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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
275/325

275.混然体アステリズム


 なおも地響きがアバターを揺らす。

 この世界でもっとも秩序を湛えていたホームタウン『アニミ・ラティオ』は未曽有の混沌の坩堝と化していた。


 降り注ぐマリスの雨。

 今も地中から伸び続ける黒鉄の塔。

 ログアウトは封じられた。

 そして――その状況から逃れるためにミサキとフランへ敵意を向ける10000人以上のプレイヤーたち。


「なんでこんなことに……っ!」


「ミサキ、動揺してる場合じゃないわ」 


「……わかってるけど……!」


 どこから手を付ければいいのかわからないというのが正直なところだった。

 無数に出現するマリスを倒せばいいのか。

 それともプレイヤーたちへ対処すればいいのか。

 なりふり構わずあの塔を攻略するべきか。


 今は手の届かない屋根の上にいるからある程度安全ではあるが、それもいつまで持つか。

 おそらく数分もせずここにはいられなくなるだろう。

 動揺と混乱で動けない。

 そんな時、ラブリカがミサキの手を握りしめた。


「私は味方ですからね! 何があっても!」 


「ラブリカ……うん、それは言わなくてもわかってたけど」


「ひどくないですか!? もっとありがたみをですねー!」


「うそだよありがと。……助かった」


 ぷんすか怒る桃色の後輩を尻目に、こっそりと息をつく。

 この子がいて良かったと心の底から思った。

 そして同時に、まずやるべきことがわかった。

 

 何をするにしても、仲間が必要だ。


「今からみんなを集める。きっとラブリカみたいに協力してくれる人がいるはず」


「手あたり次第じゃ駄目よ。味方と見せかけて背中から刺されるみたいなことになったら終わりなんだから」


「わかってるよ。……大丈夫、わたし友達はそんなに多くないけど、ここで出会った人たちが沢山いるんだ」


 そうしてミサキはボイスチャットで呼びかける。


 仲良くなった人。

 敵対していた人。

 何度も戦った人。


 深く繋がりを持った人々へと。


「みんな、聞こえる? この世界にいてくれてるかな。わたしの声がもし聞こえてるなら……わたしたちを助けてほしい」 


 





 電脳の海を伝うその声に。

 街中で顔を上げた者たちがいた。


 数多の剣を操る者が。

 ギルドを率いる勇者が。

 盾持つ守護者が。

 氷の魔術師が。

 屍を従えし死霊術師が。

 天使と悪魔の双子が。

 そして死神と狙撃手が。

 

 突然の事態にうろたえていた彼らは、明確な意思を持って街の中心を目指す。




 一端ミサキたちが避難所としたアトリエの扉が勢いよく開かれる。


「――――ミサキさん!」 


「翡翠! さすが、早いね」


「あたしもいるんですけど?」


「カーマも。来てくれてありがとう」


 笑顔の翡翠に対して、カーマはそっぽを向いてしまう。

 素直じゃないなあ、なんて苦笑していると、ミサキたちが避難場所にしている続々と仲間たちが集まってくる。


「ミサキ! 無事か!」「おーいフランさーん! 僕だよ!」「嬢ちゃん大丈夫か!」「……その、私は……」「……お姉ちゃん、だ、大丈夫だと思うよ」「……ミサキちゃん、来たよ」「フランちゃん久しぶり!」


 おそらくマリスに追いかけられてきたのだろう、何人ものプレイヤーがアトリエになだれ込む。

 

 巫女風の衣装が特徴的な複数の剣を同時に使いこなすミサキの友人、スズリ。

 絵本の中から飛び出してきた王子のような雰囲気のカンナギ。

 全身を甲冑で包み込んだ大男、くま。

 所在なさげに氷の杖を握りしめるリコリスに、そばに寄り添うネクロマンサー、ライラック。

 そして赤い天使と青い悪魔のような双子、ルキとフェリ。

 

 これまでミサキが出会ってきた人たちだ。


(シオちゃんは……やっぱりいないか)


 今もこの世界にいるであろうエルダの友人、シオはおそらく現実世界にいるのだろう。

 前に通話した時の様子からして深くショックを受けてしまっていたことを考えると、それでいいとミサキは思う。

 現在の精神状態でこんな状況に置かれたらそれこそパニックになってしまうだろう。


 一気に騒がしくなったアトリエの中、まずはカンナギが代表して口を開く。

 

「外はひどいありさまだよ。マリスはどんどん増えるしプレイヤーたちは血眼になって君たちを探してる。おそらくこの場所にもすぐに勘付くだろう。いつまでもここにはいられない」


 明朗な語り口調に頷く面々。

 やはり猶予はない。すぐにでも動かねばならないだろう。

 

「この街では本来戦闘行為はできないはずだが、いつの間にか解禁されている。まあプレイヤー同士が争う理由は無いはずだから今のところ交戦は起きていないが、フランさんたちを見つければその場で襲い掛かってくるだろう」 


 その言葉に、くまが同意する。

 

「えらいことになっちまったな。よくよく考えると嬢ちゃんたち、今もおれらに殴りかかられるかもしれないってのに信用してくれたんだな」


「そう言われるとちょっと怖いけど……うん、ここにいるみんなのことは信じてるからさ」


 ミサキは誰も彼もを信用するわけではない。

 だからこれまでの交わりから少なくとも裏切るようなことはしないだろうという者に声をかけた。

 

 そもそも運営側の人間が待ち受ける伏魔殿たる謎の塔を攻略するよりも、全員でミサキとフランを仕留めてしまう方がよっぽど確実だ。

 ここに集まったプレイヤーと一人ずつ戦うならミサキも何とか切り抜けることができるかもしれないが、二人以上で敗北は必至、三人ならもうお手上げである。

 そんなことは彼らにもわかっているだろう。だからこそここにこうして集まってくれた時点で信用に値する。


 ざわつくアトリエ内を締めるようにフランが手を叩くと彼女に視線が集まる。


「さて、整理しておきましょうか。まず現在最大の目標は黒鉄の塔の攻略。そのためにはまず中央広場までの道を開かなきゃダメ」


「……そうですね。今もたくさんの人たちがミサキさんたちを探してます」


 翡翠の言葉に、今もアトリエの外を闊歩しているであろう一般プレイヤーのことを全員が想起する。

 響く怒号に悲鳴、マリスに惨殺される人々――この町はもはや無法地帯だ。


 カンナギは暗くなりつつある雰囲気を和らげるように笑い、人差し指を立てる。


「彼らへ対処する役が必要だね。塔を攻略する人たちにはあまり消耗してほしくないから分業で、少人数の強い人に任せたいね」

 

 こうして場を回しているところを見ると曲がりなりにもギルドの長をやっているのだなと思い知らされる。

 ミサキとしては悔しいが、これは自分にはないところだ。

 そんな彼に対抗心を燃やしたわけではないが、おもむろに手を挙げる。


「ミサキさん。どうしたんだい?」


「……ひとつ。できればお願いしたいことがある」


 本当は必要のないことかもしれない。

 何を犠牲にしても今は運営の打倒が先決だ。

 しかし――しかし。


 今は敵視されているとしても。

 この世界にいるプレイヤーたちを見過ごせない。

 俯いていた顔を上げ、カンナギに……いや、全員に向けて口を開く。


「いまマリスに襲われてるたくさんの人も守りたい」


「先輩、それは……」


「わかってる。でも、あの人たちはみんな被害者なんだよ。ただ巻き込まれただけで何にも悪くない、わたしたちを狙ってるのだって助かりたい一心なんだ。だからわたしは、わたしは……」


 声が少しずつしぼんでいく。

 無理なことを言っているのもわかっている。

 それに、マリスからみんなを守るということはマリスと戦わなければならない。


 つまり、運営から配られているであろうマリスの力を使う必要があるということだ。

 本当なら自分がその役を担いたいが、狙われている身でそんなことをすればそれこそ守るべき相手から背中を刺されることになりかねない。

 哀神は安全に調整したものだと言っていたが、それも今となってはどこまで信用できるか。


 ラブリカが心配げな表情でミサキのジャケットの袖をつまむ。

 彼女だって身を案じてくれているのだと痛いほど想いが伝わってくる。

 だが、そんな葛藤を断ち切るような声が上がる。

 

「ならその役目はおれがやろう」 


「くまさん……でも、すごく危ないよ」


「なに言ってんだ。守るならおれが適任だと思うけどな?」


 にかりと笑うくま。

 それはミサキも同意で、反論の余地がない。黙り込んでいると促すようにフランが肩を叩いた。


「任せるしかないんじゃない? そのために呼んだんだから」


「フラン……うん、わかった」


 強く頷くミサキ。その瞳には先ほどまでの迷いはもう見られなかった。

 そうだ。こういう人たちだからこそ、信じたのだ。

 ラブリカはまだ不服そうだったが、諦めたようにため息をついた。


「……わかりました。じゃあまとめましょうか。まずは全員で塔までの道を拓く。そこからくまさんたちが離脱して、一般プレイヤーのみなさんをを守りに入る。残りは塔を目指して到着次第突入、のち攻略……どうですか?」


「ありがとラブリカ。それじゃあみんな――頑張ろう!」


 おお、と複数の掛け声が重なった。

 

 不安はある。

 一寸先どころか何もかも闇まみれで四方八方真っ暗だ。


 しかし、希望はここにある。

 ここにこうして一筋の光がいくつも集まっている。

 ならばきっとどうにでもなると……ミサキは根拠も無く、勇気づけられてしまうのだ。


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