257.再会の誓い
目の前で雄たけびを上げる巨竜は、フランの手に負えない強敵だった。
「はあ……はあ……こいつほんっと……!」
服や三角帽のあちこちが無惨に焼けこげている。
あの竜は身体を黒炎でコーティングしていて、触れるどころか触るだけで熱に蝕まれる。
その上単純なサイズの巨大さ、肉体の強靭さでもってフランを叩き潰さんとしていた。
太刀打ちできないとまでは言わない。
しかしこのままでは確実に殴り負けてしまう。
「――――――――!」
咆哮と共に吐き出されたブレスを全力で跳んでかわす――しかしもたらされた熱風がフランの肌を焼き焦がす。
ひりつく痛みにうめき声を上げながら床を転がり立ち上がる。
だが、その膝がかくんと折れた。
(体力がもう……!)
身体に力が残っていない。
疲労と言う名の当然の事態。もうどれだけ戦い続けているかわからない。
見上げた先には巨竜がこちらを睨み下ろしている。
もう諦めるしかないのか。
そう下を向きかけたその時――何かが割れる音がした。
「え?」
ぴし、と。
信じられないことに、巨竜のさらに頭上の空間に亀裂が生じていた。
竜は気づいていない。だがフランが呆けている間にも凄まじい勢いで亀裂は広がっていく。
ばきばきぴきぱりばきばきぱりどかーん!!!!
と。
「うるさっ! なになに何なのいったいこれは――――って」
騒々しい破砕音と同時、空間に開いた穴から何かが飛び降りてくる。
靡く黒髪に、小柄な体躯。
覚えている。
フランは彼女のことを覚えている。
喜色満面でこちらに飛びついてくる彼女のことを、よく覚えている。
「フラーーーーーーーン!!」
「…………ミサキっ!」
彼女にしては珍しく着地をミスし、わたわたと危なっかしくこちらへ走って来て――抱きついた。
ミサキの小さな両手が背中に回り、痛いくらいに抱きしめてくる。
「フラン……! やっと会えた、よかった……!」
「ミサキ、よね? どうしてここに?」
そもそもフラン自身がこの場所がいったい何なのかわからないのだ。
しかしミサキはそんな問いを無視する。
「怖かった、もう会えないんじゃないかと思ってほんとに怖かったんだよ……」
「いやあのね? 嬉しそうで何よりなんだけど説明をしてほしいのよね」
「そんなのどうでもいいよ! またこうして会えただけでわたしは充分だから」
「どうでもはよくないんじゃないかしら!? というかあなたそんなデレデレだったっけ」
フランの主観では消えてからあまり時間が経っておらず、今しがた記憶を完全に取り戻したばかり。
対してミサキはフランが完全に消えてしまうのではないかという恐怖のもとずっと戦ってきたものだから二人の間には相応の温度差があった。
もともとミサキは孤独を嫌う。
大切な人を失うことにも深いトラウマを持っている。
だからこの反応は言ってみれば当然なのだが、フランとしては困惑するばかりだった。
しかしそんな再開を断ち切るように黒い巨竜は咆哮を上げる。
「ミサキ。とりあえずあいつを倒しましょう。そうしないとたぶんあたしはここから出られない」
「…………おっけー。わりと本気で全く状況がわからないけど、それなら簡単だ」
ミサキはメニューサークルを呼び出すと外していた装備を元に戻す。
これで万全。あとはあの竜を打ち倒すだけ。
「行って!」
「おっけー!」
フランが大きく飛び上がると同時、ミサキが猛然と走り出す。
最短で、一直線。握りしめた拳が竜の腹に直撃した。
「――――!」
これでもかとへこんだ腹に、奇妙なうめき声を上げる竜。
その周囲にはすでに斬撃をかたどった流銀がいくつも用意されている。
「【アラトロン・ガンブラー】」
鳴らされる指の音に反応し、流銀の斬撃が一斉に襲い掛かる。
薄く鋭い三日月の群れは容赦なく黒い肌を切り刻んでいく。
そしてその斬撃の嵐の中軽やかに駆け上がる影がひとつ。
フランの流銀を足場にミサキがどんどん高度を稼いでいく。
流れるように流銀をわたり、頂点でひと際高く飛ぶ。
「らああああっ!」
黒竜の直上。
真上から真下に向かって、握りしめた拳が脳天に直撃した。
とてつもない轟音が響く。ふらふらと揺れる首からダメージの大きさは見て取れる。
だが、
「gpgpapfma@fmamap[fa,kaof!!」
竜が咆哮を上げるとその全身から膨大な黒炎が迸る。
巨体を中心に噴き出した炎は全てを焼き尽くさんと荒れ狂う。まるで地獄の業火が嵐と化したかのようだった。
「あちちちち!」
「大丈夫、ミサキ」
「大丈夫じゃないけど大丈夫!」
炎にあおられてフランのそばに着地したミサキは改めて拳を握りなおす。
エルダ戦のダメージはいまだ色濃く残っている。しかもこの空間では何故かマリスとの戦いのように痛みが現実のような鮮明さを持って襲ってくる。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
隣にフランがいる。それだけでなんでもできそうな気がしてくる。
「……なんだか不思議。こうしているのがすっごく懐かしいよ」
「あたしも。ここがあたしの居場所なんだって思えるわ」
吹きつける獄炎を前に二人は笑って頷き合う。
こんな敵くらいどうってことは無い。
二人が揃えばどんな敵だろうと脅威にすらなりはしない。
「「ユニゾンスキル――――」」
炎の中を突っ切って走るミサキとフランに流銀が追従する。
燃え盛る竜の身体を一気に駆け上がった二人はそのまま飛び上がり手を掲げるとそこに流銀が集まり巨大な銀の剣の形を成した。
眼下にはこちらへ火炎を放とうと大口を開く黒竜。
しかしすでに結末は決まっている。
「「【エレクトラム・アゾート】!」」
一瞬だった。
振り下ろされた銀の剣が、瞬きの間に竜を頭から尻尾まで完膚なきまでに一刀両断し、その動きを止める。
身体にヒビが走る。
その隙間から光が溢れ出す。
同時に、この世界そのものが崩れ始める。
「うわわわわ、これ大丈夫なの?」
「……大丈夫。きっとこれで終わりよ」
暗く空虚な世界が崩れ、光に満ちていく。
そのうち眩さに何も見えなくなって――すべてが飲み込まれた。




