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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
291/325

291.HERO in the park


 螺旋階段を登る集団の最後尾――ミサキがふと立ち止まる。

 なにかとても嫌なものが背筋を通った気がした。

 そんな様子に気づいたフランもまた立ち止まって振り返る。

 

「ミサキ。どうしたの」


「……いや……なんとなくすごく嫌な予感がして……一度戻った方がいいのかも、なんて思ったりして」 


 本人もわけが分かっていないようだった。

 たどたどしい言葉にカンナギたちも気づき階段の上から見下ろしている。


 ミサキの嫌な予感は当たる。

 そして当たるのは決まって悪い直感に限るのだ。


「定員が決まってる以上今戻ったって意味ない。そうでしょ?」 


「うん……」


「それにあなたはあの子を信じて任せた。そしてあの子はあんたを信じて任された。このタイミングで戻ったら……ううん、今こうして疑ってること自体信頼をないがしろにしてると思うわよ」


 まったくもってその通りだ。

 こんなことは考えるべきではない。かぶりを振って走り出すと、仲間たちも続いた。

 しかし何やら考えていたような様子のカンナギが静かに言葉を零す。


「今戻るのは得策じゃない……それは確かにそうだけど、誰かが負ける可能性は考えておくべきだと思うよ。その点でミサキさんは正しい」


「あなた……」


「ラブリカさんだけじゃない。二階の扉を請け負ったスズリさんや……これからどこかで戦うことになるだろう僕だって負ける可能性は充分すぎるほどにあるからね」 


 敵は埒外の力を手にしている。

 それを考えれば、どれだけ強いプレイヤーでも理不尽な負け方をしてしまうだってありうるだろう。

 むしろそちらの方が現実的かもしれない。都合よく全員勝ちましたという結果は、今回に限っては考えづらい。

 相手はこの世界を支配していると言ってもいい存在なのだから。


「あたし相手に言うじゃない」


「好きな相手でも間違ってると思ったらはっきり言うタイプだよ、僕は」


 フランはそう、とだけ返して前を向く。

 五階はすぐそこだ。





 階段を上がりきると、だだっ広い広場に扉がひとつ。反対側からは次階への螺旋階段が伸びている。

 やはりこれまでの階とそっくり同じ構成だ。

 扉に近づき、ウィンドウを確認したミサキが呟く。


「定員も……前と同じだね」


 向こうはまたも一対一を望んでいる。

 イリーガルなどというものを使っておいて騎士道精神を発揮しているのか。

 それともまた別の理由があるのか――それは定かではないが、ミサキたちに従う以外の選択肢は存在しない。

 ここがゲームの世界である以上、仕様に逆らうことなどできないのだから。


「次は僕が行っていいかな」


 扉の前に出たのはカンナギだった。

 いつもにこやかな彼ではあるが、この時に限っては笑みを消し張りつめた表情で扉の向こうを見据えていた。


「本当は真っ先に行くつもりだったんだけどね。前の二人に気圧されてしまった」


「強いんだから最後の方とかでもいいんじゃないの?」 


「早めに勝ち星を上げておきたかったのさ」


 適当な調子で言いつつ、手でミサキたちを追い払う。

 

「さあ行った行った。時間は無限じゃないんだから急ぎなよ!」


「はあ……わかったよ。じゃあみんな、行こうか」


 走り出したミサキの後を追い、ぞろぞろと隊列が階段へと足を伸ばす。……フランを残して。

 

「どうしたんだい、フランさん」

 

「ねえ、カンナギ。あなたはどうしてここまでしてくれるの?」


「どうしてって……もちろん君のことが好きだからさ」


 カンナギは以前フランに一目惚れをし、彼女の相棒の立場を巡ってミサキと激突したことがある。

 数々の運命のいたずらが重なり、最終的に勝ちを治めたのはミサキだった。

 それでもカンナギは好きになってもらうことを諦めないと宣言し、今に至る。


「ごめんね、はっきり言わせてもらう。あなたの気持ちは嬉しいけど……あたしはあなたを好きになることはないわ」


「…………ああ。そうだろうね。そうだと思うよ」


「わかってるならどうして――――」


「人が」


 穏やかな声だった。

 穏やかでありながら割り込む隙の無い声だった。

 自らの在り方を決定づけている、そんな声色だった。


「人が誰かのために戦う理由は恋だけじゃない。君ならわかってるはずだよ」


「……………………」


「僕は君が好きだ。だけど、恋だけで生きてるわけじゃない。親愛や友愛だってそこには含まれている。……ミサキさんに対してだってそれなりの情があるんだ。僕が戦う理由なんてそれだけで充分だ」


 カンナギはすでにフランの方を見ていなかった。

 ドアノブに手を掛け、その中の光に向かって進もうとしていた。


「僕はずっと誰にも恋をできなかった。でも、君に会えた。それが何より嬉しくて幸せだったんだ。だから僕は……君にありがとうって言いたかったんだ」


 カンナギの身体が前に進む。

 その輪郭が光へ溶けていく。

 その姿をフランは最後まで見送って――――


「……好きになってくれてありがとう。頑張って」


 受け取った想いを慈しむかのように、微笑した。

 



 目を開けていられないほどの光に飲み込まれたカンナギがたどり着いたのは、何の変哲もない公園だった。

 木々に囲まれたこの場所には見渡しても遊具などは無い。しかし過去の存在を主張するかのようにあちこちの地面に穴が空いていた。


 しかしこのゲーム世界には公園というロケーションはかなり違和感がある。

 これまでずっとファンタジーな世界観だったことが大きいが……少なくとも鎧に身を包んだカンナギは浮いていた。


「誰も……いないのか」


 人の気配はない。しかしもしかしたらどこかに隠れているのかもしれないと鎧の足を踏み出してその時だった。

 突如吹いた風に思わず腕で顔を覆う。


「うっ……!」


 吹き荒れる風はどこからか出現したバラの花びらを巻き込み、その花びらと共に一点へと――カンナギの前へ集まっていく。

 ぐるぐるとひたすらに周り、そしてひときわ強くバラの竜巻が吹き散らされると、見慣れない人影が現れた。

  

「あらイケメンさん。いらっしゃいませ」


 しとやかにほほ笑むその女性は真っ赤なドレスとつば広の帽子を身に纏った貴婦人のような女性だった。

 帽子からは長い金髪が流れ落ち、手にはこれまた深紅の日傘を差している。

 少し距離があり、影がかかってはいるものの相当な美貌を誇っていることがわかる。

 彼女もまた、公園には似つかわしくない外見だった。


「四階の番人、カイロマリアです。以後お見知りおきを」


 恭しく礼をする、まるで戦えそうに見えないその貴婦人がカンナギの相手――ということらしかった。


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