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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
287/325

287.虚飾のワルツ


 イリーガルを作り出した”彼”いわく。

 プレイヤーが強ければ強いほど、与えられる力は逆に弱くなっていく――のだそうだ。


『このゲームの精神の器(アバター)には容量がある』 


『容量?』


『当然と言えば当然かもしれねえが、アバターの強さが現実の自分とかけ離れれば離れるほどプレイヤーの心に負荷がかかるらしい』


 確かにステータスを上げるほどにアバターの挙動は人間の限界を逸脱していく。

 例えば、時々ゲーム内との感覚の違いで転びそうになるなどというユーザーの声も少なくない。

 クルエドロップのように基礎ステータスが高いならなおさらだ。

 その差異をできるだけ小さくするためにこのゲームのアバターは現実の外見をできる限りトレースして作られているという配慮がされている。


  クルエドロップはデバッグのために様々なアバターを使用することがあるが、それは感覚を肉体に合わせる彼女のセンスあってのものだ。


『普通にプレイしてりゃ特に影響はねえ。だけどその枠を越えすぎれば一気に心のバランスが崩れ、ブリッジング――リアルの肉体から電脳に精神を落とし込むシステムに不具合が生じ、強制的にログアウトされるか……最悪廃人だ』


 だからお前にやれる力は大したものじゃねえんだよ、と。

 どうでもよさそうに”彼”は結んだ。

 まあ、そうは言ってもこの男はいざとなれば『越えすぎる』のだろうなと内心で冷ややかな視線を浴びせながら、クルエドロップはへらへらと笑った。


 だから。

 きっとこの男はこの要求を飲むだろうと確信していた。


『なあ、■■■■■くん。うちこういうのが欲しいんやけど――――』







「傷が塞がる……だと……!」 


 スズリの大技が直撃したクルエドロップのHPがみるみる回復していく。

 間違いなく即死級のダメージを与えたはず。

 しかしそんなものは無かったとばかりにクルエドロップは笑う。


「フランちゃんがやってたのを見て思いついて、あの人に貰ったんや」


 フランは門番との戦いでオート発動する回復薬を使用していた。

 あれも相当にバランスを壊す性能をしていたが、それでも制限はあった。

 だがクルエドロップの再生力は常軌を逸している 


「あんなまがいもんの薬やないで。マジの不死身や」


「不死身……」


「うちが貰ったイリーガルは『死に物狂い(プレイアウト)』。死んだ瞬間発動してHPが全回復する……あんたと戦うことを想定して用意してもらったもんや」


 なるほど、と得心がいく。

 運営側はあの門番のように特殊な力を付与されていると聞いた。

 それはクルエドロップも例外ではないということだろう。


 そしてその力が本物であるならば。

 彼女は、無敵だ。


「安心してな? うちの力はそれだけやから。心置きなく楽しもう……なッ!」


 恐ろしく鋭い踏み込みと同時、凶刃が振り下ろされる。

 脳天を狙った軌道――そこに割り込むように浮遊していたスズリの剣の一本が滑り込んでくる。

 直後激しく打ち鳴らす轟音が響き、斬撃が止まる。


「……斬列!」


 目の前で盾の役割を果たす剣の柄を握り叫ぶと、そこへ収束するようにして七本の剣が合わさり、再び蛇腹剣と化す。

 握りしめた剣を力任せに引くと刀身が伸び、鞭のごとき刃がクルエドロップの刀を弾く。

 その重量によって体勢が崩れたところへ、すかさずスズリはスキルを発動する。


「【散華】」


 一瞬スズリの姿がブレたかと思うと、瞬間移動めいた速度で切り抜ける。 

 遅れて背後のクルエドロップからダメージエフェクトが炸裂した。

 

「かはっ……まだや!」


 八刀を束ねた攻撃力を一度に叩き込めば直撃するだけで即死級の火力が出る。

 それを証明するようにクルエドロップのHPはゼロになるが、その直後復活し、何事もなかったかのように刀を振るう。

 その切っ先が円のように動くと、空中に深紅のリングが生み出される。サイレントスキルによって発動した【マガツリンネ】だ。

 リングはひとりでに動き出すと、フリスビーのように空中を滑りスズリを襲う。


「く……っ」 


 間近で放たれた血の輪をとっさに蛇腹剣で受け止める。

 がりがりがり、とまるで丸鋸のように刀身とぶつかり目前で火花をあふれ出させる。

 恐ろしい力だ。初めて戦った時や共闘した時よりもさらなる進化を遂げている。

 単純なステータスも、スキルの練度も段違い。


 しかしスズリもあの時のままではない。

 初戦では勝ったもののミサキの協力あってのことだった。敗北感は拭い去れなかった。

 そして、あのフランのアトリエを賭けた対抗戦。

 スズリが遠因となり、そしてろくな関与ができなかったあの事件はスズリの心に苦い後悔を残していた。

 そんな後悔を振り切るために、スズリもまたひたすらに鍛錬を積んでいたのだ。


「はあっ!」

 

 気合いを込めて振り抜かれた剣がリングを消し飛ばす。

 飛散する赤い飛沫を挟み、スズリとクルエドロップは睨みあう。

 どちらか先に仕掛けるか。先んじた場合どう攻めるか。後手に回ったならどう応じるか。

 いくつものパターンを頭の中で回すクルエドロップに対し、しかしスズリはゆっくりと口を開く。


「お前、本当にこれでいいのか」


 思考が止まった。

 次に落胆した。

 せっかくこんなに楽しい勝負の最中だというのに、この女はなぜ水を差すようなことを口にするのかと。


「何度でも言うたるけど、当たり前やん。まあ強いて言うならあんたら全員と戦ってみたいけど、さすがにそれは贅沢――――」


「なんで嘘をつく」


 遮るようなその言葉に。

 ふつふつと怒りが湧きあがってくるのを感じた。

 

 嘘? 

 ありえない。

 嘘なんてそれこそ自分が一番嫌うことだ。

 だから自らの心に従い、ミサキたちの敵に回ってまで好きに戦っているのだから。

 

「黙れや。なんやねん嘘って……うちが?」


「そうだ」


「は――あははっ!」


 腹を抱えてしまいそうに笑うクルエドロップ。 

 しかしその瞳には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。


「嘘つきちゃんにそんなこと言われるとは思わんかったわ……ならあんたがその被った仮面脱ぎいや」


「――――そうだね」


 空気が変わる。

 スズリの纏っていた鋭い雰囲気が鳴りを潜め、表情までもが変わる。

 これが本来のスズリ。リアルにおける石見万智(いしみまち)の顔だ。


「確かに私はこれまでずっと『スズリ』だったよ。でも、だからこそわかることがある」


 今のスズリなら、一気に攻め込んで倒すことができる。そう思えるほどに隙だらけだった。

 数多の剣を同時に操る無双の剣士はどこにもいない。

 だが、壮絶な殺し合いを望むクルエドロップは、今の彼女に攻撃することを拒んでいた。

 なぜなら、そんなことをしても楽しくないから。


 いや。

 もしかしたら別の理由もあるのかもしれない。

 しかし、今の彼女にそれを自覚する術はない。


「あなたの中には本能と本心がある。でも、殺し合いをしたいって本能が本心を下に敷いて押しつぶそうとしてるんだ」


「――――ほんまに、わかった口を聞いてくれるなァ。なんやの? 本心って」


 その問いにスズリは思わず目を伏せる。

 ただ静かに口の中で、『あなたにもわかってるはずなのに』と呟いた。

 ならば言うほかない。はっきりと。


「クルエドロップ。あなたは……殺し合いなんてせずに私たちの仲間でいたかったんじゃない?」


 スズリの弱々しくも澄み切った瞳は、ひたすらに真っすぐクルエドロップを見つめていた。


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