300.天魔合一
二人の心が完全な同調を始めたからだろうか――双子の感覚は極限まで研ぎ澄まされていく。
初めての感覚だった。しかし、これこそが自分たちのあるべき形なのではないかと感じられた。
それはもしかしたら、精神がそのまま電脳化されたこの世界だからこそ起きた現象だったのかもしれない。
似通った二つの魂が窮地に立たされることで共鳴し、共振し、誰も予想だにしなかった変化を引き起こした。
『虫の息で』『何が』『出来るッ!』
三方向から突撃してくる水分身に対して、双子も動く。
ラグの無い意志疎通――どころではない。まるでお互いの身体を共有しているような感覚。
――――負ける気がしない!
駆けた勢いで飛び上がったフェリの構えるハルバードに闇色のエネルギーが充填される。
フェリの最上のスキル、【デモニック・ヘル・ダウン】――そのサイレントスキル。
時雨の目が驚愕に見開かれたのが分かった。このレベルのスキルを宣言なしで放つなど不可能に近い。
だが現実にそれは起こっている。時雨の動揺へ差し込むように地獄の魔槍が投擲される。
「くっ!」
回避しきれない。
一体の分身に直撃し、禍々しい衝撃波が空間を揺らした。
これであと二体。すかさず反撃に映ろうとした時雨だったが、まばゆい光に思わず目を眇める。
その光源は、ルキ。弓に番えた凄まじい輝きを放つ極矢――【セラフィック・ヘブン・ライズ】が放たれようとしている。
(まさかこいつもサイレントスキルだと――いや違う、今気にするべきは……!)
時雨は瞬間的に現在の状況を脳内で俯瞰する。
ルキの矢がこのまま放たれれば、位置関係的に水分身二体を貫通し、そのまま背後のカゲロウまでもを射抜くだろう。
さっきのフェリのスキルはこの状況を作るためだった。その事実に水の剣士は戦慄する。
(こいつらさっきまでとは別人だ! この一瞬でいったい何があった!?)
自分たちがとんでもない化け物を揺り起こしてしまった。
その事実に気づくことは無かったが、時雨もただ翻弄されるばかりではない。
この状況を打開すべく瞬間的に対応する。
「【スパイラル・スクリーン】!」
その声に反応して、前に出ていた水分身がその輪郭を崩す。
円形の水の盾へ姿を変えると、そのまま凄まじい勢いで渦巻き始める。
直後、そこへ極光の矢が飛び込んだ。
渦は外へ外へと回転し、矢を追い出さんとする。
だが、矢はその程度では止まらなかった。わずかに軌道を変えるに留まり、渦の向こうにいる最後の水分身――そう、本体の胴体を抉り抜いた。
同時に【スクリーン・シェイド】が解除され、元の姿に戻った時雨が膝をつく。
軌道が変わったことでカゲロウには当たらなかった。それだけでも僥倖と言えるかもしれない。
そして自分も生き残ることができた。すかさず反撃に移る――と。
そう考えた時雨の思考を断ち切るように。
二つ揃った声が響く。
「「ユニゾンスキル――――」」
ルキの放った無数の光の矢がフェリのハルバードに収束し、黒白の輝きが迸る。
薄暗い大空洞に差した、神々しいまでの光を目の当たりにした時雨は思わず言葉を失った。
(…………きれいだ)
とどめの一撃が放たれようとしている。
時雨はある種の納得をしていた。”これ”になら倒されても文句はない。
しかし自分が負けたとしても、タッグの敗北だけは避けなければ。
『岡目八目』で共有した視界によってカゲロウが後ろから走り寄ってきているのはわかっていた。
だから時雨は強く背後を手で押した。果たしてその手には、カゲロウを突き飛ばした感触が残った。
「お前、なんで……!」
「バカ。共倒れになったら負けだろうが。……あとは頼んだぞ」
背後のカゲロウに皮肉っぽい笑みを投げてからゆっくりと向き直る。
そこには輝くハルバードを構えたフェリがその力を解放しようとしていた。
「「――――【パラダイス・ロスト】」」
一閃。
黒白の斬撃が真横に走り、圧倒的な光の散乱と共に時雨を容易く消し飛ばした。
「時雨ーーーーッ!!」
戦場に響き渡る悲痛な叫び。
カゲロウの目前に、時雨の使っていた長剣、《サブマリンシーカー》が転がる。
まるで彼の意志が残されているかのように。
「……まだ、いける……?」「もっちろん……!」
敵の片割れを撃破した双子だったが、明らかに憔悴している。
極限に至る同調が二人の精神に負担をかけているのは明白だった。
それでも止まらない。勝利は目の前だ。
「お前ら……勝ったと思うなよ」
ズン……と大地を揺らすかのような一歩。
その主、カゲロウは右手に巨斧、左手に時雨の長剣を携えていた。
表情に歓楽の色は無い。双子を遊び相手や対戦相手ではなく明確な”敵”として認識していた。
「……思ってないよ」「でも、これで終わり」
双子は頷き合い、手を繋ぐ。
二人の身体から白と黒の光の粒が溢れ出す。
「「ユニゾンスキル――――【パラドクス・ユナイト】」」
光が爆発した。
カゲロウの目にはそう映った。
目も開けていられないような輝きが数秒続き――そのあと。
カゲロウの視線の先にはたった一つの人影があった。
「お前ら……なんだよそれは」
そこにいたのは、ルキでもフェリでもない誰かだった。
神々しい赤と青の装束に、背中にはためく一対の翼。
状況から見れば双子がひとつになったとしか考えられない。
ありえない、と思った。しかし目の前で起きているのは覆しようのない現実だ。
『言ったはずだよ。勝つのは私たちだって』
二重の声が耳に届く。
カゲロウは歯を食いしばると両手の武器を掲げた。
「吹き飛びやがれぇっ!」
斧と剣がぶつかる。
瞬間、凄まじい爆発が巻き起こる。
まるで水蒸気爆発のごとき規模――この戦場くらいなら舐めつくしてしまえるほどの勢いで爆風が暴れ狂う。
だが。
『次は私たちの番』
煙幕が引き裂かれる。
そこには傷ひとつない天魔がいた。光の障壁で全方位を守り、爆発から身を守ったのは明らかだった。
天魔は静かに右手を掲げた。
同時に天井に光が満ちる。
色の無い、ただ光としか認識できない輝きがそこにあった。
「……くそっ。悔しいなあ――――」
『――――【プルガトリオ】』
天より落ちる光の柱が。
カゲロウを完全に消し飛ばした。
ぱちん、と弾くような音と共に天魔は分かれルキとフェリへ戻る。
二人は思わずお互いの姿をまじまじと見つめ合うと、興奮にぶるぶる身体を震わせた。
「……やったー!」「勝った勝った!」
歓喜を叫びながら、溢れる感情を発散しきれずにあちこちぴょんぴょん飛び回る。
「なに今の、すごい……!」「あんなのできたんだねえ! ほんとにすごい!」
二人がひとつになった。
本人たちとしてはがむしゃらで、必死で気にしているような余裕などなかったが――振り返ってみると。
なんだかとてつもないことが起きていたような気がする。
入れ替わりができるのなら、融合も可能。
そういうことなのだろうか。
「……でもこれで」「うん、これで」
これで。
ミサキたちを最上階へ送ることができる。
あの憧れの存在の背中を押すことができる。
激しいタッグバトルを制し――二人で掴んだ勝利の味は格別だった。




