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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
302/325

302.夢のような希望


 6階から5階に降りる階段で、リコリスが声を上げる。


「フラン、待ってくれ」


「ええ」


 フランは空飛ぶ箒の持ち手をぐっと持ち上げることで空中に停止した。

 次は5階。ライラックが番人と戦っている階だ。

 しかしその空間へつながる扉の周囲には大勢のモンスターが配置されている。

 耳をすませば階段の下の方から何かが蠢く音に加えて、複数の鳴き声が聞こえてきた。

 ひしめく大軍を何とかしなければ扉へたどり着くことはできない。


「ダメージ覚悟で突っ切る……のは愚策ね」


「ああ。扉の向こうで起きる戦闘を考えると消耗は避けるべきだ」


 まともに戦うのは無し。

 フランの箒で飛び越えるという手は、屋内では飛行高度がかなり制限されていることから使えない――そもそも天井が大して高くない上に、ゴーレムなど背の高いモンスターに捕まってしまいかねない。

  

 おそるおそる階段を降りていくと5階が視界に入る。

 二人は少し下がって階段にしゃがみ込んで様子を窺う。

 やはり大量のモンスターは健在だ。1体1体が強力でまともに戦えば苦戦は必至だろう。

 そもそも正面から行こうものなら袋叩きにされてしまうであろうことは想像に難くない。

 しかし、最初に訪れた時より気持ち数が少なくなっているように見えた。


(ライラックが減らしてくれたのか……)


 これでいくらか対応が楽になった。

 リコリスは無意識に強く拳を握りしめる。報いるためにも、早くこの階を突破しなければ。


「アイテムは温存しておきたいんだけどね」 


 フランのアイテムには限りがある。

 この状況を無理やりに打破することができるものを持ち合わせてはいるが――しかし。

 もしラブリカが敗北したとして。そんな相手と戦うことを考えれば、出来ることならひとつたりとも消費したくない。

 そんな意味を込めた視線に、リコリスは頷く。


「わかっている。一瞬彼らの動きを止めればいい――私にはそれが可能だ」


 初見の時は猶予が無かった。

 そしていち早くライラックが対処したことで出る幕が無くなった。


 しかし今は違う。

 腰を据えて対応することが可能で、それは詠唱が必要なマジックスキルを使うリコリスにとってはおあつらえ向きのシチュエーションだ。


「……行くぞ。私のスキルが発動したら全速で次の階段へ向かってくれ」


「わかったわ。任せる」


 一瞬だけ視線を交わすと、弾かれたように立ち上がったリコリスが素早く階段を駆け下り、同時に詠唱を開始する。


「氷天に満ちる無尽の混沌――――」


 軽やかに跳躍し、着地。

 5階広場に向けて杖を突きだすと、モンスターの大軍が一斉にリコリスを向く。

 無数の視線。しかし一切ひるまず、氷の魔術師は鋭く叫ぶ。


「【ケイオス・ブリザード】!」


 顕現したのは圧倒的な大吹雪。

 広々とした5階全体を容易く巻き込む広範囲を豪雪が蹂躙する。

 響くモンスターたちのうめき声。スキルの主に襲い掛かろうとするも、その身体はまるで動かない。

 【ケイオス・ブリザード】の効果はダメージに伴う状態異常”凍結”。付与されれば一切の敏捷性を失う。


 しかしこのモンスターたちはことごとく状態異常耐性が非常に高く、動きを留められるのはごく短時間。間髪入れず走り出すリコリス――マジックスキルは詠唱を必要とする分技後硬直は無い――の頭上を空飛ぶ箒が駆け抜ける。


「ありがとうー! 負けるんじゃないわよ!」

 

「そっちもな!」


 激励を交わし、辿りついた扉のノブに手を掛ける。

 開く直前、ホログラムウィンドウが視界の端に映った。


『定員 1/2 できれば来ないでほしいな……』

 

「……っ」  


 定員に空きがある。

 それはつまりライラックが負けたということ。

 リコリスは妹が倒された事実を胸に奥歯を噛みしめ、扉を開いた。


 直後、薄暗くおどろおどろしい空気に満ちた墓場がリコリスの前に広がる。

 その視線の先。陰鬱なクラシカルメイドと――立ち昇る青い光の粒子。

 

「…………!」


 光はリコリスの方へ飛んでくると、顔のすぐ横を通過し、


『――――――――』


「下?」


 思わず振り返ると、青い光は空へ舞い上がりどこかへと飛び去って行った。

 ごく微かな声だった。……いや、声だったのかどうかも定かではない。

 とにかくあの青い光はリコリスに意志を伝えた。

 

 下。

 ゆっくりと視線を落として、”それ”を見た。


「……あ、あーあ……また来ちゃったんだ……面倒だなあ……みんな諦めちゃえばいいのに」


 メイドは……アドマイヤは卑屈に口の端を曲げ、引き笑いを漏らしている。

 あれが妹を倒したのだと思うと、ふつふつと腹の底から煮えたぎる何かがせり上がってくる。

 

(……………………ああ)


 そうか。

 私は怒っているのか。

 怒れるのか。


「…………なに笑ってるの?」


 怪訝な顔のアドマイヤの言葉通り、リコリスは口元を抑え、肩を揺らして笑っていた。

 以前はあれほど表情が凍り付いていたのに。ましてや笑うことなどしばらく無かった。

 

 しかし。

 顔に浮かんでいるのは笑みでも、その中に渦巻いているのは相反する感情だった。

 怒り。そう、怒りだ。

 妹を倒した相手に向けたマグマのごとき怒りがリコリスの中に湧きあがっている。


 そして、同時に。

 怒りを覚えていることに喜んでいた。

 

 ――――ああ、私は思っていたよりずっと、まだ莉羅(あの子)のことが好きだったのだな、と。


「お前に教えてやることなど何ひとつない」


 ひとしきり笑い終えると、リコリスは刃を持つ青い杖、《グレイシャ・ロッド》を取り出す。

 私たちはやり直せる。そのことを心から嬉しく思う。

 あの双子のようにはなれずとも。いつかまた笑い合える日々がやってくる。

 いや。この手で必ず掴んで見せる。


「……あははっ! 戦う気なんだよね、そうだよね! そのためにここまで来たんだもんねえ!」


 調子はずれの裏返った哄笑を上げるアドマイヤの身体から黄金のオーラが溢れ出す。

 戦闘が開始したと判定されたことで彼女のイリーガルが発動したのだ。


「私のイリーガルは『堂々巡り(トレーニングモード)』。効果は無制限のグランドスキルで――――」


「必要ない」


 リコリスは知っている。

 妹が教えてくれた。


 アドマイヤのイリーガルの仕様、そしてそこから放たれるグランドスキルの性能。

 簡潔にではあるが、それらは全て地面に記されていた。おそらく戦いながら靴か何かで地面に書いたのだろう。


(ありがとう)


 相手のHPは残り少ない。

 ライラックがそこまで削ってくれたのだろう。

 ああ――本当に、なんと勇敢な子だろうか。主体性が無いなどとんでもない。

 彼女はずっと、ひたむきに姉のことを思い続けていたというのに。


 空気が変わる。湿った夜の墓場から、まるで極寒の氷河に迷い込んだかのような冷気をアドマイヤは感じた。

 景色は変わっていない。リコリスが何かスキルを使ったわけでもない。

 ただの錯覚だ。しかし錯覚と断じることが困難なほどその感覚は真に迫っていた。

 ただの気迫のみでそれを引き起こしたという事実に、アドマイヤは顔を引きつらせる。


「……か、関係ない! 私のイリーガルは最強なんだから!」


「安心しろ。長引かせはしない――お前は三手で凍て殺す」


 リコリスを縛る枷はもうない。

 ただ、妹のために。

 こんな時が来るのを、きっと氷の魔術師はずっと待っていた。


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