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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
295/325

295.いつか閉じ行くトキワハゼ

 

 6階への階段を登る中、最後尾の少女は浮かない様子だった。


「…………」


「リコリス、どうしたの」


 驚いて顔を上げたリコリスはまつ毛を伏せ、視線を彷徨わせる。

 噤んだままの口元からは動揺が読み取れた。

 元は凍り付いたように表情の変わらない人物だったとミサキは記憶しているが、随分と変わったものだ。


「ライラのこと?」


「…………ああ」


 リコリスとライラックは姉妹だ。

 しかし彼女たちの間にはとある事情から確執が横たわっていた。

 仲睦まじかった姉妹が冷戦状態になるほどに――遠ざけていたのは姉のリコリスの方だけだったが。


「驚いているんだ。あの子があんな……自分から何かをするなんて、と」


「そうだね。わたしもちょっとびっくりした」


 ライラックは主体性のない少女だった。

 自分で何かを決めるのが極めて苦手で、ことあるごとにイマジナリー姉に語りかけてやっと行動を起こせる。

 少なくとも出会った時はそうだった。


 だが、姉妹の所属するギルド、『ユグドラシル』とミサキたちの対抗戦を経て、彼女は少し変わった。

 恐れつつ、躊躇いつつも自らの意志で行動を起こせるようになったのだ。

 ミサキをオフ会に誘った時がその第一歩だったのだろう。一歩にしては大きすぎるような気もするが。


「ごめん、二人の事情はある程度聞いてる。今日とか……この前タウンにマリスが出てわたしがやられた時も一緒に行動してたんだよね。何かあったの?」


「……あの対抗戦が終わってしばらくした時のことだった」


 ある日夕飯を食べ終えた後、自室に戻ろうとしたところを呼び止められたのだという。


『お……お、お姉ちゃん』


『……なんだ』


 低い声でそう返す。

 対抗戦を経て変わったのは珠華(リコリス)も同じだった。

 しかし、それは風向きが少し変わっただけ。いまだ妹と向き合う勇気を持てないでいた。


 莉羅(ライラック)は必死に何かを訴えようとまごついている。

 そんな様子を見ていると胸が締め付けられる。見ていられなくなる。

 だから珠華(みか)は目を逸らそうとした。


『何もないなら――――』 


『り……! り、莉羅と……また仲良くして……ください』


 まるで一世一代の告白のようだった。

 いや、それは比喩ではなく本人にとってはその通りだったのだろう。

 目をぎゅっとつむり、目尻に涙を浮かべて、拳を握りしめて小動物がごとく震えている。

 その告白にどれだけの勇希を振り絞ったのか。そんなことは今の珠華にだって伝わってくる。

 理解できる――なぜなら。

 以前は優しい姉をしていた珠華だから。


『無理だ……』


『……っ』


『私はお前を受け入れることができない。少なくとも今はまだ』


 歩み寄ろうという気持ちは出来た。

 しかし、それにはまだ時間が必要だった。

 母が浮気相手との間に作った子――そんな莉羅を以前のように衒いなく愛するのは二度とできないだろう。

 それに、莉羅の気持ちが理解できたからこそ自らの罪の重さが浮き彫りになる。


 まったく、あのカーマというプレイヤーの言う通りだ。

 どんな理由があろうとも妹を傷つける免罪符にはならないのだと。

 まったく反吐が出る。何が『いっそ嫌ってくれれば』だ。


 ならば、このまま身を引いて諦めてもらうのが妹のためなのかもしれない。


『私はこれまでお前を傷つけてきた。そんな私が今さら……』


『お、お姉ちゃんだって傷ついてたの、知ってるよ』


『え?』


 傷ついていた?

 違う。そんなことは無い。

 いつだって自分は加害者だった。

 無視をして、心無い言葉を投げかけて……ゲーム内で一度だけ、暴力を振るったこともあった。

 傷ついていたのはいつだって莉羅の方だったはずだ。


 しかし。

 莉羅はこれまで見たことの無いような強い光を宿した瞳で見上げてくるのだ。


『……莉羅に冷たくした後、お姉ちゃんはいつも辛そうな顔してた。笑うことも泣くことも無くなったお姉ちゃんが、その時だけは表情を変えてたんだ』


『そんなわけない。だって私は……私、は』


『莉羅ね、何も考えずにお姉ちゃんと仲直りしたかったわけじゃないよ。お姉ちゃんがいつも自分のこと責めてるのがわかっていたから嫌いにならなかったんだよ』


 責めていた。

 私が。

 そんな顔をしていたのだろうか――と。


 思わず頬に触れて気づいた。

 濡れている。熱く熱く、なにかが流れ落ちている。

 それが涙だ、と自覚した瞬間凍てつき塞がれていた感情が溢れ出したのが分かった。


『お、お姉ちゃん!?』


『う、ああ、ああああ……!』


 気づけば廊下に膝をついて、私は声を上げて泣いていた。

 抑え込んでいた悲しみや後悔が形となって流れ出しているのだと思った。

 悲しむ資格など私にはない。

 それがわかっていながらも止まらなかった。


『ごめん、ごめん莉羅……ごめんなさい……!』


『お姉ちゃん……』


 妹が優しく抱きしめてくれているのが分かった。


 ――――いっそ嫌ってくれればよかったのに。


 それは、こんな莉羅だから生まれた想いだった。

 だからこそ私は苦しんでいたのだ。

 この子を嫌うことが私には耐えがたい苦痛だったのだと、ようやく理解した。




「以前と同じように仲良くはできない。でも、私はその時妹からもう逃げないと誓ったんだ」

 

「そうだったんだ……」


 それから色々あったのだろう。

 少しずつ歩み寄って、仲睦まじいとはいかずとも共にいられるくらいには変わったのだ。

 ライラックが変わり、リコリスが変わり。

 わずかでも前進できたということだろうか。


「でも、まだどこかぎこちない。妹も変わったとはいえ引っ込み思案だし、私も負い目があって踏み込み切れずにいる」


「つまりもっと仲良くなりたいと」


「い、いやそんなことは……そうかもしれないが……」


 リコリスは照れたようにあちこち視線を彷徨わせている。

 初対面の時からは考えられないくらい柔らかくなったなあ……と親しくないなりに感慨深くなるミサキだった。

 

「あ、そう言えばルキちゃんフェリちゃんも姉妹だよね。何かアドバイスとかない?」


「え……い、いきなり言われても」「困っちゃうよねー、私たちずっと仲いいし」


 戸惑うルキに対しフェリはあっけらかんと答える。

 確かにずっと一緒で仲のいい彼女たちに言うことではなかったかもしれない……と考えていると、ルキがおずおずと口を開く。


「……私もフェリちゃんと……妹と喧嘩したことあるよ」「あれ? そうだっけ」


 神妙な様子のルキに対しフェリは覚えていない様子だ。

 ミサキとしてはけっこうな巻き込まれ方をしたのでできれば覚えていてほしかったというのが本音だが、まあフェリからすると気にするほどのことでもなかったのかもしれない。


「えと……リコリスさん、でしたっけ」


「あ、ああ」


「妹と仲直りしたい……前みたいに戻りたい……なら、『このままでいいの?』って一度自分に聞いてみてください」


「このままで……」


 静かなルキの言葉に、リコリスは考え込んでいるようだった。

 このままでいいのか。

 それは根本的な問いだ。

 人と人との関係は、放っておいても進むことは無い。むしろ衰退していくものだ。

 だからルキは妹のフェリと喧嘩した時、なにがなんでも仲直りすると決めた。

 初めての喧嘩をして、『元通り』になった。


「このままでよくないと思ったなら……一度、思っていることを正直に伝えてみてください。改まってだと恥ずかしいかもしれないですけど、その、頑張って」


「……わかった。今度会った時にやってみるよ」


「念のため言っておくけどこの戦いが終わったらとか言わないでね。死亡フラグになっちゃうから」


「死亡フラグとはなんだ」


 そんなやりとりをしながら、次の階が目の前に見えていた。


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