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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
299/325

299.Gemini Wing


 【スクリーン・シェイド】。

 時雨の使用するそのスキルは、自身を三体の水の分身へと変化させるスキルだ。

 本体はひとつだけ。しかしその全てが実体を持ち襲い掛かる、単純計算で手数が三倍になる強力なスキル。

 発動した本人までもが人型の水へと変貌することから外見で判別するのはほぼ不可能。


『さあ』『畳み』『かけるぞ!』


 妙な反響をする声を発しながら水分身が三方向から迫る。

 フェリが死ぬ気で奮闘してやっとカゲロウと時雨の二人を押し留めることができていた――それでも充分称賛に値する――しかしこれはさすがに手に余る。

 赤い天使ルキと青い悪魔フェリ。対称的な双子は倍の敵を相手に窮地へと叩き落された。

 

「……がんばってフェリちゃん、私も援護するから!」「む、無理だよーっ!!」


 ルキも本気で何とかできるとは思っていない。

 しかし何とかできずとも、何とかしなくては負けるのだ。 

 

 赤い天使は一定の距離を保つために走り回りながら無数の光の矢を放つ。

 しかし時雨の水分身は滑るような動きで弾幕のことごとくを回避していく。

 やはり時雨の機動力はかなりのものだ。ニュートラルの状態から当てるのは難しい。

 なんとか体勢を崩す必要がある。


(……私たちには大技がある)(でも出が遅いからやっぱり隙を作らないとダメだよ)


 二人の思考は細部こそ違えどもおおむね共通している。

 生まれる前からべったりずっと一緒だったからか、性格こそ差異はあるが根本は同じ。

 意志疎通の必要なく通じ合っている。一心同体を体現している。

 相手の二人に勝っているところがあるとすればそこかもしれない。どれだけ仲が良くても、視界を共有していても、違う人間だ。コンビネーションのラグは必ず生じる。


「そんなものか? ――――【アクア・ヴァイパー】」


 分身たちの振るう水剣がその形を崩し鞭へ姿を変えると、それらは縦横無尽に前方の空間を薙ぎ散らす。

 不規則な方向から迫る三本の水の鞭。圧倒的な範囲攻撃はルキとフェリをまとめて打ち払おうと猛る。

 動揺する双子――その片割れ、フェリが背後のルキを感じつつ半ば反射的に斧槍(ハルバード)を逆手に持つ。


「【アビス・フォールダウン】!」


 力任せに振り下ろした穂先が地面に衝突――瞬間、全方位へと黒々とした衝撃波が展開される。

 本来は複数の敵への攻撃、もしくはすばしっこい敵へ強引にダメージを与えるためのスキルだが、今回に至っては攻撃を阻むバリアとしての発動。

 三条の水鞭は発生した衝撃波に激突し、拮抗――後、貫通した。


「なっ――――!」


 フェリは思わず目を見開く。

 スキルとスキルがぶつかれば基本的には相殺される。よっぽどのことがない限り一方的に負けはしない。

 だが貫かれたということはそれだけ威力差があったということ。 


【アビス・フォールダウン】は決して弱いスキルではない。

単に時雨のスキルがそれだけ強力だったということで――そして当然、スキルを放った直後のフェリは技後硬直によって無防備だ。


「【スカイアロー・ライズ】……!」 


 動きの止まったフェリに迫る鞭が、目前で四散する。

 原因は足元。地面から飛び出した光の柱が水の鞭を貫いたのだ。


 そのまま空中に飛び散り地面に吸い込まれるのみだったはずの水しぶきはぴたりと滞空すると時雨たちの手元へ戻り、剣の形を取り戻す。


 だが窮地は終わらない。

 二人ともスキルを使った。つまり現在、技後硬直により双子は共に動けない。

 

「ちまちまやってんなよ!」


 時雨の背後から飛び立った大柄な影――カゲロウ。

 その巨体に見合う巨斧を振りかぶり、落下と共に叩きつけようとしている。

 

「時雨みたいにしゃらくさいことはしねえ――俺はこれ一本で充分だ! 【爆壊】!」


 赤熱する斧がフェリの目の前に着弾する。

 それはまさに急降下爆撃。

 一瞬の閃光が瞬く。

 直後、圧倒的な爆炎が大空洞を蹂躙した。


「…………!」「……ッ……!?」 


 何も見えなくなった。

 声すら上げられなかった。

 掛け値なしに死んだとさえ感じた。それほどに絶大な空白に意識が塗りつぶされた。

 

 気絶していたのか。

 それとも閃光に視界が遮断されたことでそう錯覚しただけか。

 どちらにせよ、気づけば二人は壁に叩きつけられてずるずると座り込んでいた。

 手を伸ばし合えば届く距離。しかし今は腕を上げる余裕すらない。

 HPが残っているのが奇跡と言えた。

 

 このゲームのスキルは攻撃範囲が広くなるほどに威力が下がる傾向にある。

 だからあの【爆壊】も見た目ほどの威力値には設定されていないのだろう。


 ……それでもミリ単位までHPゲージが削られている時点で慰めにもならないが。

 

「はっはっは、快勝快勝! このゲームももうすぐおしまいだし最後に悪くねえ勝負ができたぜ」


『詰めが甘いぞ』『きっちりトドメを』『刺してから喜べよ』


 快哉を叫ぶ声は距離もあってかぼんやりと霞がかって良く聞こえない。

 しかし技後硬直で動けないカゲロウを残して時雨がこちらへ歩いてきているのはわかった。

 

 ルキは右を見る。

 フェリは左を見る。

 HPが危険域に達して真っ赤に染まった視界でお互いの姿を捉えると、いつもは意識していなかったが、まるで鏡を見ているようだった。


 本人同士だからこそ自分たちの外見の違いはわかる。似てはいるが瓜二つと言うほどではない。そして今は服装も赤い天使と青い悪魔で対称的だ。

 それでも、もしかしたら人生で初めて二人はお互いのことをそっくりだと認識した。


 鼓動が聞こえる。二重に。

 溶け合っていく。

 相手の考えていることが手に取るようにわかる。

 

「――――ねえ、フェリちゃん」「うん、わかってるよルキ――――」


 勝とう。

 完全に同一の想いを共有し、双子はゆっくりと……寸分の狂いもなくシンクロした動きで立ち上がる。

  

 始まりは憧れだった。

 ミサキとフランに憧れてこの世界に足を踏み入れた。

 その二人と念願叶って戦い、そして直接関わったことで憧れは親愛や尊敬へと変わっていった。

 だから、あの人たちのためにも勝ちたい。

 高くそびえ立つ壁であるカゲロウと時雨を越えて。


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