそに、フランは今までかき混ぜていたらしき大釜の中から何かを拾い上げる。

 それは現実でもよく見るようなタブレット端末によく似ていた。

 

「それなに?」


「《タブラ・スマラグディナ》。別の世界へ渡る力を持ったアイテムよ。この世界はもう閉じちゃうみたいだから、別の世界を旅してみようかなって」


「じゃあ消えずに済むんだね」


「ええ、良かったわ――まあ別の世界と言っても好きなところへ行けるわけじゃなくて、ランダムに飛ばされるみたいなんだけどね」


 旅っていうか漂流よね――と苦笑するフラン。

 とにかくフランはこの世界に骨を埋めることは無くなった。それだけで充分だ。


「とにかく、いろんな世界を旅しながら故郷を目指すことにしたの」


「故郷って……それは」


 存在しない。

 ウロボロスはそう言っていた。

 いわば創作の存在であるフランには付与された設定しかなく、彼女の記憶にある故郷や両親は存在しない。

 だが、フランはそうは思っていないようだった。


「世界ってね、たくさんあるのよ。それこそ数えきれないくらい……なら、あたしの故郷の世界もあったっていいと思わない? あたしがこうして存在してるんだから。それに、あると思えば――――」


「在る」


「そういうこと」


 いたずらっぽく笑ったフランに釣られてミサキも笑う。

 彼女なら本当にたどり着いてしまうかもしれないと、そう思ったから。


「あのさ、ちょっと付き合ってくれない?」


「どこに?」


「お世話になった人たちに顔を見せに行こうと思ってさ。……プライベートの都合で来られなかったらしい人もいるから全員は無理なんだけど」


 いいわよ、とフランは頷く。

 今日が最後の日だ。

 もう二度と顔を合わせない人もいるだろう。


 この世界で出会ったかけがえの無い仲間たちへの最後のあいさつ回りに二人は赴くことにした。 


この話を含めてエピローグを5話分投稿します。最後までお付き合いいただけると幸いです。

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