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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
286/325

286.永劫回帰のステップを


 扉をくぐったスズリを迎えたのは焼き討ちされた村のようなだだっ広いフィールドだった。

 前回の無機質な部屋とはまるで違う。


 見渡すとあちこちに廃墟が――燃え潰れて廃墟と化した家屋のなれの果てが並んでいる。

 そこら中に上がった火の手は未だその勢いを保ち空気を赤く染めていた。

 ゲームの中でも火傷してしまうそうな熱気を錯覚する。


 そんな燃え盛る火の向こうから歩いてくる影があった。


「わーお。嘘つきちゃん……じゃないわ、スズリちゃんやん。君が来たんやな」


 クルエドロップ。

 このゲーム世界でありながら現実と同じ制服を身に纏った刀使いの少女だ。

 その圧倒的な強さとエキセントリックな人間性でミサキたちに敵対したり協力したり自由気ままに振る舞っていたが、今回こうして迎えるということは、敵と見て間違いない。

 

 この部屋の入り口で見た強者を求める文言も、やはり彼女のものだった。

 予想は当たったが、スズリの表情は沈んでいた。


「…………」


「どう? このフィールド。いい感じやろ。ちょっと熱いけど雰囲気出てると思――――」


「お前はミサキやフランの友達だったんじゃないのか。どうして”そっち”にいるんだ」


 まるで友達に自慢の自室を披露するかのような調子をスズリが遮る。

 するとクルエドロップはまるで意に介さず、口元を三日月形に開いていく。

 心の底から楽しそうに。


「ああ、それは簡単な話やな。優先順位や」


「優先順位、だと?」


「うん」


 とん、とん、とクルエドロップの指先が腰に帯びた刀の柄を叩く。


「確かにあの二人とは仲良うしてたよ? うちもあの子らのこと大好きやしな。うちがこんな感じやって知ってても何だかんだ良くしてくれたし……。でも。でもやで」


 クルエドロップは笑っている。

 楽しそうに笑っている。

 しかし、それはどこか諦めを滲ませたような楽しさだった。


「それより……なによりも、うちは強い子と戦いたいんよ。あの高揚を何度でも味わいたい。それはうちにとって何を差し置いても優先される。義理とか仁義とか筋とか、ようわからんしな」


「それでお前はそちら側についたんだな」


「ああ……知らんかったらよかったなあ。このゲームで殺し合いがあんなに楽しいって知らんかったら、あの子らとも普通に仲良うやれたんやろか」


 クルエドロップは本来、運営側の人間だ。

 バイトとは言えデバッガーという立場で開発に深く関わっていた。

 だから彼女が運営の側に立つことはそれほど不自然なことではない。


 しかし、クルエドロップは人並みに友達想いの少女だった。

 事情さえなければミサキたちの味方として戦っていただろう。

 それは彼女が浮かべている寂し気な笑顔からもわかる。


 だが、その事情が――強いプレイヤーと本気で戦えるという条件が、彼女がミサキたちと対立することになった要因だ。

 ミサキたちは、おそらくこの世界で最強と言ってもいいチーム。ならば当然彼女たちと戦う以上の快感を得ることはできない。

 そう思うとクルエドロップの行動はひとつに絞られた。


「ずっとお前のことを考えていたよ」


 ミサキと一緒にクルエドロップと戦ったあの後からずっと。

 『クライムネスト』で一時的に行動を共にしたこともあり、ある程度理解は深まったように思う。

 昔からコミュニケーションに尻込みしていたスズリは、その分人の仕草や行動からその根元にある考えを読み取ることを得意としていた。

 

「……お前は本能の奴隷だ。いや、違うな……お前は自分のことを誰よりも理解している。理解したうえでその行動を取っている。理性が本能と結託しているんだ」


「……よーわかっとるみたいやなあ、えらい知った口聞いてくれて」


「ああ。私もミサキのことは好きなんだ。だから……お前が味方でいてくれていたらと思わずにはいられない」


 クルエドロップはわずかな苛立ちに目を細め、腰に提げた一振りを抜く。

 フラン謹製の刀、《チギリザクロ》。

 かたやスズリは両手に二本、空中に六本、合わせて八本の剣を出現させる。

 スペシャルクラスである『極剣』の力によって複数の剣を操るのがスズリの戦い方だ。


「さ、あの時預けた決着を――今着けよか!」


 目を見開いたクルエドロップが猛然と迫る。

 速い。10メートル以上の距離が瞬きの内に詰められてしまうだろう。

 しかしスズリは動揺することなく鋭く叫ぶ。


「斬列!」


 その言葉に呼応し八本の剣がひとつになり、生まれた蛇腹剣がクルエドロップの繰り出した剣閃を受け止める。

 耳をつんざく金属音と、あたりの廃屋をさらに崩してしまいそうな爆風が巻き起こった。

 つばぜり合う二人の視線が交わる。

 一瞬の静寂の後、激しい打ち合いが始まった。


「えらい重い剣やなあ!」


「……っく……!」


 スズリの振るう蛇腹剣は八本分の重さが備わっており、当然それは普通に扱うことができる代物ではない。

 『極剣』専用のパッシブスキルである【重量緩和・刀剣】によってやっと振るうことができるのだ。

 だがクルエドロップはそれだけの重さを持つ豪剣との打ち合いを成立させている。

 おそらくは驚異的な技術によって。

 ただ刀をぶつけるのではなく、ある程度力を逸らしているのだろう。

 しかしそれは言葉にするほど簡単なことではない。一撃一撃に対して相当に繊細なアバターコントロールと反応速度が要求されるはずだ。


「さあさあ、このままで終わらんよなァ!?」


 クルエドロップは未だ彼女の得意とするサイレントスキルさえも使っていない。

 それは少しでも長く楽しみたいからか。あくまでも楽しそうに笑うその瞳に燃えているのは期待。

 ここからどう逆転してくれる、お前の力を見せてくれ――そんな無邪気な想い。


 つくづく我が儘なやつだ、と舌打ちをしたくなる。

 こちらは必死だというのに――しかし。


「悪いが楽しませるつもりはないぞ!」 


 とん、と。

 スズリは軽いステップを踏むように後ろ脚をずらす。

 それにより軽やかに振り下ろした凶刃から逃れ、行き場を失った刀身は地面に激突する。


「斬解!」


 蛇腹剣がひとりでに分解し、八本の剣に戻ると空中に停止。

 その切っ先をクルエドロップに向ける。

 隙は逃さない。殺し合いに付き合う理由も無い。

 スズリはここに勝ちに来た。


「【星辰八相】!」


 その叫びの直後。

 八本それぞれがまるで引き寄せられるようにクルエドロップへと殺到する。

 

「あああああああっ!!」 


 響き渡る悲鳴。

 幾重もの斬撃音。

 間違いなく直撃した……それを証明するように。


 上がった砂煙が晴れて現れたクルエドロップのアバターは傷だらけだった。


「いったいなあ、もう……」


 ダメージを受けていないところを探す方が難しいような惨状。

 今のでHPがゼロになっていてもおかしくはないダメージを負わせたはずだ。

 即死でなかったのは直線で急所を外したからか。

 どこまでも抜け目がない……が、しかし。


 こんなものか?

 

 そんな疑問がどうしても消えない。

 

「ふ、あはははは、あはははははっ」


 この期に及んで。

 クルエドロップはなおも笑う。

 楽しそうに、楽しそうに。腹でも抱えそうなくらいに。  

 

 とどめを刺そうと踏み出した足を、スズリは逆に一歩下げる。

 確かな恐怖が彼女の身体を戒めていた。


「いやあ……映像は見せてもらってたんやけどね。実際に戦ってみるとやっぱ違うわ……強なったなあ、ほんま」


 ぎらぎらと粘つくような歓喜と殺気が入り混じった目を見開くとクルエドロップの全身の傷がみるみる塞がっていく。

 おそらく削ったHPが回復しているのだろう。


「さっさと終わらそうなんておもんないこと考えんといてや。せっかく本気の本気で戦えるチャンスやねんから――永遠に付き合ってもらうで!」


 クルエドロップは勝ちたいわけではない。

 ただ殺すことができればそれでいいわけでもない。


 彼女がしたいのは血で血を洗う殺し合い。

 ただそれだけだった。


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