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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
267/325

267.柔らかな岐路


 這いずって部屋から出ようとした神谷を園田は悲しみの宿った瞳で見下ろす。


「……沙月さん」


「みどり……! ねえ、今どうなってるかわかる? すごく大変なことになってて……フランがたぶん危ないの、だから……ぐっ」


 胸が詰まり、思わず項垂れ息を吸い込む。

 脳が熱に溶かされていくような感覚。酸素が足りていない。

 息苦しさに喘いでいると背中に柔らかい感触が触れ、園田がさすってくれているのだと分かった。


「とにかく落ち着いてください。ゆっくり吸って……吐いて……」


「はぁ、はぁ……はぁ……」


 嵐のようだった頭の中が少し静寂を取り戻し、呼吸も安定していく。

 ひとりでなくて良かった。もしかしたら熱に浮かされたまま、とんでもないことをしでかしていたかもしれない。


「さっきアカネちゃんと一緒にログインしてきました。すぐに緊急メンテナンスに入ったせいで追い出されちゃいましたけど……」 


「じゃあもしかしてフランに会った?」


 園田は頷く。

 会えた。ならばきっと。


「無事でした。今はとにかく隠れてやり過ごすって」


「そっか……」


 メンテナンス中ならどちらにせよあの世界には行けない。

 不安はあるものの、とりあえずは凌いだと言えるだろうか。


(何が凌いだだよ)


 なにもできなかった。

 ただ負けて、そして運よく助かっただけ。

 ふがいなさで今にも自分を殴りつけてしまいそうだった。


「助けてくれたのは『ユグドラシル』です」


「え、ユスティアたちが?」


 園田は頷く。

 『ユグドラシル』。一度敵対していた彼女たちが、窮地を救ってくれた。

 そのことに驚きと温かさを感じていると、


「ミサキさんを助けてくれたのはリコリスさんとライラックさんに、スズリさんだったそうです。これはアカネちゃんに連絡が来ました」


「そっか、あの子たちが……」 


 あの確執を抱えていた姉妹たちが一緒に助けてくれた。

 あれから関係が変わる何かがあったのだろう。

 

 リコリスはアカネ(カーマ)と戦った少女だ。

 カーマから何かあれば連絡しろとも言われていて、その繋がりだったそうだ。


「フランさんを逃がしてくれたのはユスティアさんだったそうなんですが……」


 そこで園田は一度言葉を切り、言いよどむ。

 何かとても嫌な予感がした。


「……どうしたの」


「やられてしまったそうなんです。その、フランさんを襲った――ピオネという方に」


「…………!」


 ピオネ。

 それは『ユグドラシル』の副リーダー的ポジションだったとミサキは記憶している。

 彼女がフランを襲って? 庇ったユスティアを倒した?

 意味が分からない。まさか彼女もエルダと同じようにマリスに感染していたのだろうか、などと実情を知らないミサキは見当違いの方向に思慮を巡らせる。


「やられて……っていうのは」

 

「おそらくマリスの力によって、です。今回の騒動で何人もの意識不明者が出ていて、その中に……あったそうなんです。リアルのユスティアさんの名前が」


 思わず短パンのポケットを探り、入れっぱなしだったスマホで検索する。

 『アストラル・アリーナ』の名が冠されたいくつものネットニュースの内のひとつをタップする。

 

『世界初のVRMMO『アストラル・アリーナ』のプレイヤー32名が意識不明に』

 

 そんなタイトル。

 内容もそれを説明するもので、『マリス・パレード』の再来だと述べられている。

 運営は緊急メンテナンスに入ったきり沈黙し、音沙汰がないらしい。

 ネットは炎上の大渦で荒れていた。


「どうしてこんなことに……」


 あれだけ必死で戦ったのに。

 終わったはずだったのに。

 また誰かが傷ついた。

 

 もっと強ければこうはならなかったのだろうか。

 違う、と思う。おそらく自分たちは戦い方を間違えていた。わかりやすい黒幕という答えに飛びついて、奥底まで見ることをしなかった。


 やはりあの時マリスに浸食されたエルダに勝てていればユスティアだけは助けられたのかもしれない。

 胸にわだかまる後悔がどんどん膨れ上がる。

 

 落とす視線の先に、ニュースを映し出すスマホが見えた。

 できることはまだある。まずは運営に連絡して、


「もうやめませんか?」


 スマホを掴んだ手が、園田の手に包まれる。

 それは温かく優しい感触だったが、同時に頑なで――懇願しているかのようにも感じられた。

 

「え……」


「私はずっと沙月さんを見てました。最初は楽しそうだったけど……マリスが出てから辛いことばかりでもう見ていられません」


 ぽたり、と手に雫が落ちて思わず顔を上げる。

 園田は泣いていた。

 とめどなく流れる涙は頬を伝い、落ちて二人の手を濡らしていく。

 温かいはずのそれに、神谷は思わず息を呑んだ。

 

「沙月さんは辛い想いいっぱいしてきたじゃないですか。なのにまたこんなことになって……わた、私は、もっと……あなたに楽しくゲームをしてほしかった……!」


「みどり……でも、わたしはマリスに対抗できるんだよ。わたしとフランしかできないんだよ。わたしが戦わないと辛い想いをする人がいっぱいいて、」


「だからなんだって言うんですか!!」


 響く声に、思わず言葉が詰まる。

 普段穏やかな園田のこんな大声は久々に聞いた。

 ここまで感情を剥き出しにするところも、また。


「辛いのは……あなたでしょう……!」


 重ねられた手に力がこもる。

 痛いくらいに握りしめられて、しかし振りほどく気にはなれなかった。


(ずっと抱えて――――……)


 このゲームを始めた当初、園田は言っていた。


『嬉しいです。沙月さんが楽しそうにゲームをしてるの』


 そう言った彼女は心から笑っていた。

 いつもそうだ。園田は神谷のことを第一に考えている。

 そんな彼女のことを、神谷もまた大切に想っていた。


 しかし。

 一番近くにいてくれた彼女のことを自分は傷つけていたのか、と。

 思い知らされた。


「どうしてあなたが戦わなければならないんですか」


 ――――戦いたくない。


「どうしてあなたが傷つかないといけないんですか」


 ――――もう傷つきたくない。


「逃げたっていいじゃないですか……!」


 ――――逃げ出してしまいたい。


(…………ああ) 


 この子は自分の代弁をしてくれているのだな、と思う。

 やっぱりよく見てくれている。


 彼女が言った通りのことを、何度思ったかわからない。

 あの世界の誰にも言ったことは無いけれど。誰にも言えることじゃなかったから。

 諦めたいと何度思ったか。

 

 園田は涙を拭う。

 赤らんだその目は強く強く神谷を捉えて離さない。


「あなたはもう戦わなくていい。あのゲームのことは忘れて、金輪際触れないで。そうすればまた日常が帰ってくるんです」


「……みんなのこと、見捨てろっていうの?」


「そうです」


 園田の瞳は揺らがない。

 他の全てを犠牲にしてでも神谷を守る。

 そんな固い誓いを雄弁に語っていた。


(わたしは…………) 


 そうするべきなのかもしれない。

 確かに自分には戦う力がある。

 しかしそれは戦う理由にはならないのかもしれない。

 

 あの世界の人たちを守りたい。

 それは本心だ。心からそう想っている。

 しかしそのために近くにいる人たちを傷つけていいわけがない。


 それに何より……もう、疲れていた。

 全部投げ出してしまいたいという想いもまた、確かに神谷の中に存在する。

 このまま全てを捨てて、あの世界のことも忘れて、”ミサキ”と言うアバターを完全に脱ぎ去れば――それでおしまい。

 

 だったらそれでいいのかもしれない。


「みどり、わたしは――――」


 薄く唇を開き、園田の手を握り返そうとした瞬間。

 すでに暗くなっていたスマホの画面が点灯する。


「……着信……」


 誰だろうと思わず視線を落とすと、そこには”シオ”と表示されていた。


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