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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
320/325

320.この世界で、あなたと


 ウロボロスが撃破され、昼と夜の狭間に静寂が訪れた。

 横たわる少女の――ミサキのアバターに神谷がゆっくりと歩み寄ると、くぐもったうめき声が上がる。


「う……」


 その声は少年のもの。

 ウロボロスの声だ。


「まだ完全に消えてなかったんだ」


 あれだけの攻撃を受けてなお存在を保っているとは思わなかった。

 AIと言えどもその強靭な意志の力は驚嘆に値する。

 だが、その存在も風前の灯。放っておくだけで消滅してしまうだろう。


「……化け物が」


「お互いさまでしょ」


 しゃがみ込んだ神谷が自分にそっくりなウロボロスの額のあたりを掴むとその手から黒い渦が出現する。

 そこに向かってウロボロスの内部から光の粒が吸収されていく。


 それは奪われたセーブデータと、プレイヤーたちの精神データ。

 神谷の体内にセーブデータが戻るにしたがって、ウロボロスと神谷の姿が変質していく。

 ウロボロスの姿は白瀬のアバターに。

 そして神谷沙月から、ミサキへ。金色の左目は黒く染まり、髪が少し伸び、全身の装備も持ち主の身体に浮かび上がるようにして着用された。


「ふう…………」


 神谷は――いや、ミサキは立ち上がると右手を上に向け、青い光を直上に向かって放った。

 光は上空で弾け、あちこちへ飛び去って行く。

 これで奪われた精神も元の持ち主へと戻り、現実のプレイヤーも目を覚ますだろう。

 イベントも終了し、みんなログアウトが可能になったはずだ。

 このウロボロスは信用できないがイベントの仕組みには哀神が関わっている。


 彼のことだ。

 もしクリアされた時――ウロボロスが倒された時のことを考え、きちんとプレイヤーたちが解放されることになっているはず。


 その予想の通り、外ではイベントのクリアとログアウトが可能になったことがアナウンスされ、喝采が上がっていた。

 誰も彼もがこんな世界はもうごめんだとばかりに脱出していく。


「このまま……終わらせねえぞ……」


 ウロボロスの上げる掠れ声に神谷は眉を下げる。

 この期に及んでまだ諦めていないのか――消えかかった存在のはずなのに、その眼には光が失われていなかった。


「俺は消えるが……お前も道連れ……に……」


 不穏な言葉を最後にパリンというあっけない破砕音が聞こえ、それを皮切りにウロボロスの気配が完全に消えた。

 その残滓はどこにも残っていない。存在ごと叩き潰したことでプレイヤーたちの中に仕込まれた因子――バックアップもまた砕け散ったことだろう。


 アバターに巣食っていた悪意が消えたからか、白瀬が目を覚ます。

 眉間に皺をよせ、あたりを見回している。

 

「……なんだここは。あの世か……?」 


「あ、大丈夫です。ちょっとおかしな世界ですけど、もうすぐ元に戻るはずなので」


 などと微笑みかけようとした瞬間。  

 空間が揺れた。いや、空間そのものがずり落ちかけた――そんな揺れだった。

 そして揺れは止まらない。それどころか、その勢いをどんどん増している。


「いったい何が起こってるの!?」


「これは……他のエリアとの接続が切られかかっているな」


「どういうことですか?」


「このゲームの空間は複数に区切られ、それぞれのエリアが接続することで支え合っている。しかし接続が切られれば……ほどなくして削除されてしまうんだ」


 本来はメンテナンス中やアップデートを行う際に使う機構だそうだ。

 接続が切られたということは、ここから出られない。

 そして今のミサキには先ほどまで備わっていた超越的な力は抜けている。セーブデータを取り戻したことで許容量を越えて押し出されてしまったのだ。


 空間のあちこちにヒビが入っていく。

 今にも砕けて崩れ落ちてしまいそうな様相だ。

 

「…………すまない。僕はともかく、君がこんな目に遭ってしまうなんて」


 消え入りそうな声だった。

 俯く白瀬は、ただ謝罪していた。

 元をたどればあのウロボロスを作り出したのは白瀬だ。

 

 あのAIが消えた今、もっとも責を負うのは彼ということになる。

 彼はもう諦めていた。この世界で消え、死で持って償おうとしていた。

 だが。


「諦めないで」


「……なに?」


 勢いよく胸倉をつかむ。

 澄んだ目が白瀬を捉えた。

 静かな怒りがその瞳で燃えていた。


「まだ終わりじゃない、何にも終わってない! ここで死んで救われるのはあなただけだよ! ちゃんと生きて償わなきゃダメなんだ。それにあなたの仲間たちのことを考えてよ。残されるのがどれだけ辛くて悲しいかって、あなたは、わたしたちは知ってるはずでしょう……?」


「あ――――」


 そうだ。

 元はと言えば、白瀬がこの道を選んだのは。

 蛟地と言う名の友人が死んだことによって取り残されてしまったからだ。


 ここで諦めて死ねば、あんな想いをもう一度哀神たちに味わわせることになる。


「……君には教えられてばかりだな」


「わたしも諦めません。何とかしてここから出て――――っ!?」


 ついに空間が崩れ始めた。

 夜空も青空もガラスのように割れ、その破片がゆっくりと落下を始める。

 割れた世界の向こうに見えるのは掛け値なしに真っ暗な深淵。

 何も存在しない――どこまで落ちれば消滅するのだろうか。それとも、消えることなく落ち続けてしまうのか。


「ど、どうしましょう。ここからのプランが皆無です」 


「嘘だろ勢いだけだったのか!?」


「だってえ! ごめんなさい!」


 錯乱しても言い争っても変わらない。

 首元の《ミッシング・フレーム》を起動しようとしてみるも、うんともすんとも言わない。

 マリシャスコートによる無限ジャンプでなんとか延命したかったのだが、よく見れば色が抜けて真っ白になっている――大本であるウロボロスを潰したからか、完全にその効力を失ってしまっていた。


「うわっ!」


「白瀬さん!」


 足元の地面が砕け、白瀬が闇に向かって真っ逆さまに落ちていく――直前でミサキがその手を掴む。

 しかしミサキの足場も頼りなく、落下は時間の問題だった。


「ミサキさん、もういい! 手を放してくれ……君まで落ちてしまう!」


「絶対離さない! もう目の前の人を助けられないなんて二度といやだ!」


 白瀬がどれだけ手をほどこうとしても無駄だった。

 もう彼女に離すという選択肢はない。手に伝わるとんでもない握力から白瀬はそれを悟った。

 

「ぐ、う…………」


 だが手を離さずとも足場の方は違う。

 ミサキの立つ脆い床にはいくつものヒビが入り、今にも砕けそうだ。

 そして砕けてしまえば底の無い深淵まで真っ逆さま。


 背筋が寒くなる感覚を味わいながら、力任せに引っ張り上げようとしたその時。

 今度こそ、完全に足場が砕け散った。 


「あ――――」


 浮遊感。

 のち、落下。

 闇に沈むように感覚が無くなっていく。それに伴い意識も遠のいていく。


(ダメ、だ――こんな…………)


 みんなが待っているのに。

 仰向けになったミサキがふわりと落ちていく。

 霞む視界を閉じる前に藁にも縋る気持ちで空へと手を伸ばす。


 瞬間。

 空が砕けた。


「え?」


 正確に言えば、穴が空いた。

 空間にガラスが割れたような穴が空き、そこから誰かが入ってきた。

 良く見えない。しかし、どこかその存在は黄金の光を放っているようにも見えて。

 空飛ぶ箒に乗ったまま、こんなことを口にした。


「へいそこの可愛い彼女ー!」


 フラン。

 不可能を可能にする少女。

 箒を駆り、別空間へと侵入してきた彼女は瞬く間に飛び寄ると、不敵な笑みを浮かべる。


「二名様ね。今なら安くしとくけど……どう?」


 そんないつもと変わらない様子に、ミサキは思わず吹き出してしまった。


「あはっ……うん、お願いね」


 手を繋ぐ。

 空飛ぶ箒の後ろに乗って、崩壊する世界から飛び去って行く。


 薄れゆく意識の中、ミサキは確信していた。

 この少女に出会ったのはきっと運命だったのだと。




閲覧いただきありがとうございます。

今回で最終章は終わりです。

明日か明後日から数話ほどのエピローグを連続投稿し、完結となります。

もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。


いつもブクマや評価、感想など本当にありがとうございます。

反応があると私が喜びますのでお気軽にどうぞ!

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