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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
290/325

290.2F-3F マギア


 バリアが剥がれ通れるようになった階段を登り、ミサキたちは三階へとたどり着く。

 そこには二階と同じように扉がぽつんと置かれており、その向こうには次階への階段が顔をのぞかせている。

 静寂に包まれた空間を見回しても誰もおらず、敵の気配もない。最悪大量のマリスが待ち構えていてもおかしくないと考えていたが杞憂だったのだろうか。

 それだけ用意した”ボス”に自信があるのかもしれない。 


 この階も二階と全く同じ構造だ。

 同じところをぐるぐると回らされているのではないか……そんな杞憂を浮かべつつ、扉に近づくと矩形のホログラムが表示される。


『定員1/2』


 さっきのような主張の激しい文章はなく、無機質な文字だけが躍っている。

 待ち受ける敵のパーソナリティをほんのわずかでも探りたいところだったが、そうもいかないらしい。

 ミサキは仲間をぐるりと見渡すと、


「さて、誰が行こうか。誰も行かないならわたしが――――」


「先輩、私に任せてください。先輩のためにも頑張ってきますから!」


 いつの間にか傍らに寄って来ていたラブリカがミサキの目を見つめる。

 思えば、この子とはいつの間にか一緒にいるのが当たり前になっていた。

 初めて出会った頃は苦手だったような覚えがあるが、もう昔の事のように思える。

 目の前でピンクのツインテールを揺らしている彼女はいつだって寄り添ってくれた。

 

 カンナギと戦った時も、グランドスキル習得クエストも、マリスの攻勢に押しつぶされそうになった時も、フランが消えた時も――そして今も。

 本当ならミサキたちを背中から刺してログアウトすることだってできた。

 しかしラブリカは真っ先にこの手を取ってくれた。


 その屈託のない笑みに、ミサキもまた口元をほころばせる。

 なんとありがたいことだろうか。ラブリカにはどれだけ助けられたかわからない。

 衒いなく味方になってくれる存在にどれだけミサキが救われていたか、本人は知らないのだろう。

 全てが終わったらもらったものを返すべきだろう。

 そのためにも今は。


「――――任せた」

 

「はい!」


 頷きを交わすとピンク色の魔法少女は扉をくぐり、光の向こうへ消えていく。

 定員は埋まり、バリアが解除された。

 

「進もう、みんな」


 報いるためにも。

 ここで止まるわけにはいかない。





 ラブリカは自分の力を過信していない。

 今のメンバーなら自分が劣っている方だと自覚していた。

 上澄みであるカンナギに一度は勝利したものの、そんなことで格付けは済まない。

 あれは初見殺しのようなものだ。

 屈強なプロレスラーだって暗がりで脚を引っ掛けられたら簡単に転ぶのと同じで、真っ向勝負で打ち勝ったわけではない。

 先にHPをゼロにした方が勝ちという条件を利用しただけ。


 だからラブリカがこの扉を選んだのは、浅い階ならまだそこまで強い相手が配置されていないだろうとの予想からだった。

 おそらくは上に行くにしたがって強敵が配置されている。

 二階ではスズリに先を越されてしまったが、ミサキいわくあそこにいる人はヤバいとのことだったので、命拾いしたと言えるかもしれない。

 だから自分が活躍できるならこの三階だと確信していた。


 もちろん。

 打ち立てたその仮説が正しければ――だが。


「待っているのはボクなんだなあ、これが」


 打ち捨てられた廃工場のような場所で待ち受けていたのは銀髪ゴーグルにオーバーオールの錬金術師、ピオネだった。

 いや、実のところはピオネの身体に巣食う”何者か”だ――そんな話はすでに聞き及んでいた。

 フランを赤子のごとくひねり潰し、幼馴染のユスティアさえも殺した存在。

 そんな底の見えない強敵が、ラブリカの相手だった。


「おやおやなんて顔をしてるんだ。せっかくのゲームなんだから、心配しなくてもちゃんと遊んであげるよ」


 まるで敵と認識していない。そんな侮りが声色から伝わってくる。

 しかしラブリカはそれに憤りを感じることもできなかった。


(――――怖い)


 こうして対峙しているだけで膝を折ってしまいそうな圧倒的な悪意が肌を刺す。

 これは本当にゲームなのか。そんな馬鹿馬鹿しい疑問を抱いてしまうほどの生々しい粘つきがピオネから発せられていた。

 満面の笑みは友好を目的としたものではない。


 例えるなら、食事。

 目の前に並んだ料理を眺め、さてどれから手を付けようかと涎を垂らしている――そんな表情。

 ラブリカを敵ではなく、捕食対象――よくておもちゃかなにかと認識しているようだった。


 あのフランでも全く歯が立たなかった相手。

 どちらが強い弱いの次元ではなく、何もかもが通用しなかったと悔しそうに零していた。

 そんな相手に勝てるのか。いや、むしろ無事に死ねるかを気にするべきかもしれない。


(怖い――――けど)


 手の内にある花々をあしらったステッキ……《クリフォドラ・ブルーミア》を握りしめる。

 これはフランが与えてくれた力。

 そして託して任せてくれたのは、あのミサキ。


「私は……遊びに来たんじゃありません」 


「へえ。だったらなに?」


 ラブリカは勢いよくステッキを振るうと、周囲の床から次々に樹木が生育する。

 

「私は――勝ちに来たんですよ!」


 樹木はその鋭い先端をピオネに向けて襲い掛かる。

 対する錬金術師は酷薄に嗤うと膨大な火炎をあたりに広げ、大質量の樹木を根こそぎ焼き切った。


「…………っ」


「勝つ、ねえ。これが?」


 ラブリカの攻撃をまるで意に介していない。

 圧倒的な炎を完全なノーモーションで生み出すという芸当は、通常ならありえない。

 これだけの規模の攻撃はスキルでなければ不可能だが、発動した気配すらなかった。

 武器の能力でもない。おそらくピオネが装備している武器と思われる手持ちハンマーは腰のベルトに刺さったままで、手ぶらだ。


 あの攻撃が彼女の持つイリーガルなのだろうか。

 しかし、それではフランの攻撃が通用しなかった説明がつかない。


「――――なんてことを考えてるんだろ?」


「勝手に思考を読まないでもらえませんか」


「ああ、ごめんね。人の考えてることを予測するのが癖で……というかほとんど習性でね。ラーニングで成長する生き物だから、ボク」


 まるでAIのようなことを言う。

 だが仮にそうだとして、こんな自然な会話が成立することなどありうるのだろうか。

 このVRMMOが世に出た今になってもここまでの性能を持ったAIは生み出されていない。少なくとも世に出てはいないはずだ。


「ちょっと種明かししておくとこの技とかはイリーガルとはちょっと違うよ。スキル自体のプログラムをちょちょいといじってるだけだから――まあそんな些細な差異は君にとってはどうでもいいか」


 ピオネ自身もどうでもよさそうな調子で情報を開示すると、右手の人差し指と中指を揃えて立て、空中を軽く撫でた。

 瞬間、わずかに空間が歪んだ。それと同時にラブリカもまた動いていた。

 視認は極めて難しいが、ピオネが放ったのは空気の円盤が二つ。

 それが高速回転しながら宙を切り裂き迫ってくる。


 とっさの行動だった。

 ラブリカはステッキを振って眼前に樹木を生み出し、盾とする。

 素早い判断と的確な対処は彼女の成長の賜物だ。 

  

「え…………?」


 だが。

 目の前の強靭な樹木は四つ裂きにされ。

 背後のラブリカをも深く切り裂いた。

 

「君じゃあ相手にもならない。勝つとかそういう宣言は対戦相手に向けてするべきだとボクは思うんだよね」 


 がらんどうの廃工場に、少女の倒れ伏す音だけが響いた。


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