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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
最終章 わたしたちは
259/325

259.再演


 何でも、作ったアイテムだけでなく一生懸命集めた素材まで空っぽになってしまったらしい。

 これで本格的にアトリエが営めなくなってしまった。


「うう……わたしも頑張って集めた素材だったのにぃ……」


「まあまあ、何とかなるわよ。あっ、《サウザン草》! こんなところに生えてるなんて珍しいじゃない」


 フランは木の下に屈むと丈の長い薬草を引きちぎる。

 そんな後ろ姿から視線を外し、ミサキは森林エリアを軽く見渡す。

 背の高い木々がそこかしこに並び立ち、かすかな木漏れ日が湿った土に光を落としている。

 湛える空気はまるで本物の静けさで、現実で暮らしている寮を囲む森を想起させる。あの特有の雰囲気がミサキは好きだった。


「元気だね。けっこうレアな素材とかも無くなっちゃったんでしょ?」


「まあね」 


 フランはなんでもないような顔をして採取した《サウザン草》を懐に入れた。

 その魔女っぽい服の中がどうなっているのかミサキは以前から気になっている。


「だけど素材は使ってこそだから。どれだけ希少価値が高くてもそれ自体には価値は無いの」


「でもそれを使って作れるはずだったアイテムはもうできないじゃん」


「それはそうね。まあ……これはこれで新鮮でいいと思ってるわ」


 フランは物事にあまり頓着しない。

 お金を稼ぐことが目標だとは散々言ってきたしそれなりにケチだとは思うが、究極的には金銭それ自体を必要としているわけではないらしい。

 自分の力でそれを稼いだ事実をこそ重要視しているのだそうだ。


 ゲーマーがハイスコアを狙うのと同じようなものかな、とミサキは解釈している。

 例え意味がなくても達成感は得られるだろう。


「レシピを忘れちゃったのはさすがに困ってるんだけどね。あれって偶然思いつくものだから同じものをもう一度発想するのは難しいのよ……」


「どうすれば発想できるの?」


「うーん、具体的にこうっていうのは無いわね。寝る前に思いつくこともあれば調合中に浮かぶこともあるし、いろいろ。とにかくその時を待つしかないわ」


「じゃあ残ったのはその杖……剣? だけか」


「そうね。あたしのラピスちゃん」


 フランの持っている長杖、《錬金剣ファントムラピス》。

 戦闘時には外装である樫の杖部分がはじけ飛び、内蔵されてある剣が姿を現すようになっている。

 彼女に残ったのは正真正銘これだけ――と言いたいところだが、あとは指輪が残っている。

 今はもう必要なくなった、マリスを倒すための装備。 


「中途半端な強くてニューゲーム……」


「なにか言った?」


「なんでも」


 レシピを忘れたと言っても知識自体は残っているらしい。ミサキが使っているフラン謹製のグローブ、《シリウスネビュラ》については、一からは作れなくても見れば構造が理解できるので炎の補充は可能だそうだ。

 蒼炎を噴射できる強力な装備だが、使えば減ってしまうことからフランのサポートは必須だった。


「……フランってさ。消えてる間どんな感じだったの?」


「何よ藪から棒に」 


「ちょっと気になって。ほら、上手く復活させられたけどわたしもいまいち実感がないというか、どういう理屈なのかほんとのところはわかってないからさ」


 ミサキは嘘をついた。

 彼女が電脳生命体(ティエラ)であるという事実を本人に隠し通すために、フラン視点でどういう状況だったのかを知っておく必要があると考えたのだ。


 フランは立てた人差し指を唇の下に当ててうーんと考え込み、


「それがあたしにもよくわかんないのよね。気づいたら真っ暗な空間にいて――――」


 そう話し始めた時だった。


「「…………っ!?」」


 感じたのはほぼ同時。

 突然空気が痺れるような感覚がして、ミサキたちは身体を硬直させた。

 清浄な雰囲気が、一転して魔の森に変わったかのようだった。


 二人はゆっくりと視線を交わす。

 なにが起ころうとしているのかはまだ分からないが、気を抜いていい状況ではなさそうだ。

 できる限り静かに、かつ自然に戦闘態勢に心持ちを固める。


 静かな森の中、草を踏む足音が響く。

 それが何度か繰り返されたかと思うと、それは木の陰からぬっと顔を出した。

 

「え?」


 それはおそらくプレイヤーだった。

 細身の男性だ。軽装で、腰には剣をぶら下げている。

 しかしミサキが”それ”をプレイヤーと即断することができなかったのは、様子が明らかにおかしかったからだ。

 

 俯き、背中を曲げ、ふらふらと歩く。

 両腕はだらんと垂らされ揺れるのみ。放っておけば転んで立ち上がれなくなるのではないかと思えた。

 ありていに言ってしまえばゾンビのようなその姿は、中に人が入っているとは到底感じられなかったのだ。

 

 無視して進むか、それとも話しかけてみるか――どう対処すればいいのか定まらない中、二人の少女は息を呑んだ。

 彼のその目は全体が完全に真っ黒へと染まっていた。

 そんなどこを見ているのかわからないような目と視線がぶつかる。


 何か、これ以上なくおぞましいものを見てしまっている。

 そんな予感がした、その直後。その男は獣のような唸り声を上げて飛びかかってきた。


「…………ッ!?」


 慌てて後ろに跳び、距離を取るミサキたち。

 やはり、それが人間だとは思えなかった。しかしこのゲームでこんな敵と会ったことはない。

 ゾンビ系の敵は存在するものの、もっと皮膚がぐずぐずに溶けている。こんなに原形を保ってなどいない。


 彼は腰の剣に触れようとすることも無く、長く伸びた爪を使って攻撃してきた。

 まともな理性があるとは思えない。

 しかし彼の頭上に表示されている下向きの矢印マークを見るとやはりプレイヤーのようだ。


「なんだかよくわかんないけど、攻撃してきたってことはやり返されても文句言わないでね!」


 PKに狙われることはたびたびある。

 トップランカーのミサキを倒して箔をつけようという輩は珍しくないからだ。

 普段自分から他プレイヤーに襲い掛かることはしない主義だが、向こうから来た場合は別だ。


 明らかに様子がおかしいが、とりあえず倒してから運営に報告すればいいだろう。

 そう考え、ミサキはそのスピードで持って一気に距離を詰める。

 両腕を上げて防御行動をとろうとしたのが見えたが、遅すぎる。

 その拳が顔面に突き刺さろうとして――――


「待ってミサキ!」


「え……」


 制止の声もまた、間に合わない。

 振るった右拳は見事顔面に直撃した。

 後ろに吹っ飛ぶ男を見ながら、ミサキは違和感を覚えていた。


 今の感触は初めてだった。

 何か、手ごたえが足りないような。硬い地面を殴ったと思ったらそれが泥だったかのような手へのフィードバックの乏しさ。


「ミサキ、その手!」


「え? う――うわああああ!」


 ミサキが男を殴るのに使った右手。

 その先端から黒くにじむように何かが浸食してきていた。

 そしてそれに伴い、手に激痛が走る。思わず膝をつき、左手で右腕を掴む。


「な、なに……これ……っ!」


 苦しんでいる間にもみるみる腕は黒く染まっていく。

 気が付けば二の腕にまで達しようとしていた。


「ミサキ、腕を伸ばして! 早く!」


「……わかった!」


 意を決して右腕をぴんと真横に伸ばした直後、肩口から切り飛ばされる。

 腕はくるくると宙を舞い、空中で青い破片となって消えた。

 あのまま全身に達していたらどうなっていたのだろうか。


「ぐっ……ねえフラン、今のって」


「ええ。あれに似たものをあたしたちは知ってる」


 二人の視線の先でゾンビ男が立ち上がる。

 この現象には覚えがある。以前相対したものとは違うが、明らかに同種。

 ミサキはマフラーに手を掛け、フランは指輪に触れる。


「「――――界到(かいとう)!」」


 終わったはずの『マリス・パレード』は終わっていなかった。

 悪意が形を成したかのような存在が今、目の前に蘇っていた。 


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