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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第三章 いろんなプレイヤー、いろんなわたしたち
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30.浅瀬に浸って船首を仰ぐ


 ――――実際のところ。


 私、花菱織衣(シオ)は――はっきり言ってPKされたことについてはもう気にしていません。

 人の怒りというのは長続きしにくいという話があります。そもそも私は怒ってなどいなかったのですけどね。

 怖かった。悲しかった。それだけです。


 ミサキさんがエルダさんに勝ったあの時、少しだけ残っていた溜飲は下がりました。

 あとは……そうですね、海の向こうに住んでいるお母さんに会えることになって、いろいろとどうでもよくなってしまったというのは大きな理由でしょうね。

 

 なのにどうして私はあんなことをしてしまったのでしょう?

 半ば脅すような真似をして――いったいこれからどうするつもりなのでしょうか。

 弁解させてください。勢いだったんです。


 大した目的もないままゲームの中をさまよって、それでも何かしなければという想いだけがあって……そうして踏み込んだダンジョンで、またPKされそうになって。

 どうして自分ばかりがこんな目に、とは思いました。まあPKなんてあの世界ではありふれているので仕方ないというのはわかってはいるんですけどね。


 私はまだ初心者で、見るからに弱そうな見た目なので狙いやすいというのはあるでしょう。小さな女の子ほどこの世界で被害者になりやすい生き物もいませんから。

 同じ小さくても、そこに無類の強さが内包されていれば……ミサキさんのようであれば狙われても平気なのでしょうね。それ以前に、彼女は結構な有名人なので、そうそう襲い掛かられたりはしないでしょうけど。


 話を戻しましょう。

 そこで死にかけた私はエルダさんと再会します。驚くべきことに彼女は私を助けてくれたようでした。しかも私のことを覚えていたようです。これにはびっくり。

 

 そうして成り行きではありましたが彼女と一緒にダンジョンを攻略して。

 あの時は暴力の塊でしかなかった彼女の内面を少しだけ知りました。

 正確に言うと『彼女』のことは以前から知っていたのですが、エルダさんのことは知らなかった。


 エルダさんがその時何を思って私のダンジョン攻略を手伝ってくれたのかはわかりませんが、私は彼女のことをもっと知りたいと思いました。純粋な好奇心から。

 駄目元でフレンド申請をしてみたのですが、やっぱり拒否されてしまって……どうしたものかと考えた結果、まあ、その、あれです。

 私はタブーを冒したのです。





 

 12月になると防寒具が手放せなくなる。

 花菱織衣はダッフルコートにマフラー、耳当てという完全防備スタイルで通学路をのろのろと行軍していた。寒いのが苦手なのだ。

 年が明ければもっと寒くなるであろうことを考えると気が滅入る。思わずついたため息は雪のように白かった。


 早く暖房の効いた教室に逃げ込みたい――そう考えると足が急いでしまいそうになるがぐっと我慢。来年からは中学生になるのだし、もう少しお姉さんを気取ってみたい。背中のランドセルを背負い直し、足元に向いていた視線を上げると校門が見えた。


「おはよーう。はいおはよう」


 校門のそばに立つ教師が、ベルトコンベアに流れてくる商品を仕分けるみたいにして、登校してくる生徒に挨拶を投げかけている。おざなりなものだ。こんな仕事に意味なんてないと思っているのかもしれない。

 レディーススーツの上からダウンジャケットを羽織っただけの恰好ではさぞ寒いに違いない。それもまた彼女のやる気を削いでいるのかもしれなかった。


 何にも考えていないような顔を作り、彼女の前を横切り会釈をする。彼女は花菱に気が付いたようで、少しだけ身体を硬直させたが、何事も無かったかのようにまたベルトコンベア作業を再開した。

 

 これが、リアルにおける――――花菱織衣(シオ)海堂香澄(エルダ)の関係だった。




 黒板にチョークで数字や記号を記す海堂は少しけだるげだ。

 やる気があるのかないのか、しばしばあくびを漏らしている。弛緩した空気が教室には蔓延し、生徒たちも声を潜めつつ私語を楽しんでいる。

 そんな中、一番前の席に座っている花菱だけがまっすぐ黒板を見つめ、ノートに板書を書き写す。


 もうこの時期になると小学校六年生の授業というものはほぼ意味を成さない。

 受験する者にとってはとっくに過ぎた範囲だし、そうでない者は半ば自動的に区内の中学校へと進学するからわざわざ勉強に励むこともない。

 花菱にもそんなことはわかっているし、授業をしている当の海堂にとってもそうだ。


 それでも花菱は生真面目に授業に取り組む。 

 もとから生活態度は良好な彼女ではあったが、こうなったのは最近のことだ。

 

 そう。

 エルダにPKされた次の日からである。


 最初にエルダから声を掛けられたとき、何か既視感を覚えた。しかしその正体を掴めぬまま花菱(シオ)はPKされてしまった。

 その翌日、暗澹たる思いで登校した花菱は気づいてしまったのだ。


 自分のクラス担任――海堂香澄が他ならぬエルダであることに。

 まず気づいたのは声色。次に顔立ち。表情。

 もしかして、と思えば思うほど様々な要素が符合していった。

 

 どうして、と思った。

 なんで先生があんなことを、と。


 はっきり言って手放しにいい先生と言える人物ではない。

 いつもけだるげで、疲れていて、ここは自分のいるべき場所じゃないというような表情を浮かべていた。いつだってやる気が無さそうで、それでも質問をすれば答えてくれるような先生だった。

 

 花菱はようやく気付いた。

 先生は先生という生き物というわけではなく、自分と同じひとりの人間だったのだと。

 ゲームで仕事のストレスを解消するような、どこにでもいる人間でしかなかったのだと。

 おあつらえ向きに、あのゲームはそれが許されている場所だった。

 

 ただそれで親近感だとか好意が芽生えたかというとそうではない。

 花菱の胸中に芽生えたのは好奇心だった。

 

 この人はどんな人なんだろう。もっとよく知ってみたい。

 そんな素朴な好奇心。知的欲求。


 だが、そこでなにかしらの行動を起こせるほどの積極性もなく、ただ教室で彼女を観察するだけの日々を過ごし――そしてあのダンジョンでシオとエルダは再会した。


 一度目の出会いは偶然ではない。弱者であるシオは必然的に狙われた。

 だが二度目は全くの偶然だった。


 だからそのチャンスを逃したくないと思った。

 自分は彼女の弱みを握っている。だから都合のいい遊び相手になってくれると思った。あの世界で、母親以外の『理由』になると思った。

 勢い余って脅すような形になってしまったのは誤算だったが、望む形には持ってこられた。

 

(…………そういえば)


 エルダはミサキをライバル視していたはずだ。

 新しい力を手に入れた今なら彼女と再び戦うという選択肢もあるかもしれない。

 きっとエルダ(先生)はミサキに戦いを挑むだろう。ミサキはそれを拒みはしないはずだ。

 エルダのリベンジ。それを見れば、彼女のことをもっと知ることができるような気がする。


 なのにどうしてだろう。


 彼女たちが戦うところを想像してみると、なぜだか少し嫌な気持ちになる。

 どうしてだろうか。

 あの二人の戦いは、あの二人だけのものであるはずなのに、どうして――戦ってほしくないなんて思ってしまうのだろう。


 エルダは戦うことを望んでいる。

 自分がそれを邪魔することなんてないはずなのに。


 本人すら自覚できない動揺にこわばる手に握られたシャープペンシルの芯が、ノートの紙面に強く押し付けられて、儚く折れた。


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