298.炎天水魔
洞窟内部の大空洞。
燭台が所狭しと配置されてるとは言え出口が無く、ロケーションの薄暗さはどうしようもない。
だが現在においてその認識は正しくなかった。
「はっはっは! ぴゅんぴゅん撃ちやがって――まるで花火みてえだなあ!」
騒がしい笑い声を上げながら駆け回るカゲロウの周囲に無数の光源が突き抜ける。
ルキの放った光の矢が、鍾乳石の大空洞を照らしているのだ。
「当たってくれない……っ!」
絶え間なく放ち続ける光の矢はことごとくを回避される。
カゲロウも時雨も、掠りはするもののダメージになるレベルの命中は未だ無く、むしろ余裕の体で前衛のフェリと打ち合っていた。
矢は真っすぐ飛ぶわけではなく、その軌跡はかなり不規則にカーブしあらゆる方向から彼らを狙っている。
だと言うのに、一射たりとも当たってはくれないのだ。まるで背中に目があるかのように。
カゲロウの振るう巨斧と時雨の操る長剣を一人で相手する形になっているフェリはほとんど涙目になりそうな風で斧槍を振り回す。
「……っ、…………っ!」
声すら上げられない。上げる余裕がない。
二人の猛攻に対応するので精いっぱいだ――ある程度捌けているだけで評価に値するのだが。
だがこのままでは押し切られる。そんなことは双子も理解の上だ。
フェリの限界が来る前に何とかして、
「相手のカラクリを掴まないと、か?」
「え……?」
時雨の冷えた声色に一瞬動揺しそうになる。
その言葉を継ぐようにカゲロウが口を開いた。
「別に隠してねえから教えてやるよ……俺たちのイリーガルは『岡目八目』。俺たちは互いの視界を共有している――その分視界も広いし死角もカバーできるってことだ!」
横薙ぎの斧がフェリを吹き飛ばす。
地面を転がり、ルキのそばへと倒れたフェリはお互いに視線を交わす。
陣形は崩れた。その隙をカゲロウと時雨が狙いこちらへと突っ込んできている。
ならば交代するまでだ。
「「ユニゾンスキル――【パラダイム・シフト】」」
甲高い金属音が響く。
敵は怪訝そうに眉をひそめるも、絶好のチャンスを逃すまいと各々の武器を構える。
それに対して先ほどまで矢を射っていたルキが猛然と走り出す。
「なに!?」
後衛専門だと思われていたルキが飛び出したことで、二人に一瞬の驚愕が生まれる。
ルキは――いや、”ルキと入れ替わった”フェリはその隙を逃さない。
「【ソニック・アーチ】!」
弓の弧に取り付けられた刃が奔ると二人の胴体をまとめて切り裂いた。
ダメージエフェクトが迸り、動きが止まる――そしてその間に、転がっていたフェリが攻撃態勢に入っている。
「……【スピア・アローレイン】」
ハルバードの穂先で天を向くと、空中から飛び出した光の槍が無数に降り注ぐ。
器用にルキのいる場所だけを避けて放射状、広範囲。回避はまず不可能だ。
それを向こうも悟ったのか、混乱のさなかでカゲロウが斧を高く掲げる。
「おおおッ、【爆壊】!」
突如として炸裂する閃光。熱波。
勢いをつけて地面へと叩きつけられた斧から凄まじい爆発が巻き起こり、槍を吹き飛ばしたのだ。
「うああっ!」
間近にいたルキは抵抗の間もなく吹き飛ばされ、数メートル離れた石柱に激突する。
吹き荒れる爆風をなんとか耐え凌いだフェリだったが、内心の動揺は色濃い。
こちらが攻撃するたびにあんなスキルを雑に発動されたら何も通せない。
だがすぐ近くにいた時雨だって逃れられなかったのではないか――そんな希望は、しかし打ち破られる。
「おいバカ。考え無しに爆発させるなといつも言っているだろう」
ざ、と時雨の周囲に展開されていたであろう水のカーテンが降りる。
それであの【爆壊】を防いだことは疑いようも無かった。
単純な火力を押し付けてくるカゲロウ。
それを器用さでカバーする時雨。
二人のコンビネーションは完全に噛み合っている。
「いいじゃねーかよ、お前なら防げるだろ――それよりも、なあお前ら! さっきのアレなんだ!?」
こともなげに疑問を投げかけてくるカゲロウ。
あくまでも楽しそうに、友人の持っている新しいおもちゃに興味を示すかのように。
『さっきのアレ』――それはつまり、入れ替わりのことだろう。
「……あれは【パラダイム・シフト】」「ルキとフェリの外見以外を入れ替えるユニゾンスキルだよ」
ルキに続いてなんとか立ち上がったフェリが継いで答える。
律儀に教える必要は、本来ない。しかし向こうが教えたのだからこちらもそうしなければという律義さ、悪く言えば子どもじみた意地がそうさせた。
【パラダイム・シフト】は入れ替わるスキル。しかし裏を返せばそれだけのスキルだ。
攪乱以外には使えないし、認知されてしまえば対応はそれほど難しくない。
実際、ミサキとフランとの試合ではすぐにその欠点を看破されてしまった。そもそもあれは相手が明確に前衛と後衛に分かれているタッグであるときに機能する戦法であって、今回のように相手が二人ともゴリゴリの前衛を担える場合には通用しない。
ルキは遠距離。フェリは近中距離。
二人の得意とする適正距離が瞬時に変化し敵の弱点を突けるからこその入れ替わりだ。
二人はもう一度【パラダイム・シフト】を発動させ、元に戻る。
(……自分の身体じゃないとカンペキに戦えない)(そこも弱点のひとつなんだよね)
だが使い方を間違えなければ。
ここぞという場面で刺すことができれば、戦況を覆すことができるはずだ。
「なるほどな、面白えわ。なあ時雨、俺たちもやってみねえ?」
「無理だし仮にできたとしてもお前のむさくるしい身体に入るなんて絶対ごめんだ」
軽口を叩き合う二人は、見る限り通じ合っているように見える。
言葉にすることなく、アイコンタクトすら必要とせず連携が成立し、こちらへ苛烈な攻撃を叩き込もうとしてくる。
間違いなく強敵。6階の番人――最上階のひとつ手前の相手としてふさわしいと言えるだろう。
視界を共有するというイリーガルもそれ自体は大したものではない。しかし裏を返せば――双子は知る由もないことだが――その分本人たちのレベルやステータスが反比例して高いものだということを意味する。
そして大したものではないとは言うものの、彼らにとってはこれ以上ないほど高い適性を誇るイリーガルだろう。
だが。
「……お兄さんたちは強いね」「でも私たちなら」
確かに強敵だ。
格上と言ってもいい。ここの戦力では完全に劣っているだろう。
しかしこれはタッグ戦なのだ。
「うん、私たちの方が――」「――仲のよさじゃ負けないんだから!」
もともとルキとフェリは憧れの相手を越えるためにこの世界に来た、負けん気と向上心が図抜けて高い双子だ。
だからここで証明しなければならない。自分たちの絆は彼らを凌ぐ強さだと。
「……いやちがうフェリちゃん。大事なのは仲良し度じゃなくて強さだから……」
「そんなことないよ! 私たちの強さは仲の良さだってば!」
きゃんきゃん子犬のように言い争う双子を前に、カゲロウたちは対称的な反応を見せた。
「おい時雨、あいつらバカだぞ!」
「はあ……バカはお前だろうが」
ため息をついた時雨は、その瞳だけを鋭く細め長剣を逆手持ちにすると、地面へと突き刺す。
同時に、ずぶりと身体が沈んだ。
「さて。仲の良さは強さだとのことだが――違うな。強さとは数だ」
水しぶきが舞う。
地面から飛び出した液状化した人影が散らしたものだ。
「【スクリーン・シェイド】……これで4対2だな」
現れたのは時雨の姿をとった水の分身、その数3体。
これでまさかのダブルスコア、双子の劣勢は止まらない。




