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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
269/325

269.空白の惨劇


 いつものように”あの世界”から帰還する。

 重いゴーグルを外し、ベッドからゆっくりと起き上がる。

 晩冬の空気はいまだ冷たいままで、思わず冷えた鼻の頭を擦る。


「…………ん」


 ぷるぷると頭を振ると、何時間もベッドに横たわっていたことで癖のついた髪がほどけていく。

 ……意識がまだ浮上しきらない。まだ半分夢の中にいるようで――ゲームを終えるといつもこうだ。

 

 記憶はやはりあいまいで、あの世界でしたことがおぼろげだ。

 だけど、なぜだかわけもない幸福感に満ちている。

 しかしそれはどこか作り物めいていて……。どうしてボクはそんなふうに思うんだろう。

 時刻は17時半を回ったところ。夕飯まではまだ時間がある。


 何をして過ごそうか。

 学校の課題はあるが、何となく手を付ける気にはならない。

 そうだ、花凛に連絡でも取ろうか。

 この時間って向こうにいたっけな。

 

 あれ。

 あっちの世界で会ったはず……だよね。どうだっけ……。

 花凛はゲームの中の事、ちゃんと覚えてるって言ってたけどボクはなんか忘れやすいんだよな。他の子もそうなのかな。


 浮かんだ疑問をとりあえず横に置いて無造作に枕元に落ちていたスマホを拾い上げると、ひやりと手の平が驚く。

 

「さむさむ……」 


 思わず肩を縮める。

 『アストラル・アリーナ』を始めてから毎日が充実している気がする。

 花凛と一緒だし友達も増えた。

 これからも長く遊べればいいな。

 そんなことを考えつつ、スマホを操作しようとした時だった。


「林檎! 林檎ー!」


 お母さんの呼び声だ。

 いつもおっとりしてるのに、今日は切羽詰まっている……というかほとんど悲鳴に近い呼び声だった。

 小鍛治林檎(ボク)は顔を上げ、


「どしたのー?」


 がちゃ、と部屋のドアが開く。

 お母さんはあからさまに憔悴したような様子だ。

 少し、胸騒ぎがした。僕は同じ問いをもう一度繰り返す。


「……どうしたの?」

 

「今花凛ちゃんママから連絡があって……花凛ちゃんが――――」 


「…………え」


 ボク……ピオネ(ボク)の手からするりとスマホが滑り落ちる。

 それはフローリングに落ちて、硬い音を立てた。




 

 ここに来るまでの記憶がはっきりしない。

 家を出る支度をしたときも、タクシーに乗ったときも、病院に到着した時も。

 ぴ、ぴ、という電子音が妙に耳障りに感じた。


「――――――――」


 白い病室の白いベッド。

 その上に、ボクの幼馴染は横たわっていた。

 まるで死んだように。


 いつもポニーテールの彼女の髪が下ろされていて、ちょっと大人っぽく見えるな、なんてことを現実逃避気味に考えていた。

 お医者さんと花凛ママの話はあまり耳に入らなかった。

 『アストラル・アリーナ』のプレイ中に接続が切れ、しかしそのまま目を覚まさなかったということだけわかった。

 この病院にも同じ症状で運び込まれた人が他にも数人いるらしい。

 だけど今はどうでもよかった。


「花凛」 


 そばにしゃがみ込んで、手を握りしめる。

 温かかった。だけどボクの手と彼女の手には覆しようのない隔たりがあるように感じられた。

 手に力を込める。ぴくりともしない。


「花凛、おきて」

 

 頬が熱い。

 気が付けばボクは涙を流していて――しかし拭う余裕すらなかった。

 どうしてこんなことに。

 あの世界でいったい何があったんだ。

 そんな問いばかりがぐるぐると頭の中を巡る。


「花凛……」 


 花凛が――ユシーが意識不明になった時、ボクもあの世界にいたはずだ。

 一緒にいなかったのだろうか。一緒にいたとして、何もしなかったのだろうか。


 どうしてボクは何も覚えていないのか。

 それがもどかしくて仕方なかった。


 お医者さんが何か言っている。

 以前にもこんな症例があった、と。

 その時原因となったのはマリスというプログラムだったと。


 話には聞いた。

 ミサキちゃんとフランちゃんが一緒に戦って収束させたあの事件。

 とにかく、あの世界に原因があるのなら。

 ボクにも何かできるかもしれない。


 お母さんがボクを呼ぶのを振り切って病室を出る。

 待ってて、花凛。ボクが絶対君を助けてみせるから。




『とまァこんな感じで――俺の便利な人形ちゃんはまたこっちの世界に来てくれるってわけだ』 

『麗しいねえ、人間の絆ってやつは』 

 




 

 神谷は自室でスマホとにらめっこしていた。

 マリスとその背後にいる真の黒幕を倒すまで戦い続けるという決意は固めた。

 しかしもろもろの前に、できることはすべてやっておきたい。


 以前起こった『マリス・パレード』の黒幕が白瀬だったことを考えると、今回も運営が関与している可能性が高い。

 いや、むしろ運営こそが――元パステーション社こそが本当の敵だったのではないかという疑問が晴れない。


「……どっちでもいい。どっちでも受け止める。裏切られるのには慣れてるし、今さら……今さら……ううん」


 運営が本当の黒幕だなんてやだなあ――と。

 結局はそれが本音だ。

 彼らが怪しいとは思っている。疑う余地はある。

 至極感覚的な判断だが、神谷はそんな自分の直感を信じている。


 全く関与していない、そう言ってくれればどれだけ救われるか。

 しかしそれにはやはり直接確かめねばならない。

 パステーションを吸収合併した会社はかなり遠い場所にあるし、行けたとしても一般人はどれだけ口利きしても入れてもらえないとのことだった。

 最終的にどうにもならなくなったら力ずくで突撃することになるかもしれないが、さすがにそれは避けたい。

 この歳で保護観察処分になるのは御免だ。

 特に保護司である寮長の北条の存在を考えると、そんな手段はとれない。なにがなんでも悲しませたくない人なのだ。


 というわけで現在取れる手段はそう、電話である。

 連絡先から哀神の名前をタップし、通話口から電子音が鳴り響く。


「…………出ないし」


 1分ほどプルルルを聞き続けたが何も起こらず。

 暗転した画面と数秒にらめっこした後、深いため息を落とす。

 落胆か、それとも安堵か。

 両方だな、と判断して次にかける。


「クルエドロップ~……」 


 彼女は運営でデバッグのバイトをしている。

 ということは何かを知っているかも……と期待して通話を掛けてみたものの、やはり空振り。

 どんどん疑念が鎌首をもたげていく。


「もう諦めた方が良さそうかな……」 


 今回の事態には十中八九運営が関与している。

 それがどういった関わりであれ、彼らは何かを知っているのだろう。


 とりあえず今できることはメンテナンス明けを待つしかなさそうだった。


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