277.カウンターストップ
運営の居城である黒鉄の塔が空を飛んだ。
信じられない状況だがそれが事実らしかった。
「うそー……」
ゆっくりだが、確実に。
まるで宇宙を目指すロケットのごとくその高度を上げていく。
ミサキたちはその光景を呆然と見守っていた。
「ちょっ……運営の人たち攻略させる気ないんですかねえ!?」
ラブリカの上げた文句に内心で同意する。
頑張ってジャンプすれば届く距離とかでは到底ない。敏捷性に長けたミサキでも不可能だ。
そうしている間にも塔は少しずつ地面との距離を開けていく。
だが、フランはおもむろに機械の箒、《エーテライド・タウズ》を取り出した。
「あたしの箒で飛ぶしかないわね。どう頑張っても一度に二人くらいしか運べないから往復する必要はあるけど」
「さすがフラン。頼りになる」
『――――ここで皆様にお知らせがあります』
割り込むように空から響く声に、思わず顔を上げる。
今度はいったいなんだ――嫌な予感が再び湧き上がってくる。
『目的地と設定されている塔の入り口は現在閉ざされております。開けるには……』
そこまで言った瞬間、塔の壁の一部がぐにゃりと歪み、ちぎれるように一つの個体と化す。
形成されたのはウサギに似た頭部を持つ二足歩行のロボット。
隕石のごとく落下してきたそれはミサキたちの近くに着地すると、恐ろしい速度でわき目もふらずに走り出した。
『今生み出されたロボットが所持している鍵が必要になります』
「なっ……!」
思わずウサギロボの走り去った先へ視線を向けるも、すでに影も形も無くなっていた。
恐ろしい逃げ足だ。
『さらに入り口前の広場には”門番”が待機しており、例え鍵を手に入れたとしても彼を倒さない限りは侵入は不可能になっています』
次々に提示される状況によって、物理的以外の理由でも塔が遠のいていく。
運営はよっぽどクリアさせる気がないらしい。
いや、それなら――目的のためならそもそもこんなイベントを開催する必要も無かったのではないか。
「ミサキ」
思考の海に沈みかけたところをフランが引っ張り上げてくれる。
そうだ、今は考えている場合ではない。
考えろ。この状況、どう立ち回るべきか。
「…………地上で一般プレイヤーを守る翡翠、カーマ、くまさんはこのままみんなを助けに行って。カンナギ、ラブリカ、スズリ、ライラックにリコリス、ルキちゃんとフェリちゃんはフランの箒に乗せてもらって門番を突破。わたしは――――」
振り返り、ウサギロボの去った先を見据える。
追いつけるだろうか。
いや。
追いつくしかない。ミサキこそがこの世界で最速の存在なのだから。
「あのウサギを捕まえる!」
言葉と同時、突風が吹く。
巻き起こしたのはミサキの大地を砕かんばかりのスタートダッシュ。
一歩目からウサギロボに負けず劣らずのスピードに達し、一瞬でその背中は見えなくなった。
「任せたわよミサキ……さあ行きましょう、みんな!」
その声に仲間たちは応え、それぞれの行くべき場所へと走り出す。
塔の入り口の前にはだだっ広い円形の広場が突き出している。外見としてはかなりいびつだが、おそらくは”門番”と戦うために用意されたフィールドなのだろう。
広さはあるものの、柵や壁は用意されていない。吹き飛ばされれば真っ逆さまだろう。
その広場にフランたち八人が到着した途端、耳をつんざくようなノイズが走る。
「なに、これ……!」
思わず耳を塞ぐフランたちの前、大扉の前で景色が歪んでいくと、そこにひとつの人影が現れた。
人型だが、人間とは思えないような体躯だった。
筋骨隆々という言葉が陳腐になってしまうほどの巨体。
腕も脚も胴体も加減を間違えたキャラメイクのようになっていて、丸太のようなという表現でも足りないほど。
さらにアンバランスなことに、その胴体には頭部だけが少年のような童顔が乗っていた。
「来たな、無謀な挑戦者ども」
その声も声変わり前の甲高い少年の声色だ。
これが哀神の言っていたボス用のアバターなのだろうか。
仲間たちを代表してフランが口を開く。
「どきなさい。8対1……勝てる要素は無いと思うけど」
「ぎゃはは! バカか? 運営から『イリーガル』を貰ったこの俺が負けるわけねえだろ」
嘲笑と共に、門番は初めて聞く単語を零す。
イリーガル。それが彼らの持つ力か。
見たところマリスの力は使っていないらしい。イリーガルさえあれば必要はないということだろうか。
「そうだなぁ……そこの弱そうな女! 俺に【インサイト】してステータスを見てみろよ」
門番が指さしたのは大きな棺桶を持つネクロマンサー、ライラック。
侮るような発言に眉をひそめる面々だが、ライラックは視線で制し、【インサイト】を発動し――直後。
ライラックの目が驚愕に見開かれた。
「な……な、なんなの、このステータス……!」
「どうしたの」
傍らのリコリスが顔を覗き込む。
ライラックは視線を外さないままその事実を告げる。
「HPも……攻撃力も防御力も素早さも……ぜんぶカンストしてる……!」
「なに……!?」
リコリスもまた同じように【インサイト】を発動し、目を見張った。
このゲームのステータスはどれだけ特化してもせいぜい500程度で止まる。
さらにそこまで届かせるのにもレベル上げや装備の厳選など多大な労力がかかる上、それほどの効果は得られない。例えば速度に特化したミサキでやっとその領域だ。
しかしこの門番はそんな領域を完全に逸脱していた。
そのステータス、全てが999。全数値がこの場の全員を軽々と凌駕している。
これだけの数値を持っているとなると向こうの攻撃が直撃しようものなら一撃で殺されてしまうし、こちらの攻撃はまともに通らないだろう。
さらに素早さの数値上最高速度はミサキを大幅に凌駕している。
「俺のイリーガルは閾値。数も、技術も、スキルも、クラスも! この俺の前ではゴミ同然だ!」
砲弾のごとく走り出す筋肉の塊が――チートによって積み上げられたステータスの暴力が迫る。




