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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
292/325

292.相似性パラレル


 何の変哲もない公園で、鎧を身にまとった勇者と紅の貴婦人が対峙する。

 勇者――カンナギはごく自然な動作で背中の剣を抜き、身体の前で構える。

 美しい貴婦人は見るからに戦えそうな外見ではないが、ここはゲーム。見かけで判断するのは得策ではなく、実際それを十二分に理解しているカンナギは一切の油断を挟まない。

 

「まあ怖い顔。お茶でもいかが? ……と言いたいところですけど、ここじゃご馳走出来そうにありませんわね」

 

 カイロマリアと名乗ったその貴婦人は口元を隠して上品にくすくすと笑う。

 それこそ今すぐにお茶会でも始めそうな、自宅に友人を招いた時のような緊張感のなさ。

 しかしそれは表面だけをさらった場合に過ぎない。


 その細められた蠱惑的な瞳には、マグマのごとく煮えたぎる戦意が――いや。

 殺意と表現するのがより近いだろう。

 

「普段ならあなたのお喋りに付き合うのもやぶさかではなかったんだけどね。悪いけどそんな余裕はないんだ」


 鋭い刃のごとき言葉に、カイロマリアは緩やかに笑みを広げる。

 それは死体を埋めているところを目撃された猟奇殺人鬼のような笑顔だった。


「あら。あらあらあら――いやだわ。そんな怖い顔をして……まさかあなた、わたくしを殺すおつもり?」


「ゲーム上でHPをゼロにするのがそれならば、そうだ」


「そう……。こんなところまでわざわざ来るということはそれなりの理由あってのことと思っていいのかしら」


 日傘をくるくると回しながら投げかけられた問いに、カンナギはしばし黙考する。

 理由。ここまで来た理由。戦う理由。

 そんなものは最初から決まっている。決まりきっている。

 右手の剣をゆらりと持ち上げ、切っ先をカイロマリアに向けると、勇者は宣言する。


「理由はたったひとつ――愛ゆえにだ」


「まあ」


 カイロマリアは心の底から驚いたように目と口を丸く開いた。

 錯覚かもしれないが、その時だけ殺意が薄れたような気がした。


「そう、そうなのね。とってもいいと思うわ! だってわたくしも同じだもの」


 捉えどころの無かったさっきまでとは打って変わり、今の貴婦人は夢見る乙女のような様相を呈していた。

 潤んで煌めく瞳は、いったいどこを映しているのか――カンナギでないことは確かだ。


「わたくしにもいるの。愛すべき”たった一人”がね――わたくしはそのためにここにいるの。そのためにずっと頑張ってきたの……ねえ、そうだわ! 似た者同士ってことみたいなのだし、あなたにハンデをあげようと思うの!」


 ころころと変わる表情。

 それは少女のようでもあったが、こうして見ている分には情緒不安定に映ってしまう。

 

 それにしても、ハンデ?

 この状況で?

 疑問が頭を巡るが、極力顔に出さないようにしてカンナギは問う。


「親切なんだね。ハンデってどういうことかな?」


「ああ、いいのよ気まぐれだから! そうね……5分の間、わたくしはこの場から動かないわ」


 カイロマリアはそう言って日傘を下に向けると、石突で砂の地面にガリガリと円を描く。 

 彼女を囲むような、直径1mも無い大きさだ。

 

「もっと正確に言いましょうか。わたくしは5分間、この円から出ない。さらに攻撃もしないで差し上げるわ。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ?」


「…………随分大盤振る舞いしてくれるんだね。そんなことをして、負けるかもしれないとは思わないのかい?」


「うーん? はっきり口にして差し上げないとわからないのかしら」


 カイロマリアは、ゆっくりと笑みを広げる。

 少しずつ、少しずつ――悪意の火が灯り始める。


「――――あなたじゃわたくしに傷ひとつつけられないと、そう言っているつもりなのだけれど」


 その宣言を皮切りに戦闘が始まった。






 戦闘が始まった――もしかしたらその表現は定かではなかったかもしれない。

 攻撃しているのは片方だけ。攻撃されている方はただひたすらに穏やかな笑顔を浮かべているだけなのだから。


「ふあぁ……」


 これは戦闘と呼べるのだろうか。

 退屈そうにあくびを漏らす貴婦人の周囲では激しい斬撃や雷が荒れ狂っている。

 しかしそれらはかすりもせずあらぬ方向へと飛んでいく。


「どうして当たらないんだ……!」


 カンナギが剣で虚空を貫くと、その切っ先から雷のレーザーが放たれる。

 射程無限の雷槍、【ボルテック・ピアース】だ。

 だが一直線のはずの槍の軌道はカイロマリアの目前でぐにゃりと歪曲し、背後の木を貫いた。

 

 もう何度目だろうか。

 確かに貴婦人を狙ったはずの攻撃が、異様な挙動で逸れるのだ。

 直接切りかかっても無駄だ。振り下ろした剣を掴む腕が勝手にひねり、彼女の傍らを叩くだけ。

 縦が駄目なら横に切れば――そう考えたものの、左から右に通過するはずだった剣の軌道が不自然に曲がり、ほとんど直角に上へと逸らされてしまう。

 どのスキルを試しても無駄だった。むしろ試さない方が良かったのではないかと思えるほどの有様だった。


「なんて無様なダンス。わたくし、そろそろ飽きてしまいそう」


「くそ……!」


 歯噛みするカンナギを一瞥したカイロマリアは音も無く懐中時計を取り出し確認すると、ぱたんとつまらなそうに閉じる。

 

「5分」


「……っ」


「経ってしまいましたわね? 残念だわ、残念で仕方ないわ。せっかくわたくしが与えて差し上げたチャンスをふいにするなんて――ああ、なんてつまらない男」


 攻撃が当たらない。

 いったいどういうメカニズムなのか、5分で解明することはできなかった。

 わかったのは、今の自分にできる攻撃は一切通じないということだけ。

 ポジティブに考えるならそれが分かっただけで意味はあったと思いたいところだが――そこから先が続かないのでは意味がない。

 

「あなたはわたくしが愛するあの方の足元にも及ばない。影も踏めない。光の届かぬ地の底で惨めに這いつくばっていればいいわ」


 辛辣な物言いに反し、その表情は穏やかな笑顔のままだ。

 しかしそこには隠しきれない嗜虐が色濃く表れている。

 

「あの方っていったい誰のことだい? 良ければ教えてほしいな」


「意外と好奇心旺盛なのかしら。あの方は……人を超越した存在。人では届かない世界へ到達できる存在。このイベントは……いえ、このゲーム自体が彼のために作られたと言っても過言ではないわ」


 今起きているこの事態そのものが”彼”とやらのため。

 それはいっそ理解を諦めるほどに壮大な計画だ。

 この『アストラル・アリーナ』は人間の精神をバーチャルへと変換するブリッジングという技術を使った初めてのゲーム、つまり商品だ。

 それは開発したパステーション社のみならず、世界中の様々な機関や企業が少なからず関与している。


「驚嘆に値するね。そんな計画を今まで隠し通して来たのか」


「ええ、本当に苦労しましたわ――とは言え、ゲームはゲームですし、そこは真剣に開発させていただきましたから。パッと見おかしなところは無かったでしょう。それもこれも彼のアドバイス通り……うふふ」


 ”彼”のため。 

 それはわかったが、具体的なことが何ひとつわからない。

 このゲームそのものが計画。それはいったいどこまでの領域を差すのだろう。

 世界中の関心を引くことか。大量の人間を電脳世界に集めることか。ゲームデザインそのものか。マリスをばら撒いたことがどう関係しているのか。


「その彼って言うのは――――」


「そろそろ良いでしょう。ここで死ぬあなたが知る必要はないですしね」

 

 これ以上教える気はない。

 言外にそう語っていた。


「さて、冥途の土産に教えて差し上げましょうか。わたくしがあの方より授かりしは『非攻略対象(サブヒロイン)』。何人もわたくしを攻撃対象にできなくなるイリーガル……だそうですわ」


 能力の開示をよそにカンナギはこんなことを考えていた。


 ――――人を超越した存在と聞いてフランのことが頭をよぎったが、もしかすると関係があるのだろうか、と。


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