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251.イントゥ・ザ・ブルー


 三人の守護者は倒され、最後の扉が開く。

 その報告を受けたミサキは全速力で最上階を目指していた。


 仲間たちの報告を聞く限り、最後の部屋を守っているのは誰か検討がつく。

 だからあとはその人物と戦って勝てばいい――それできっとフランは復活する。

 だからミサキは自分の記憶だけを頼りにひた走る。


「待っててフラン……!」


 だが、彼女は忘れていた。

 自分以外に仲間がもう一人残っていることを。

 そして、自分より先にその人物が最後の部屋にたどり着いてしまう可能性を。


 フランのことで頭がいっぱいだったせいで――忘れていたのだ。





 重厚な鉄扉がゆっくりと開いていく。

 向こうの景色が少しずつ広がっていき、同時に見えない壁を割るようにして部屋へと入る。

 目を引くのは部屋の外周をぐるりと囲むはめ込みガラス。

 そして、扉とは反対に位置している、浮遊する青白いクリスタル。

 その色は1色では無く、下端から二割ほど黄色に染まっていた。まるで中に液体でも溜められているかのように。


 だが、扉を開けた者にとってそれらはさして重要なことではない。

 クリスタルを守るようにして立ちふさがる、最後の敵。

 右手にカトラス。左手に銃。赤い髪を荒っぽくまとめたその女はエルダ。


「…………シオか」


 エルダは気だるそうにカトラスを肩に乗せる。

 少し意外そうな顔だった。

 

 シオと呼ばれた少女は、握りしめた短剣の感触を確かめる。

 イベント参加者の中では最年少。普段からそこまで活発な方ではないが、今は暗い表情で口を噤んでいる。


 ……いや、このイベントが始まってからずっとそうだった。

 ミサキからの全体ボイスチャットも、他のメンバーに合わせて『今は戦っている』ような口ぶりでそれ以降は黙り込んだのだ。


「どうして」


「……………………」


「どうして私を避けるのですか」


 静かな問いかけにエルダは答えない。

 

 このイベントに参加しているメンバーではシオだけが他と違う思惑を潜めていた。

 そもそも彼女はフランと深い関わりがあるわけではなく、そして彼女に強い想いを抱いているわけでもない。

 アトリエの主人とその客。繋がりがあるとすればそれだけだ。それも一度や二度くらい。


「あの事件の後からあなたは……エルダさんは……先生は、ずっと私のことを避けてきたのです」  


「その呼び方をするんじゃねーよ。ここはゲームだぞ」


 花菱織衣(シオ)は小学校教諭である海堂香澄(エルダ)が担当するクラスの生徒だ。

 ひょんなことからリアバレしたエルダだったが、それからリアルでは他の人間に隠した上で友人関係を続けてきた。

 しかし、ゲーム内で距離を置かれたことと同時、リアルでも態度が変わった。

 もとは親しみやすいタイプの教師ではなかったのに、シオ含めた生徒たち全てに対しにこやかに――理想の先生のように接するようになった。 

 問題だったのは、それがシオから見て仮面でしかなかったことだ。

 浮かべている表情は笑顔なのに、圧倒的な隔たりがそこにはあった。


「だったら……! 私の方を見てください!」


 だん! と音が響くほどの強さで地団太を踏む。

 それでもエルダの視線は窓の外に広がる景色を映していた。


「た――立場が分かっているのですか? あなたは弱みを握られているのですよ」

 

 教師と生徒以外にも二人の間には横たわっている関係性がある。

 それは加害者と被害者だ。

 

「……PKギルドのリーダーをしていたあなたは、当時このゲームを始めたばかりだった私を徒党を組んで餌食にしたのです。それも最初は親切な先輩プレイヤーという仮面をかぶって!」


「……………………」


「その事実を学校でばらせばあなたは、」


「好きにしろよ」


「え……」


「勝手にすればいいって言ったんだよ」


 それは二人の大前提を覆す言葉だった。

 エルダはシオに負い目がある。それをばらされたくなければ私と一緒にいろ、遊べ、付き合え――そんなところから関係は再構築された。

 そして紆余曲折の末に今では形骸化し、ただの友人のように付き合っていた。


 だというのに。

 エルダはある時からシオを避けるようになった。

 いや――誰とも関わりを持たなくなってしまったのだ。


「お前ひとりの言い分なんて誰も本気で信じやしねえ。あの時の出来事を残した映像も音声もないはずだ。まあ信じられないまでも言いふらせばアタシの校内での印象は悪くなるかもしれねえが……そんなことはもうどうでもいい。大した問題じゃない」


 そう。

 シオにはわかっていた。

 他言しても毛ほどの意味も無いことを。

 そしてエルダにはわかっていた。

 シオが本気で言いふらす気などないということを。

 

 それでもそんな”脅迫ごっこ”に付き合っていたのは贖罪か、それとも。


「なん、で」


「あ?」


「エルダさんも私を置いていくのですか。お母さんみたいに……どうして」


「…………」


「あの時ですか。私があなたの目の前でマリスに感染した時。あの後、私が回復してこのゲームがサービス再開した時からあなたは私を避けていた。あの時……なにがあったのですか」


「…………なにも無いよ」


 静かな口調だった。

 ともすればエルダではなく、むしろリアルの海堂香澄に近いような、そんな声色で彼女は言う。


「何も無かったんだよ。いや、強いて言うなら自分の空っぽさを思い知った。勇気とか信念とか……そういう強さみたいなものがアタシには欠けていた。それを思い出したんだ」


「エルダさん……」


 不思議だった。

 一緒にいるときはあんなに頼もしい『大人』に見えていた彼女が、今は吹けば飛ぶ薄弱な存在に見えた。

 何かのきっかけで簡単に崩れそうなのに、奇跡的なバランスで立っている。

 エルダを辛うじて支えるものはいったい何なのか、シオにはわからなかった。


「アタシは、今。ずっと抱いていた最初で最後の目標だけを胸にここにいる。このゲームに参加したのだってそのためだ」


 赤髪の女海賊は、ゆっくりと右手のカトラスを構える。

 少しずつ、そのアバターが迫力を増していく。


「そのためにはお前が邪魔だ」


「…………っ」


 その切っ先に思わず息を呑む。

 あの時の恐怖は今も鮮明に覚えている。

 あれ以来自分に向けられることのなかったエルダの刃が、今。

 再び命を狙っていて――しかし。


「……あの時とは違うのです」


 シオはわずかに震える手で短剣を構える。

 視線は真っすぐエルダを捉えて離さない。もう絶対に見失わないように。


「あなたといて……私は少しくらいは強くなったのです!」


「……いいぜ。だったらまた殺してやるよ」


 最初に出会った時と違い、エルダは笑わない。

 目の前の獲物をここで仕留めると――彼女の瞳は語っていた。 


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