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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
310/325

310.手を伸ばすのは


 語りを中断した哀神は背後の扉を見上げる。

 そこにはめ込まれた宝玉6つのうち、ついに5つが点灯していた。

 

「あなたのお仲間が勝利したようですね。素晴らしいことです」


「リコリス……フラン……」


 ミサキはほっと胸を撫で下ろす。

 これであとは自分さえ勝てば扉が開く。


 しかし懸念は残っている。

 運営にフランが狙われているという事実は未だ変わらない。


「フランさんのことが気になるのですね」


「当たり前だよ」


 その力強い返答に哀神はわずかに目を伏せ、


「彼女は……戦闘に勝利したすぐあと、不意を突かれて確保されたようです。今は――――」


 静かに背後を指す。

 もちろんそこには巨大な扉がそびえ立っている。


「この向こうにいらっしゃるでしょう」


「……………………」


 一瞬で体温が異様に上昇した。

 そんな錯覚を覚え――同時にそのことを自覚したミサキは、意識的に冷静さを取り戻す。

 ここで逆上すれば、絶対に哀神には勝てなくなる。それだけは避けなければならない。

 負ければあの扉の向こうに行けない。それは、これまでの仲間たちの戦いを無駄にするということだ。

 絶対に負けるわけにはいかない。


(フランが捕まるなんて……よっぽどのことだったんだろうな) 


 不意を突かれて……と哀神は語ったが、彼女がその事態を警戒していなかったとは考えにくい。

 予想外の出来事が起こったというよりは、予想の上を行かれたのだろう。

 ミサキはゆっくりと息を吐いてコンディションを整える。


「おしゃべりはもうやめにしよう。今すぐ勝たなきゃならない理由ができた!」


 ぶわ、とミサキの足元から影が沸き立ち右腕へと集約される。

 そのままオーバースローの要領で思い切り腕を振るうと、無数の影の弾丸が射出された。


「当たりませんよ!」


 しかし哀神は恐ろしいほどに正確なステップで弾幕を掻い潜り、瞬く間にミサキの懐へ。 

 ぐっと身体を沈めたかと思うと、下から上へ渾身のアッパーがミサキの胴体へ突き刺さった。


「がっ……!」


 激痛に伴い詰まる呼吸。

 マリス同士の戦いは現実以上に生々しく鮮烈な感覚を伴う。

 哀神の使っているマリスの力はさほど強力ではない。むしろ最低限とすら言えるほどに微弱だ。

 加えて哀神のアバター自体のステータスも現実的な範囲に収まっている。

 ミサキと同じ、素早さ重視のビルドで、ステータス合計値もおそらくは同程度。


 しかしそのプレイヤースキルには大きな開きがあった。

 似た戦法だからこそ如実に感じる力量差。

 フォーマルなタキシード姿にはあまりそぐわない、中国拳法とボクシングを合わせたかのような動作。

 

 だからこの勝負はミサキの纏うマリシャスコート――フランの作ってくれた力をいかに引き出せるかにかかっている。


 空中でひらりと体勢を戻したミサキは、影を何条ものロープにしてタキシード男へと伸ばす。

 だが、


「その程度で私を捉えられるとは思わないことですね」


 影のロープを最低限の動きで躱した哀神は最後の一本をつかみ取ると、一気に引く。

 すると繋がっているミサキの身体もまた高速で引き寄せられる。


「…………っ!」


 ゴドン! と頭部に肘が落とされた鈍い音が響き渡る。

 しかし哀神は眉をひそめる。手ごたえが無かった。


「あっぶな……」


 間一髪、盾に変化し肘打を受け止めた影が引っ込む。

 しかし防がれたと見た哀神はすでに動き出し、床に倒れたミサキへと拳を振り下ろそうとしている。

 薄い手袋に覆われた鉄拳に対し首を振って避けると、顔のすぐ横に突き刺さった。

 すかさずブレイクダンスのような足さばきで哀神を払いつつ立ち上がる。


「ちょっとはためらってよ! 女子の顔面だよ!」


「そのような手加減を望んでいるのですか?」


「……ノーコメントで!」 


 影を使った攻撃は通じない。

 グランドスキルはまだ使えないが、どちらにしろ回避され長大な技後硬直の間に殺されるのがオチだ。

 ならばやはり彼と同じ徒手空拳で上回るほかに道は無い。

 

 二人は真っすぐに接近し合い、そのまま高速で拳を打ち合う。

 いや、打ち合うというのは正しくなかったかもしれない。

 哀神の拳打が直撃しないように防ぐのがやっとだ。


「スキルは使わないんだね……!」


「あなたと同じですよ。スキルなどという回りくどいものはいらない。(はや)く鋭いこの拳さえあればいい!」


 わたしは素手しかないだけなんだけど――などと文句を言う暇はなかった。

 彼の言葉通り、細剣のごとき幾条もの拳閃が絶え間なく襲い掛かってくるのはミサキにとって筆舌に尽くしがたい苦境と言えた。


(……余裕はない。けど……)


 それでもミサキには気になっていることがあった。

 側頭部を刈り取るフックをしゃがんでかわし、なおも打ち合いを続けながら口を開く。


「哀神さんはなんで最上階を担当してたの?」


 問われた哀神は動揺を垣間見せる。

 それは戦闘の最中にそのような問いを投げかけられたからか、それとも問いの内容自体にか。

 果たしてタキシードの男は答えを発する。


「あなたが来ると思ったからです。あなたなら、間違いなくこの最上階までたどり着く。だから私はここで待っていたのです」


「わたしと戦うため?」


「……私は――私では白瀬を止められない。ですがあなたならもしかしたら――そう感じたから、この先へ進むに値するかを見極めたかったのです!」


 渾身のストレートが空を貫き少女へ迫る。

 しかしその拳を、ミサキは腕をクロスさせてガードした。

 その隙間から除く瞳に宿っているのは、怒り。

 突然目の前で噴き上がった感情に哀神は動揺したが、その動揺すらも直後に吹き飛んだ。

 顎を真下から撃ち抜く衝撃によって一瞬だけ思考が白く塗りつぶされたのだ。


「が……ッ!」


 受け身も取れずに転がる。

 何とか起き上がり状況を確認すると、ミサキの足元から三本目の腕が出現していた。

 あれは影だ。影によって形成した黒い腕が哀神を下から殴り抜いたのだ。


「白瀬さんとは友達だって言ってたね。だったら……私ではダメ、とか。あなたなら、とか――ふざけないで」


 恐ろしいほどに平坦な声だった。

 感情が乗っていないのではなく、強く押し殺した結果平坦になったというのが嫌でもわかった。

 そして、それはすぐに激情によって荒れ狂う。


「止めるのはあなたじゃないと駄目でしょう!」


 ミサキの表情は怒りだけではない、様々な想いがないまぜになっていた。

 苦しそうで、悲しそうで、必死に訴えていた。

 どうしてそこまで――哀神は困惑しかけたが、それよりも自身に芽生え始めた怒りが勝った。

 立ち上がるとほぼ同時に地面を蹴り、マリスの力で強化された速度によってミサキの懐に飛び込む。


「……っ!」


「友人だからこそ彼の気持ちを汲み、一蓮托生の道に決めたのです! どうしてそれがわからない!」


 振るわれた拳はこれまでのどれよりも速かった。

 目視はできず、さっきまでのミサキならなすすべもなく食らっていたはずだ。

 

 だが――乾いた音が響く。

 拳を、ミサキがその手の平で受け止めた音だ。


「友達が……間違った方に向かってたら止めてあげないと」


「相手の想いを無視してでも、ですか」


「そうだよ。放って置いたら崖から落ちるのがわかってるのに見てるだけなんて……ましてや一緒に堕ちるだなんて絶対に間違ってる。時には友達の望みを踏みにじってでも、足を引っ張ってでも止めなきゃダメなんだよ! 少なくとも、わたしの大事な人はそうしてくれた」


 ミサキはそれで救われた。

 感謝してもしきれないくらいには。

 どうしようもなく全てを拒絶して、闇の底へ落ちようとしていた時に無理やり引っ張り上げてくれた手の温もりは生涯忘れることは無いだろう。


「わたし、あなたには負けたくない」


 影が蠢く。

 何本もの腕へと変形していく。


「……負けない!」


 間近から飛び出したいくつもの拳。

 哀神はとっさに回避しようとするが、動けない。

 突き出した拳は掴まれている。


 回避が不可能であることを悟ったと同時、無数の拳打が哀神の全身を叩いた。


「ぐう……!?」


 空中へと浮き上がる長身。

 それを見上げたミサキは右の拳を握ると、そこにすべての影が螺旋を描いて収束した。


「友達なら、ちゃんと向き合え!」


 飛び立つ。 

 打ち上げられて身動きの取れない哀神へと。

 硬く握りしめた拳を振りかぶり――渾身の力で打ち抜いた。


(……あ――――) 


 精神(アバター)からマリスが抜けていくのを感じる。

 負けた。それを認めてしまった。

 

(あなたは……私が思った以上に……)


 とても悔しくて、しかし少しだけ清々しい気分だった。





 巨大な扉に嵌まった最後の宝玉が点灯する。

 最後の番人である哀神が倒されたことで、”鍵”は開いた。

 

 扉へと歩くミサキは横たわる直前までの敵を通り過ぎようとして、小さな呟きを耳にした。


「フランさんはおそらくその先に……」


「そっか」


 何となくそんな気はしていた。

 ミサキは歩き続け――しかしかすかに零された哀神の言葉が聞こえた。


「……例え間違っていても。そうしなければならなかったのです。彼をひとりには……できなかった……」


 わずかに立ち止まったミサキはまた歩き出し、扉へと手を掛ける。


「わかるよ。あなたの代わりに頑張ってくるから……それにわたしも個人的に言いたいことあるし」


 この先に全てがある。

 全てを終わらせるため、ミサキは最後の扉をくぐった。


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