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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
279/325

279.天泣


 抱いてはいけない罪悪感がじりじりと胸を焼く。

 今すぐごめんと謝れたらどれだけ良かっただろう。

 しかし、それはしない。それだけはしない。してはいけない。

 自分が原因だとしても、謝ることが相手を侮辱することになるなんて思ったことも無かった。


 昔から、やれば大抵なんでもできた。

 特に他人を観察しその技術を自らのものとして吸収・昇華するのが抜群に上手かったと思う。

 『効率的な成長の仕方を見つけるのが極めて得意』という類い稀なる才能を、わたしは持っていた。

 しかし上達スピードが速いと周りを置いていってしまう。それでつまらない想いをすることもあったし……誰かを傷つけてしまうことも珍しくは無かった。


 だけど|『アストラル・アリーナ』《このゲーム》は違った。

 初めてのログインでエラーを起こし武器が装備できなくなったことを抜きにしても、簡単に強くなることはできなかった。

 自分より強い人はたくさんいて、同じレベルで競える人はいくらでもいた。

 もっと強くなりたいと前を見て、ひたむきに頑張ることができた。

 

 …………まあ。

 それも全て、言ってしまえば自己満足だったわけだが。


 何度も何度もこの壁にぶつかる。

 何度でも足元から絡みつき、歩みを止める。


 忘れるなと。

 無かったことにはならないと。


 その罪を自覚し続けろと他ならぬ自分自身が叫ぶのだ。

 自己満足は、誰かに影響を及ぼした瞬間から自己満足では済まなくなる。

 わたしの歩んできた道がエルダという人物へと鮮明に表れている。


 彼女をそうさせたのはわたしだ。 

 彼女に誰かを殺させたのはわたしだ。

 わたしが殺した。

 その事実は受け止めなければならない。

 わたしさえいなければ、こうはならなかったのだと。


 だから、何としてでも。

 今ここで――エルダを止めるのはわたしでなければならない。




 いつの間にか空は深紅に染まっていた。

 その色を映す海さえも赤く染まり、まるで地獄の血の池だ、なんてミサキは思う。

 砂浜は沈黙し、ミサキとエルダだけが睨みあっていた。


「――――――――ラァッ!!」 


 先に動いたのはエルダだった。

 左手の大砲を正面に構えると、その砲口から禍々しい光弾を連射する。

 

 耳をつんざく砲撃音。

 直前、ミサキも動いていた。 

 弾道を見極め紙一重で回避しながらエルダへと迫る――だが。

 突如として出現した最後のひとつが躱せない距離まで迫っている。


(前の砲弾の後ろに隠してたんだ……なら!) 


 反射的に握りしめた拳に渦巻く影が纏う。

 

「だあああああっ!!」

 

 ギリギリまで引き付けた砲弾のその真下。

 目視できない速度で放たれたショートアッパーが炸裂し、砲弾を空の彼方へ打ち上げた。

 いつもと戦法は変わらない。近づいて殴る――それがミサキにとっての最善の戦法だ。


 しかしそんなことはエルダも痛いほど身に染みている。

 こいつと近接戦闘だけは避けなければならないと。

 今のミサキはマリシャスコートを装着している状態で、影を使うことで遠距離攻撃も可能だがそれを加味しても至近距離で戦うべきではないと判断した。


 砲弾を凌ぎ、恐ろしい速度で迫らんとするミサキに対し、カトラスを振り上げると勢いよく砂浜へと突き立てる。


「【スプラッシュ・ゲイザー】!」


 ドパッ! と勢いよく水が吹き上げ、ミサキを吹き飛ばす。 

 カトラスを突き刺した部分から間欠泉のごとく水流を生み出したのだ。

 そしてエルダは技後硬直など存在しないかのように動き出す。

 マリスの力がシステムを歪めているのだ。


「くたばりやがれ!!」


 舞い上げられたミサキへと、再び光弾が放たれる。

 ミサキは体勢を崩しながらも影を纏った足で空中を蹴り、閉所を跳ねまわるスーパーボールを思わせる動きでエルダへと迫る。

 

「絶対に負けるわけにはいかない! シオちゃんと約束したんだ!」


 岩のように固く握りしめられた拳とカトラスが激突する。

 空が、海が――空間そのものが大きく揺らぎ、生じたノイズが広範囲へ波及した。

 

 同時にすぐ近くから、ぎり、という奥歯を噛みしめる音が聞こえた。


「……そうか。お前は、アタシからあいつまで奪うのか」


 エルダの浸食された左半身がどくんと脈打つ。

 その禍々しい空気がひときわ大きく膨れ上がったように感じ、呼応するように海までもがざわめき始めた。


「シオまで――奪うのかよッ!」 


 血走った目を見開き吼えると海面がうねり、赤い海水が何匹もの大蛇の形を取ってミサキへと殺到する。

 数はおそらく両手の指で足りる程度。ミサキは鍔ぜりあっていた体勢から素早く飛び退き、大蛇たちを回避する。

 砂浜へと着弾した大蛇の群れはバウンドするように軌道を変え、なおもミサキへと襲い掛かる。


(――――ああ、そうか)


 ミサキはこっそり胸を撫で下ろす。

 やっぱりそうだったのだ。

 それだけが心配だった。……エルダがシオのことをどう思っているか。

 

 マリスに浸食されている彼女は、おそらく感情のリミッターが外れている。

 いつもなら我慢できること、理性で御することができること。

 それらをぐちゃぐちゃになったまま吐き出しているのだ。


 理不尽な叫びではあったけれど。

 きっと今のが彼女の本音だ。

 聞けて良かった。


 …………だけど。


「エルダにそれを言う資格なんてない!」


 どぱん! と大蛇の内の一尾がはじけ飛ぶ。ミサキの拳に貫かれ、ただの水しぶきとなって砂浜へと染み込んでいく。

 

 大切ならば、なにを置いてもその手を離してはいけなかったのだ。

 どれだけしがらみに感じてもそばに居続けなければならなかったのだ。

 一度手放せば二度と戻ってこない。その可能性だって考えなかったわけではなかっただろうに。


 ずきりと胸が痛む。

 そんなエルダの行動も、ミサキが原因となっているのならば。

 こんなことを言う資格は無いのかもしれない。


 しかし――しかし。

 ミサキは一度全てを手放し、何もかもを失いかけた。

 だから叫ばずにはいられない。

 自分が辿るかもしれなかった道を、今歩もうとしている者がいる。

 

 影を纏った漆黒の足を強く踏み込む。

 今すぐにでも走り出す。


「あなたが今一番しなくちゃいけないのは、今すぐシオちゃんのもとに帰ってごめんって謝ることだよ!」


 足元が黒い爆発を起こし、恐ろしいまでの速度でミサキが射出される。

 迫りくる大蛇をことごとく回避し、エルダへ迫る。


「どれだけ惨めでも恥ずかしくても……わたしのことが憎くても……! それだけは捨てちゃダメでしょう……!?」


 目前――目が合った。

 エルダの血走った目が、少しだけ揺らいでいるように見えた。


(――――……!)


 怒りにも似た感情を込めて拳を突き出す。

 同時にエルダの放った剣戟が激突した。

 凄まじい衝撃で、周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。


「今さら戻れるかよ……! 帰りの事なんて考えずにひたすら海に潜ったら、あとは底まで沈むしかねーんだよ!」


「違う!」


 拮抗していた力が、わずかにその均衡を崩し始める。

 じわじわとミサキの拳が押していく。


「それは……違うよ。だって、まだ引き返せる。エルダがいるのはまだ浅瀬だよ。振り返れば海岸が見えるんだ」


 エルダのカトラスにヒビが入る。

 亀裂は見る間に広がり、そして。


 ミサキの拳が刀身を完全に砕くと、エルダの顔面に突き刺さる。


「がっは……!!」


 鈍い音が響いた直後、吹き飛んだエルダは何度も砂浜を転がって止まる。

 殴り飛ばしたミサキは痛む拳を無理やり握りなおす。

 

(ごめんね、みんな。もう少しだけ待ってて)


 遠く、今も戦っている仲間のことを想う。

 これは必要な戦いだ。

 鍵を奪うことだけが目的ではない。

 エルダは、ミサキが前に進むためには避けては通れない壁だった。


「エルダの憎しみも悔しさも、わたしが全部受け止める。だから気が済むまで戦おう」


 拳を構えるミサキを、立ち上がりつつあるエルダは睨み付ける。

 その眼に満ちる感情の光は、本人すらも捉えきれない揺らぎを湛えていた。


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