289.あの日の契り
スズリは蛇腹剣を素早く振るい鞭が乱舞する空域を作り出す。
それは刻一刻と構造が変化し続ける鉄条網。触れれば大ダメージは免れない。
だが。
「だから意味ないんやって!」
狂った殺人者は意にも介さない。
蛇腹の刃に全身を削られ、絶命しながらもなお走る。
一瞬だけ膝が折れかけたのは、一瞬だけHPがゼロになったからか。
しかしそのすべてを無視し、クルエドロップが眼前まで迫る。
「斬かっ……!」
「おっそい!」
蛇腹剣を伸ばせばその分戻りが遅くなる。リーチの長さが仇となり、その隙へ斜め上に振り抜かれた刀身がスズリの胴体を深く切り裂く。
噴き出すダメージエフェクトと共にHPが激しく減少していくのが見えた。
「ぐ……!」
「残念やなあ。スズリちゃんも不死身やったら永遠に戦えたのに」
脳天から両断せんと迫る刀。
スズリは縮み終えた蛇腹剣で受け止めると、腹の底から叫ぶ。
「斬解!」
剣が分離し、そのうちの二本が手に収まる。
一歩踏み込む。浮遊した剣の内、同じく二本がクルエドロップを向いた。
「――――――――!」
四刀の極致、【無塵】。
幾重もの斬撃を同時に叩き込む技がサイレントスキルによって発動した。
とっさに防ごうとした刀を弾き、クルエドロップに直撃するとHPを削りきる。
「…………だから! 死なんって――――」
「お前がどんなやつでも、居場所はある!」
新しく一本が首をもたげる。
五刀の極致、【五行羽々斬】。
純白の翼がごとき斬撃がクルエドロップへと叩き込まれる。
「がは……っ……居場所なんて……もうどこにもないわ! ずっとうちには何にも――――」
「逃げるな! あの二人が……私たちが受け入れるから……!」
このイベントが始まった直後。
スズリはミサキとフランに訊ねたことがあった。
クルエドロップが運営側についたことをどう思うかと。
『まあ、クルエドロップだしね……なるべくしてって感じだよね』
『あたしはちょっとびっくりしたけどね。でもクルエちゃんはそうするでしょう』
彼女たちは受け入れていた。
怒るでも無く、裏切られたと嘆くでもなく、当然のこととして。
だからきっと全てが終われば――何も変わらず友人としての付き合いが再開するのだろうと、スズリはその時確信した。
「お前が望めば居場所はあるんだ。お前が暴れれば止めてくれる人がいるんだよ!」
さらに一本が動き出す。
六刀の極致、【六道叢雲】。
六つの刃がひとつとなり生み出された極大の斬撃がクルエドロップに直撃する。
だが倒れない。
何度でも、何度でも。
倒れることができないのだ。
「……そんなわけない。ありえへん。嘘ついてるんや……!」
見る影もないほど憔悴しきったまま、クルエドロップの刀に紅蓮の瘴気が宿る。
振るう刀身が分裂する。持てる全てを込めた最上位スキル、【ヤマタノソハヤ】がスズリの全身を切り刻む。
「…………!!」
しかしスズリは止まらない。倒れない。
ずっと目の前の少女を目標に進み続けてきたのだ。
今さら止まれるわけがない。
「だったら確かめてみろ。目を逸らさずに」
加えて二本――合計八本に意志が灯る。
八刀の極致、【八尺瓊御魂】。
八重の貫撃が襲い掛かり、クルエドロップの全身に風穴を空ける。
「……っ……ぁ……!」
ここで。
明確にクルエドロップが身体の芯から力を無くした。
キャパシティを越えている――イリーガルが精神を圧迫しているのだろうか。
ならばこれ以上時間をかけてはいられない。
一連の攻撃でわかったことがひとつある。
それは、彼女は死ぬと復活するのではないということ。正しくはHPがゼロになった瞬間、死亡判定が適用される前に回復することで死を免れているということだった。
ならば、これまで以上の威力を叩き込み続ければ。
空中にワイヤーフレームが走ると、新たな剣が二本生み出される。
スペシャルクラス、『極剣』が進化し同時使用できる刀剣の数が増加した。
これで十本。
全ての剣がスズリの意志に従い、螺旋を描いて飛翔する。
「受けろ――【日月十剣】」
十の刃が踊る。駆け巡る。
それは斬撃の嵐だった。
隙間なく連なり荒れ狂う剣がクルエドロップを切り刻み続ける。
「……………………っ!!」
苦悶の表情を浮かべるクルエドロップのHPはとっくにゼロになり、それをトリガーにして『死に物狂い』が発動する。
しかし……追いつかない。
不断の斬撃が回復と同時にHPを削り続け、蘇生を許さない。
「これが答えだ……クルエドロップ! 死ぬまで殺し続ければ生き返れない!」
「まさか……こんな……っ!」
溢れ続けるダメージエフェクトと、回復を示す緑色の光がせめぎ合う。
だがいつしか光は薄れ、斬撃音だけが響き渡る。
そして。
「ああ――――」
やっと止まれるんだ。
死の感覚を味わいながら、クルエドロップはそんなことをうっすらと思った。
スズリの剣は、ついに死へと楔を打ち込んだ。
燃え盛る廃村の中、倒れたクルエドロップはまだ消滅していない。
しかし、すでに死は確定した。
彼女はまもなく退場するだろう。
「あー、また負けた」
横たわるクルエドロップは悔しそうに呟いた。
しかしその表情はどこか晴れやかだった。
傍らに腰を下ろしたスズリが、少し呆れたように笑みをこぼす。
「楽しかったか?」
「……うん。楽しかった。最後に戦ったのがスズリちゃんでほんまに良かった」
ここまでの事態を起こせばこのゲームももうおしまいだろう。
ことが終われば……どういった結末を迎えるにしてもサービスは続けられないはずだ。
そして事件に加担していたクルエドロップ……松雪の身柄もどうなるかわからない。
「最後じゃない」
「え?」
「きっといつかまたこうして戦う機会があるさ。私とだけじゃなく、ミサキやフランに……他のやつとも」
「気休めやなあ。嘘は嫌いって何度も言うてるやろ?」
呆れたようにため息をつくクルエドロップのアバターが青く発光を始める。
消滅が近いのだ。
承知のうえで始めたことだ、後悔はない。
しかしこれからの道行きに不安がないと言えば嘘になる。
「嘘じゃない。私はもうお前の前で嘘はつかないよ。これは……私がそう信じてるだけだ。このゲームじゃなくたっていい、現実世界や……またどこか別の世界で、お前と会える。……会いたいって、今はそう思えるよ」
「そう思ってくれるん? こんなうちに」
「ああ。だって私も楽しかったからな」
笑うスズリにクルエドロップもまた微笑みを返す。
ああ――本当に、心から受け入れられたと感じたのはいつ振りだろうか。
情けなくなるくらいに弱々しいため息が漏れた。
「……あとはほっといたらうちが消えて仕掛けが作動する。全部終わるまではここから出られんらしいけど堪忍な」
「わかった」
「あとは……うーん、思いつかへんから……また今度」
ばいばい、と一言零した直後、クルエドロップのアバターはあっけなく砕け散る。
その破片は集まって光の球へと姿を変えると、空へ向かって飛び、姿を消した。
「また会おう。私の好敵手」
それを見送ったスズリは目を閉じた。
ミサキたちの戦いへ勝利の祈りを捧げながら。
たゆたう意識の中、浮かぶ情景がある。
『次までにもっと強くなるよ。お前をがっかりさせないくらいには』
『あはは……それが嘘やないって祈ってるわ』
――――嘘やなかったな、元嘘つきちゃん。




