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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
285/325

285.1F-2F クライマー


「…………なんだか立場が逆になっちまったな?」 


 その男は、目の前の培養槽に浸かる何者かに向かって語りかける。

 槽を満たす培養液は黒っぽい色で、中にいる者が誰なのかは外部から確認できない。

 

「そろそろ奴らが来るみたいだぜ。楽しみだな」


 その人物はこの上なく愉快そうに喉の奥で笑う。

 だが、その直後顔に貼り付けていたシートを剥がすかのように表情が消える。

 

「……楽しみねえ。この感情もどの程度本物なんだかな」


 その人物は自嘲するように笑う。

 しかしその笑いもどこか作り物めいていて――作り物だということを本人がもっとも理解しているかのような諦めを滲ませていて。

 それでもなお彼は笑う。


「なあ。お前、これで成功したって思うか?」


 培養液に泡が溢れる。

 それは言葉に対し答えたようにも、偶然出ただけのようにも見えた。

 

「求めた結果が”俺”なら……くく、滑稽すぎて泣けてくるな」


 どこかの部屋に笑い声が響く。

 楽しそうに、楽しそうに――乾ききった笑い声が。





 無限にも思える拳撃を喰らった門番が青い破片へと分解され、空中に集まったかと思うと光球へと姿を変える。

 ミサキは思わず手を伸ばしたが、光球は見えない力に引き寄せられるようにして塔の中へと消えた。

 エルダを倒した時と同じだ。そう言えば時折同じような青い光が塔に向かって飛んでいく。

 もしかすると今この世界で死ぬとそういった現象が起きるのかもしれない。

 今のところそれが何を意味しているのかは分からないが……。


「……………………」

 

 やりすぎた、という自覚はある。

 怒りに任せて力任せな戦い方をしてしまった。今回はあまりプレイヤースキルに優れた相手ではなかったこともあり勝つことができたが、次もうまくいくとは限らない。

 

 エルダに感染したマリスをしこたま吸収したのが原因の一端だろうか。

 実際、マリシャスコートを解除した今も精神の汚染を感じている。


「ミサキ……大丈夫?」


 その声に振り返ると、いつの間にか近づいて来ていたフランが心配そうな目で覗き込んでくる。

 あまり見られたい姿ではなかった。ほとんど八つ当たりに近い戦いは見苦しかったはずだ。

 フランの向こうに視線を移すと、ラブリカを始めとした仲間たちが息を呑んでいるのが見えた。


「……うん、だいじょぶだいじょぶ。鍵も持ってきたし、いよいよ塔に突入しよう!」

 

 努めて明るく振る舞うと少しだけ空気が和らぐ。

 心の澱みを押し殺し、ミサキは鍵を扉に当てる。すると扉自体が眩い光を放ち、それ自体が跡形も無く消え去った。

 ぽっかりと開いた入り口は、まるで怪物の大口のごとくミサキたちを迎え入れている。


「よし。行こっか、みんな」 


 呟くミサキの横顔を、フランは何も言わず見つめる。

 大丈夫だと口にした、その張りつめた頬だけが笑顔から浮いていた。





 塔の内部は全体の印象としてはあまり違いはないものの、変化は明らかだった。


「あれっ、ワープゾーン無いですね」 


 ラブリカの言う通り、あれだけずらっと並んでいたワープゾーンがきれいさっぱり取り除かれている。

 その代わりなのか塔の内壁に沿うような形で螺旋階段が設置されていて、おそらく一階の天井……二階部分の床まで続いている。


「あ、あの階段……を登って行けばいいのかな?」


「それ以外無いでしょう」


 疑問を口にしたライラックを冷ややかに諭す姉のリコリス。

 ライラックは委縮したように肩を縮こまらせ、言った本人はそれを見て眉を下げた。


「二人の言う通り、とにかく登ってみよう。ゲームだと最上階にボスがいるって相場が決まってるんだから」


 ミサキの言葉に全員が頷く。

 運営がどれほどの戦力を用意しているのかはわからない。

 先ほどの謝罪会見という名の宣戦布告にいたメンバーが待っているのかもしれないが、門番はあの中にいなかった。

 もしかしたら全く知らない面々が待ち受けているのかもしれない。


 しかし。

 こちらは9人。

 それもこの世界では上澄みと呼べる実力者ばかりだ。

 きっと勝てる。そう信じる。

 こんなことはもう終わらせなければならないと、ミサキは待ち受けるラスボス目指して走り出す。


 

  


 二階にたどり着いたミサキたちを待ち受けていたのは、ぽつんと立ち尽くす扉だった。

 おそるおそる近づいてみると半透明のウィンドウが出現した。


「なになに……『定員1/2 めっちゃ強い子うぇるかむ!』……なんだこれ」


「『うぇるかむ』は流すとして。この定員はダンジョンのものと似ているね」 


 顎に手を当てるカンナギに、ミサキは小さく頷く。

 ガチャを初めとした手段で手に入る鍵を使うことで自動生成されるダンジョンには、一度に挑戦できるプレイヤー数に制限が設けられている。

 それらはちょうど今目の前にある扉のように定員が表示されていて、上限に達すると誰も入れなくなる。

 現在の表示を見ると、最大人数は二人で、今この扉の中には一人だけが存在しているということになるだろう。


「……ねえ、みんなー。こっちの階段進めないみたい」 


 間延びしたルキの呼び声に振り向くと、彼女は妹のフェリと一緒に三階へと続く螺旋階段を確かめているところだった。

 双子は階段の登り口のあたりの空間を手で仕切りに叩いており、そのたび叩いた部分だけハニカム構造のバリアが可視化されている。

 

「見えないバリアがあって階段登れないよ!」


「ってことは……」


 上階への道はその階段しかない。

 つまりバリアを剥がさなければならないということ。

 そしてめぼしい仕掛けはこの扉しかない。


 同じ考えにフランも辿りついたらしく、ミサキに視線を投げて頷く。


「ええ。そういうことでしょうね――誰かがこの扉を通って定員を埋めない限り先に進めない」 


 そしておそらく扉を開ければ運営側の誰かとの戦闘を余儀なくされるのだろう。

 この塔の仕組みが前回のイベント……『クライムネスト』と同じならば、全ての部屋の主を倒すことで最後の扉が開くはずだ。

 やはり全員で挑ませてはくれないらしい。逆に言えばそれだけこちらを脅威と認識しているとも取ることができるが、果たして。


 ミサキが思案する中、カンナギが穏やかに胸に手を当てる。


「強い――というなら僕が適任だろう。ここは任せてもらうよ」


 確かに、とミサキは内心で同意する。

 彼より強いプレイヤーを探す方が難しい。この場にいる人間に絞ってもカンナギに真っ向からぶつかって勝利することは極めて困難だ。以前勝利を収めたミサキやラブリカも、二度目はどうなるかわからない。いや、負ける可能性の方が間違いなく高いだろう。

 それだけカンナギの強さは確かなもので、異を唱えるものはいなかった――ただ一人を除いては。


「待ってくれ」


「スズリ……?」


 巫女のような装束を身に纏った剣士、スズリが歩み出る。

 彼女の視線は扉をまっすぐに捉え、その向こうにいる誰かを見据えていた。


「今回は私に任せてほしい。……相手に心当たりがあるんだ」


 突然の申し出に動揺することなくカンナギは口を開く。


「知ってる相手なら対策できる……ということかな?」


「それもあるが一番は……決着をつけなければならない相手だからだ」


「スズリ、もしかして」


 ミサキは思い至る。

 スズリの知っている相手。

 そしてあの扉の文言。おそらく相手は……。


「そこまで言うなら僕は引こう。他のみんなはどうかな?」


 その呼びかけに異を唱える者は今度こそいなかった。

 カンナギは満足そうに頷く。


「じゃあ……行ってくる」


「スズリ、気を付けてね」


「ありがとう、ミサキ。きっと勝つよ」


 スズリは柔らかく微笑むと扉を開き、光の幕の向こうへ消えた。


 スズリの因縁の相手。

 強者を求めているというその相手は、ミサキの想像通りの人物だろう。

 そんな思考が突然目の前に割り込んできたフランの顔で途切れる。


「顔色が芳しくないわね」


「ちょ、いきなり顔近いのやめて」


「行きましょう。バリアも剥がれたみたいだし」 


 すでに螺旋階段を登り始めている仲間たちを見て、フランの後に続くように歩き始める。

 だが、ミサキの足が止まる。

 振り返り、もう誰一人入れない扉を見つめる。


「…………大丈夫、だよね」


 引かれる後ろ髪を断ち切るように前へ向き直り、少女は再び走り出す。


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