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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
283/325

283.相律コンチェルト


 二つの影が砂浜に落下する。

 

「いだっ!」


 ミサキは何度か転がると手をついて立ち上がる。

 手の届く距離にはまるで死体のように物言わぬエルダが横たわっていた。

 

 渾身の一撃は海魔の要塞を打ち砕き、内に溜め込まれていたエネルギーが大爆発を起こした。

 その直前でミサキはエルダのアバターを引きずり出したのだ。

 爆発から逃れることは叶わずここまで吹き飛ばされてしまったもののとりあえずは無事だ。

 だが、


「まだマリスが残ってる」


 彼女の体内には未だマリスの浸食が色濃い。

 あれだけの力を放出し続け、最後には大爆発までしたというのに。

 どれほどの濃度が彼女の身体を蝕んでいたのだろう。


 このままにはしておけない。

 ミサキは仰向けにしたエルダの手を握ると、マリスを吸収していく。

 マリスとはいわば精神の毒素だ。適応したミサキですら取り込むのにはそれなりの負担がある。

 心がじわじわと穢されていくような感覚。

 同時にエルダの抱いていた感情も流れ込んでくる。

 

 悔しい。

 勝ちたい。 

 ひりひりと焼け付くようなその一心が。


「…………痛いよ、エルダ」


 こんなものはきっとほんの一部。

 彼女が抱いていた痛みはこの程度ではないだろう。

 絶望的な劣等感に焼かれ、差し出された悪意に手を伸ばしたのだろう。


 何度も何度も喉から出そうになった謝罪の言葉をその都度飲み込む。

 謝れば、その時点で終わりだと思った。

 例えエルダが意識を失っている状態で、聞こえていないとしても。

 

 謝るのは自分が許されたいからだ。

 少なくともこの場合に限っては。

 楽になりたい。ただそれだけで頭を垂れようとしている自分に反吐が出る。

 侮辱にしかならないと分かっていて、なお。


 だから今できるのは償いのみ。

 何としてもエルダを助ける。エルダを待つ人の元へ帰す。


「お願い、目を開けて」


 ようやくマリスの吸収が終わる。

 溜まった澱みで吐き気が止まらない。

 しかしこれで――――


「…………ぅ」


「エルダ!」


 エルダの瞼が薄く開く。

 その奥の瞳がわずかに揺れ動くと、ミサキの姿を捉えた。


「しつこいんだよ、どいつもこいつも……何なんだよ、放っておけよ……」 


「放っておけないよ……!」


 見上げるミサキの顔は今にも泣きそうだった。

 悲しげで、しかし同じくらいエルダが目を開けたことがうれしそうで。

 それをまた腹立たしいと思ってしまう。


「お願い、シオちゃんのところに戻ってあげて。わたしのことはいくら憎んでてもいいから、それだけは……」


 こいつはなにを言ってやがるんだ、とエルダは内心で吹き出しそうになる。

 関係ないだろうにここまで必死になるなんて。

 いったいどういう立場だというのか。


 ……言われずともここまで打ちのめされれば気力も尽きる。

 シオにももう一度会わねばと思う。

 だがそれよりも、訂正しないといけないことがあった。


「憎んでなんかいねーよ」


「え…………」


「アタシは……そうだ、ずっと」


 もしかしたら最初からそうだったのかもしれない。

 初めて会った時。ミサキが喧嘩を売ってきたあの日。

 PKの邪魔をする目障りなやつだと思ったのは本当。しかし、もしかしたらこの少女こそが自分を救い出してくれるのではないかとも感じた。

 弱者のために真っすぐ立ち上がることができるミサキのことを、きっとその時から見上げていたのだ。


「お前みたいになりたかった。何にもとらわれず、ただ強さだけを目指してバトルを楽しむお前みたいに」


 憧れていた。

 嫉妬の根幹にはその想いがあった。

 それだけはずっと変わらなかった。

 マイナス感情の源泉になったとしても。


「だから追いかけた。お前の背中は遠くて、近づいたと思ったらまた離れて……置いていかれるような気がして怖かったんだ。一心不乱に走り続けるお前に、一度でいいから振り返って欲しかった。アタシを見て欲しかったんだ……」


 マリスの影響が無くなったからか。

 それとも別の要因か。

 普段なら絶対に口にしないようなこと、自分でも自覚していなかったようなことがあふれ出る。

 

 ミサキはわずかに唇を震わせ、躊躇いながらも口を開く。

 想いは言葉にしなければ伝わらない。


「振り返ってたよ」


 エルダが本当のところはどう思っていたのかミサキには今になってもわからない。

 感情が流れ込んできてもそれはほんの一部だ。想いというものは多面体で、全ての面が合わさってやっと成立する。

 だからミサキにはすべてを理解することはできない。『本音を吐き出している』と宣言したところでそれが真実かどうかは本人にしかわからない。

 だからこそミサキは、自分の想いをはっきりと口にすると決めた。


「いつも追いかけてくるあなたを、ぴったりと背中に張り付くエルダを、わたしはいつも意識してた。エルダだけには負けたくないって思ったから、戦うたびにどんどん強くなるあなたに追い抜かされそうで怖かったから頑張れた。ここまで強くなれた」


 ミサキとエルダの戦いは、ミサキが大幅に勝ち越している。

 しかしミサキは彼女を侮ったことは一瞬も無い。対等の強者だといつも感じていた。

 全力を出し切らねば負ける相手だと理解していた。

 ミサキはただ純粋に強くなりたいと思っていたわけではない。

 その理由の多くを占めていたのはエルダの存在だった。

 エルダが自分に追いつこうと走っていたのなら、それはミサキも同じこと。

 差はほとんど無かったのだ。


「わたしたち、ずっと一緒に走ってたんだよ」


「……お前」


「エルダと戦うのは楽しかった。何を言われてもそれは変わらない。でも……こんな戦い、したくなかったよ」


 零れ落ちたその言葉を受け止めたエルダは深く嘆息した。

 同時に、アバターが淡い光を放ち始める。

 

「っ、エルダ……! 嘘だ、マリスは全部吸い取ったはずなのに……!」


「ハッ、意外にバカだな。……手遅れだよ」


 マリスを吸収しきっても、食い荒らされた心身は癒されない。

 もうエルダはボロボロの状態だった。


「ってわけだ。お前、まだ戦うんだろ。負けんなよ」


「こ、こんな時に限って笑うのやめてよ……!」


 数々の記憶がフラッシュバックする。

 大切な人を目の前でなくした光景が頭の中を駆け巡り呼吸が浅くなっていく。

 そんな時、ミサキの手が強く握りしめられた。


「おい動揺すんな。しっかりしろ」


「だ、だって……」


「仲間が待ってるんだろ? だったら顔上げな」


 その言葉に反して優しい声色にはっとする。

 そうだ。ここで折れるわけにはいかない。

 早くみんなのところへ戻らなければ。


「……きっと全部終わらせるから。目覚めたらシオちゃんが待ってるから――だからエルダも信じて待ってて」


 強い意志を秘めた瞳に見つめられ、エルダは思わず口元を緩ませる。

 こいつは――本当に。


「やっぱりアタシ、お前のこと嫌いだな。……でも、振り回してごめんな」


 意識が遠のいていく。

 いよいよこれで終わりらしい。

 ああ、本当に見苦しいことばかりだった。

 いつも終わってから後悔するんだ。


 完全に視界が白む直前、思考がぐちゃぐちゃにかき回されたのか昔の光景が瞼の裏に蘇る。


 ――――放っておけないよ。


 はは、ミサキみたいなことを言いやがる。

 これはあの時の――”先生”はこの後なんて言ってたんだっけ。


 ――――だって私、教師だもん。生徒のために頑張るのは当然でしょ?


 ……ああ。

 やっと思い出した。

 だからアタシは……教師になろうと思ったんだっけ。

 こんな人になりたいって憧れたから。

 

 あーあ。

 バカみたいだな、アタシ。

 元に戻れたら……また教師らしくなれるかなあ……。






「……………………ばか。なんでエルダが謝るの」


 エルダは消えた。

 ミサキの目の前で。

 

 あとには小さな青い光が残り、塔の方へ飛んで行った。

 そして砂浜には簡素な鍵が埋まっている。

 ミサキはそれを拾い上げるとゆっくりと立ち上がり、光の去った後を見つめる。


「着いて来いって言ってるのかな」


 悲しんでいる暇はない。

 全ては、この戦いが終わってからだ。


 ミサキが勢いよく駆け出すと、あとにはさざ波の音だけが残された。


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