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255.ぶれいくするーどっとえぐぜ


 勝負を決する切り札だったグランドスキルは防がれ、ミサキはエルダに首を掴まれ床に押し倒される。

 こうして捕まえられては自慢のスピードも意味がない。まさにまな板の上の鯉だ。

 この状況からは逆転する術がない。そして少なくともグランドスキル後の15秒もの技後硬直がまだ残っている。

 押し倒されていようがいまいがあと少しだけの間ミサキは全く身動きが取れない状態だ。


「うっ……く……!」 


 それでもここで諦めるわけにはいかない。

 全ての道が閉ざされようと、負ければフランは復活しないかもしれない。

 何度でも手を尽くす。しかし哀神が言った通りなら時間はあまり残されていない。

 この世界に霧散したフランはいつ消えるともしれない身だ。

 それが一秒後なのか、一時間後なのか、それとも一日後なのか――それは誰にもわからない。

 少なくともミサキには知る由がない。


 だからこそできることを諦めたくは無かった。


「負けるわけにはいかないのに……!」


「いい加減にしろよ!!」


 降ってきた怒声に頬を殴られたかのような衝撃を受けた。

 しかしエルダの表情に浮かんでいるのは怒りより悲しみや憐憫に近いものだった。

 ぎり、と首を掴む手に力が増し、息が詰まる。


「ちゃんとアタシを見ろよ。腑抜けた戦いなんてするなよ。目を逸らすなよ」


「エルダ…………」


 今すぐにでもとどめを刺せる状況。

 それをかなぐり捨ててまでエルダが訴えているのは『自分を見ろ』というただそれだけだった。

 

「お前がこんなに弱いはずねーだろ。もっといつもみたいにアタシをイラつかせてみろよ」


 エルダの目は真っすぐミサキを捉えていた。

 その瞳には唇を引き結んだ少女が映っている。


「グランドスキルを撃てば勝てるって思ったんだろ。他のこと全部投げ出して勝ちさえすればどうにかなるって思ったんだろ」


「それ、は」


「アタシが発動した【亡霊船長】はどんな攻撃も一度だけ防ぐ幽体バリアを付与するスキルだ。お前の【ビッグバン】は大爆発こそ起こすもののそれは見た目だけ。実際に行われている処理としては拳が当たった対象に大ダメージを与えてるだけだ」


 つまり【ビッグバン】は単発ヒットスキル。

 だから【亡霊船長】でシャットアウトすることができたのだ、と語る。


「いつものお前なら確実に当てられるように相手の体勢を崩してから撃つ。でも今回は違った。何も考えずに発動してた」


 エルダの言う通りだった。

 崖っぷちに立たされたことで焦りに背中を突き飛ばされるようにして発動してしまった。

 失敗した時の多大なリスクには見ないふりをして。……いや、その時は本当に忘れてしまっていたかもしれない。


「……お前がどれだけあの錬金術士が大事なのかは知らねーよ。興味も無い。だけどな、戦ってる最中はそれを追いだすべきだろうが」


「…………」


「本気の本気で、全部出し尽くすような戦いをしないと駄目なんだろ。そうじゃないとあいつも戻って来ないんだろ。それも忘れちまったか?」


 どくん、と。

 アバターにない心臓が脈を打つ感覚が確かにした。

 

 自分は何を見失っていたのだろう。

 焦るばかりで本当に大切なことを取りこぼしていたのかもしれない。

 フランがいなくなってから彼女を取り戻すことばかり考えていた。


 だが、そればかりで目が曇っていたのだろう。

 ミサキがするべきこと。それはまた会いたいと喚くことではなく――――


「アタシは捨てたぞ。お前に勝つために。お前も欲しいものがあるなら全部かなぐり捨てて向かって来いよ」


「――――ありがとう、エルダ」


 口から出たのは感謝。

 一瞬で切り替わった雰囲気にエルダの眉が動く。


「全部エルダの言う通りだ。わたしがしないといけないこと、全部わかったよ……だから!」 


 全力で振り上げた足が空を切る。

 マウントを取っていたエルダはその不意打ちに反応し、跳び退ったのた。

 それでいい。彼女ならこれくらい反応してくれると思っていた。


 ミサキはゆっくりと立ち上がり、自分の敵を見つめる。視界に入れる。

 完全に定まった視線が、エルダを射抜く。


「見せてあげるよ。今のわたしの全力を」


 手で空中に円を描き、メニューサークルを呼び出す。

 そのままいくつかの操作を完了させると、ミサキの装備が次々に外れ消えていく。

 グローブ。ブーツ。ジャケット。そしてマフラー。

 最後に残されたのはショートパンツとインナーのみ。これ以上ないほど身軽な状態だ。


 ここに至っては防御は意味を成さない。

 だから全てをかなぐり捨てて装備重量を極限まで削り、速度に特化する。

 これは以前カンナギと戦った時、彼のグランドスキルに打ち勝つため使った手だ。

 これによりもとから頂点のスピードは全てを置き去りにする領域まで到達した。


(――――いつかグランドスキルが破られる時が来るとは思ってた) 


 思考を一本化したことで脳がクリアになったような気がする。

 マリス関係の騒動が激化する前、ミサキは自身の必殺技であるグランドスキルについて考えていた。

 高速で近づいて殴り大ダメージを与える技。そんなものがいつまでも通用するはずがない、と。


 確かに当たれば必殺。

 しかし外したり防がれたりしてしまえばそこで敗北が確定する。

 そんなスキルに頼りきりにはなれない。


 ……さっきまではそんな簡単なことも忘れていた。

 それほどに追い詰められていたのだと自嘲する。


 言うまでもなくスキルは強力だ。

 通常攻撃をはるかに凌駕する威力に、人間業ではない動作の鋭さに正確さ。

 技後硬直の存在を考慮してなお主力技になりうる。


 しかしミサキにスキルを習得する術はない。

 初ログイン時のエラーによってクラスがなく武器も無いからだ。

 攻撃スキルに関するシステムの外側にミサキはいる。


 だが。

 もしかしたら。


 自力でスキルに匹敵する攻撃動作を作ることができれば――それは新たな技として数えることができるのではないだろうか。


「宣言しとく」


「何をだよ」


 怪訝な表情。

 しかしエルダの口元には薄い笑みが宿っていた。

 宿敵にやっとエンジンが入ったと――そう確信して。


「これから一瞬で勝負は終わる。だから……瞬き禁止ね」


 挑戦的な笑みを浮かべて少女は宣言する。

 完全にして完璧な勝利という名の結末を。


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