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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
260/325

260.MALICE:ver2.8.0


「「――――界到(かいとう)!」」


 同時に紡がれた起動コードによって二人のアバターに漆黒の外装マリシャスコートが装着される。

 片やピアノの鍵盤のような印象を与えてくるフーデッドジャケット、『シャドウスフィア』。

 片や闇色のイブニングドレス、『エイリアスジョーカー』。


 マリシャスコートは通常の攻撃が通じないマリスを倒すためにフランが作ったものだ。

 この世界(ゲーム)にマリスが蔓延した事件、『マリス・パレード』はミサキたちの懸命な戦いによって黒幕が逮捕され終結した。

 あれからしばらくの間マリスが出ることは無く、平穏が訪れた――はずだったのに。


「なんでまた出てくるんだよ……!」


 以前のマリスとは性質が違うものの、あれはまず間違いなくマリスだ。

 低いうめき声を上げているゾンビのような男性プレイヤーはこちらの様子を窺っている。

 あれを殴ったせいでミサキの腕が浸食された。フランがその腕をとっさに切り落としたことで事なきを得たが、危ないところだった。


 ミサキは『シャドウスフィア』の力で影を操り新たな腕を形成した。

 数か月ぶりに扱うが、衰えてはいないようだ。


「やるわよ、ミサキ」


「……うん!」


 力強い呼びかけに応えてミサキは影の手を握りしめると、いつものように駆け出した。

 大地を蹴り、目にもとまらぬスピードで肉薄すると男の顔面に拳を叩き込んだ。


 当たった。

 マリシャスコートを纏った状態では普通のプレイヤーやモンスターには逆に攻撃が通らなくなる。

 つまり、この男はマリスに感染しているということだ。


 しかし直後に異変があった。

 

「……っ! わたしの腕が……消えて……!?」


 ミサキが形成した影の腕がみるみる削り取られ、その残骸である黒い粒子は空中を流れていく。

 その先を追うと――ミサキの影は今しがたパンチを喰らって倒れた男に吸収されていた。


「こっちの力を吸い取るってわけね。――来るわよ!」


 状況を分析したフランが鋭い声を上げる。

 男は跳ねるように起き上がり、長く伸びた真っ黒な爪を掲げ飛びかかってくる。


 狙われたのはミサキだ。

 ジャンプからの振り下ろしは回避したものの、そのまま何度も爪を振り回して迫ってくる。

 迎撃するのは簡単だ。さっき吸収された腕も改めて形成し直した。

 だが、攻撃すればまた力を与えてしまうのではないかという懸念がミサキの動きを鈍らせる。

 

 さっきまで緩慢だった動きは明らかに素早くなっている。

 まるでミサキの力を我が物としたかのように。

 

「いだっ!」


 男の振るった黒爪がミサキの足を掠める。

 たったそれだけで顔をしかめるほどの痛みが走った。

 このまま反撃できないとジリ貧だ――いったいどうすれば、と考えを巡らせようとした直後。

 

 ざんっ、と小気味いい音と共に男の上半身と下半身が綺麗に分かれた。


「こんなのさっさと仕留めちゃえばいいのよ」


 今しがた男を真っ二つにした流銀の斬撃が飛沫となって消滅する。

 少し呆れたような顔で近づいてくるフランの近くに男の残骸がぼてりと落ちた。


「よ、容赦なーい……」


「当たり前でしょ。やらなきゃやられるんだから」


 こういう倒し方はミサキにはできない。

 相手の外見が人である以上まだ無意識に躊躇いがあったらしい。


 ふう、ととりあえず安堵する。

 影で補ったとはいえ腕が飛ばされたことでかなりHPが削られてしまったが何とか切り抜けることができた。

 これで一件落着――――にはまだ早かった。


 ゆらり、と倒したはずの男が起き上がって、


「フラ…………」


「ぐっ!?」


 背後から突き込まれた男の腕がフランの胸に風穴を空ける。

 先ほど二等分にしたはずが、見れば驚くべきことに完全に再生していた。

 まるで本物のアンデッドのように。


 男は乱暴に腕を引き抜くと、支えを失ったフランが膝をつく。


「フラン!」


「だい、じょうぶよ!」


 振り返りざまに剣を振り抜くも、男は俊敏な動きで下がっている。

 そして大きく腕を広げると、全身から銀色の刃が突き出した。これでまたもやこちらの力を利用されてしまったことになる。

 

 現在、フランは回復アイテムを持ち合わせていない。

 そしてミサキの腕同様肉体の欠損は急激なHPの現象を招く。

 念のためミサキが持っていた《回復アンプル》を二人は身体に突き刺した。これでHPの現象は防げる――が、マリスとの戦いに、実のところHPはそこまで重要ではない。

 これはいわば精神力の削り合いなのだ。


(再生に吸収……こんな能力を持ったマリスが他にもいるとは思いたくないけど)


 感染したプレイヤーには悪いが、これまで戦ってきたマリスと比べればあからさまに雑魚っぽい見た目だ。

 だというのにこの厄介さ。できればもう相手したくないところだが……以前苦戦させられた人型のワラスボのようなマリスも再生・増殖能力を持っていた。

 最悪、これから出てくるであろうマリスはそういった力が標準装備されていることもありうる。

 

 そんな考えを巡らせていると、男が全身の刃を唸らせ飛びかかってくる。

 そのシルエットはまるでハリセンボンだった。


「させない!」 


 その体当たりをフランが長剣で防ぐ。

 間髪入れず、ミサキが右腕の影を大槌状に変化させた。


「直接触りたくない……からっ!」


 鳴り響く凄まじい轟音とともに影の槌は男を吹き飛ばし、びっしりと生えた刃を砕き折る。

 しかし、ミサキは思わず顔をしかめた。


「やっぱまだ立つんだ……」


「もっと強いマリスだけなら他にもいたけど、こいつはある意味最悪ね」


 上から糸で吊られているような不気味な動きで男は立ち上がる。

 今しがた食らった打撃によって抉られた胴体は見る見るうちに再生し、再び刃が生え揃う。

 ミサキは苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、内心では『運が良かった』と考えていた。


(こんなのが街に出てたら最悪だった。偶然わたしたちの前に――――)


 そこで思考が止まる。

 偶然?


(いや、ちょっと待って……都合が良すぎない?)


 思わずフランの方を見ると、頷きを返してくる。

 彼女も同じ考えにたどり着いたようだ。


「マリスに対抗できるあたしたちの前に、新しいマリスが偶然出てくるなんてね」


「運がいいで済ませられないことも無い。だけどこれはさすがに」


「ええ。そこにはきっと意図がある」


 であれば。

 別の意図があるとすれば。

 

 再生。

 倒すのに時間がかかる敵。

 

「まさか時間稼ぎ……!?」


「あたしたちをここに釘付けにして――って!」 


 再び飛びかかってきた男の攻撃を、フランはいなし切り払う。

 油断も隙も無い、と思わず悪態をつく。


「だったら時間をかけてる場合じゃないわね」


「うん。再生する敵は――速攻で消し飛ばすに限る!」


 ミサキの全身から漆黒のオーラが溢れ出す。

 グランドスキルの発動準備が整った証だ。

 序盤に腕が飛ばされたこと、そして戦闘に時間がかかったことが功を奏した。


「一気に行くわよ! 【フロネーシス・ゼロデイ】!」


 フランが振るう剣から放たれた流銀は無数の槍に姿を変える。

 同時にミサキは起動コードを呟き始めた。


「来たれ、寂寞満たす漆黒よ」


 前に突き出した両手に漆黒のエネルギーが集まっていく。

 その隙を埋めるように銀の槍は男へと一斉に襲い掛かり、その全身へ容赦なく突き刺さると地面へ縫い留め動きを封じる。


「決めて、ミサキ」


「――――【ダークマター】!」


 両手から迸る漆黒の奔流。

 それは身動きの取れない男へ襲い掛かると、跡形も無く消し飛ばした。


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