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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
314/325

314.Creature's Conflict


 このAIだけは何としても倒さなければならない。

 和解は不可能。歩み寄る余地は無し。

 ”人に成る”という自己実現を達成しようとしているウロボロスは、勢いよく両腕を広げる。


「せっかくここまで来たんだ、遊んでやるよ!」


 ウロボロスの叫びに呼応した研究室の床が不自然に隆起すると五体の大蛇を生み出した。

 一匹一匹が大樹ほどの太さで、そのサイズに見合った大口を開いてこちらを睨み付けている。


「食らえ!」

 

 恐ろしいスピードで五方向から迫り来る、命を持たない蛇軍。

 対するミサキはためらうことなく前方へ駆け出した。

 

「――、――――!」


 鋭く息を吐き出しながら集中力を極限まで研ぎ澄ます。

 限りなく弱り果てた精神を絞り出す勢いで直感をフル回転させ、巨大な蛇を小さな身体を活用してくぐるように回避していく。


「チッ」


 ミサキの機敏な動作に苛立つウロボロスは舌打ちを落とし、さらに部屋の壁からも大蛇を作り出し使役する。

 これで数は倍。だがそれでも彼女を仕留めるには足りないだろうと感じていた。

 この戦法は、いわばショベルカーで羽虫を捕まえるようなもの。

 大蛇はその巨体ゆえにどうしても小回りが利かない。


 だからこそミサキは自分の速さを信じて、大蛇の包囲網を掻い潜り続ける。

 マリシャスコート『シャドウスフィア』の力によって無限の空中ジャンプが可能となっている彼女は、面ではなく空間を自在に使いこなしウロボロスの攻撃に対処する。


「鬱陶しい……ッ!」 


「はああああっ!」


 大蛇の渦を掻い潜り、空中のウロボロスへと一直線に駆ける。

 それは一瞬にも満たない時間だったはずだ。

 しかしウロボロスはにたりと笑みを浮かべると眼下のミサキへ手をかざす。


「落ちろ!」


 瞬間、景色が歪み――気づけばミサキはまるでベクトルが反転したかのような勢いで地面に叩きつけられていた。

 突然の事態に目を白黒させ、なんとか現状を把握しようとする。


「げほっ、重力操作……?」


ゲーム(この世界)に重力なんざねえよ。ただ落下速度を死ぬほど上げただけだ――そして」


 先ほどまで動き続けていたミサキが止まれば、当然。

 大蛇の軍勢が襲い掛かる。


「…………!」


 目の前に大口が見えた。

 次に、全身を咥えられたかと思うと大蛇は自身の頭ごと潰さんばかりの勢いで背後の壁にぶつかった。


「がっ!?」


 動けない。

 深く食い込んだ牙と顎がミサキの脱出を許さず、そして畳みかけるように残りの大蛇が襲い掛かる。

 ドン、ドン、ドン、と。

 何度も頭部が叩きつけられる音が響き、全ての大蛇が食らいついた。


「――――爆ぜろ」

 

 静かな声に反応した大蛇たちが一瞬で赤熱したかと思うと、部屋全体を吹き飛ばしてしまいそうな大爆発を巻き起こした。

 灼熱と黒煙が混ざり合って噴出し、あたりへ広がっていく。

 逃げ場はない。間違いなく死に値する攻撃だ。


 しかしウロボロスは眉間に皺を寄せたままその光景を見下ろしていた。


「……………………」


 視線の先で黒い影が迸ると地獄のような炎煙を吹き散らした。

 その向こうにいるミサキは倒れていない。

 息も絶え絶えで今にも膝をつきそうな有様だったが、それでも瞳の光は失われていなかった。

 

「そうだよな。この程度で死ぬならそもそも俺がここまで苦労してねえんだよ」


「倒せると思ってないならこんな半端な攻撃しないでよ。疲れるだけだから」 


「遊んでやるって言ったろ? もうちょい落ち着けよ」


 ウロボロスは空中から静かに降り、その足で地面に立った。

 空というアドバンテージを捨てた――もともと空中を跳ねるミサキに対してはあってないようなものではあったが。

 怒りに満ちたような振る舞いをするウロボロスは、それもポーズでしかないのか内側の愉悦を隠しもしない。

 『遊んでやる』という言葉そのままに、この戦いを遊びと捉えているのか。

 それとも、最初から怒りなどという感情を知らないのか。


「やっぱこんな適当な戦い方じゃ楽しくねえよな。だからちょっと面白いもん見せてやるよ」 


 開いたウロボロスの右手に、どこからともなく白い刀が現れる。

 今さらスキルでも使うのかと疑問に思ったのもつかの間、その刀が円を描くように振るわれる。


「【マガツリンネ】!」


 聞き覚えのあるスキル名と共に血のような赤いリングが出現し、高速回転しながら炸裂して周囲に無数の鋭い刃を撒き散らす。


「これはクルエドロップの……ぐううっ!」


 虚を突かれたこともありかわしきれない。

 ガードのために張った影の障壁を容易く貫き、赤い針の群れがミサキを襲う。

 

 【マガツリンネ】はクルエドロップが好んで使用するスキルだったはずだ。

 それがどうして――その疑問はすぐに氷解する。


「『がっかりやわあ、この程度も避けられへんなんて』――こんな感じか?」

  

「…………ッ!」


 クルエドロップをトレースしたその声色に、思わず奥歯を噛みしめる。

 先ほどこのイベントで負けた者の精神はウロボロスに吸収されていると言っていた。

 この世界においてそれは、相手の全てを手に入れることに等しい。

 おそらく声や口調に性格までも、今のウロボロスはそっくりそのまま再現することができるだろう。

 思えばピオネの身体(アバター)を使っているときもそうだった。彼女の性格のまま、ウロボロスは暗躍していたのだ。


「次はこれにしてみるか。『先輩、逃げずに受けとめてくださいね?』」


「ラブリカ……!」 


「【ティファレト・スタぺリア】」


 今度の変化は足元だった。

 甘ったるい声色で宣言したウロボロスの周囲の床から燃え盛る大樹が現れると、灼熱の火炎をミサキに向かって放出した。

 回避はやはり不可能。先ほどからウロボロスは執拗に広範囲攻撃を続け、ミサキの機動力を潰しに来ている。

 

 迫りくる紅蓮に、とっさに影を障壁にして防御する。

 だが、


「防ぎ……きれない……っ!?」


 影はたやすく焼却され、猛炎がミサキを飲み込む。

 凄まじい熱とそれに伴う爆風で小柄な身体は吹き飛ばされ、床に転がる。


「げほげほっ……う、く……!」


「寝てんなよ。『お、起きないとそのまま殺しちゃいますからね……?』」 


 真っ白な棺桶が出現する。

 勢いよくその蓋が開くと、そこから白い霧が溢れ出し、中から大量の亡者が現れた。

 ミサキの仲間のネクロマンサー、ライラックの技だ。


「いい加減にしろウロボロス!」


「俺と同化した力をどう使っても俺の自由だよなァ」


「この……!」


 怒りに赤く染まる視界の中、亡者たちが近寄ってくる。

 対抗戦で見た時と比べて圧倒的に亡者の動きが素早い。

 だが先ほどまでと違い、くぐり抜けられない速度でもない。


 ミサキは全力で地面を蹴り、亡者たちの隙間を縫って接近を試みる。

 だが……周囲の亡者たちが点滅を始めていることに気づく。


「…………え?」


 小さく零した直後、全ての亡者が極大の爆発を起こした。

 連なる爆炎が何重にもミサキの身体を叩き、あたりが赤く染まっていく。

 

「ハハハハハハ! 何もそのまま使うわけじゃねえ、アレンジしてこそのパクリだろうが!」


 高笑いが響く中、炎と煙が晴れていく。

 ミサキは未だ立っていた。しかし、それは立っているだけだった。

 足元はふらつき、身体に軸が通っていない。

 風でも吹けばそのまま倒れて動けなくなるであろう有様だった。


「なんだ、お前。なんで倒れない」


 だが、その眼が。

 ミサキの真っ黒な眼だけがギラギラとした光を放っていた。

 その視線だけでウロボロスを射抜かんとしているかのような様相を呈していた。


「……いい加減に……しろ」


「あ? 何がだよ。お前の大事な大事なお友達(負け犬)のゴミみてえな技を使ってやっ――――」


「黙れ」


 それは限りなく小さな声だった。

 だが、確かにそれは確かにウロボロスの口を閉ざした。

 黙り込んだ彼自身も、自分の沈黙に驚いているようだった。


「わたしの友達を――侮辱するな!!」


 びりびりと部屋全体を揺るがすのは、掛け値なしに強大な殺気。 

 

 神谷沙月(ミサキ)という少女は孤独を最も恐れている。

 だからこそ、この世界で得たかけがえの無い大切な友人たちの存在を誰よりも尊んでいた。

 

 つまり。

 ウロボロスが触れたのは、他でもないミサキの逆鱗だったのだ。


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