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250.ヘル・アンド・ヘブン


 降り注ぐ光の矢。

 その隙間を縫ってフェリが迫る。


「はあっ!」 

 

 がきん、と硬い音が響く。

 ルキは弧の部分が刃になっている弓で振り下ろされたハルバードを受け止めた。

 ここまで双方に傷は無し。双子だからか、それともどちらかが躊躇っているからか。

 この戦いをはたから見るものがいれば、少なくとも表面上は拮抗状態に見えただろう。


 しかし浮かぶ表情には差があった。

 ハルバードを振るう守護者、妹のフェリは張りつめているもののその視線は定まっている。

 だが弓を携えた侵攻者、姉のルキは苦悶の表情で唇を噛みしめていた。


 ルキが焦れたようにハルバードを弾くと、そのまま激しい打ち合いが始まった。


「……どうしたのルキ! 全然集中してないじゃん!」


「…………っ」

 

 神谷いわく。

 このイベントの目的は、フランと深く交流した者たちや強い想いを持つ者を集めて激しい戦いを繰り広げ、感情を強く喚起することによって電脳の存在であるフランを復活――言うなれば再構築するというものである。

 だからフェリの言うように戦いに集中しなければならない。

 ルキはそのためにここに来たのだから。


 だが頭によぎるのは、憧れのフランが人間ではなかったという事実だ。

 ルキはそのことに向き合えていない。

 それに、喧嘩中だった妹とこんな形で会って戦わなければならないことも精神を削る。

 どう向き合えばいいのか未だにわからないのに。


「集中なんてできるわけないもん……!」


 だから、こんな言葉しか吐き出せない。


「なんでさ! ちゃんと戦わないとフランちゃんとまた会えないんだよ!?」


「……わかってる、わかってるけど……」


 怖い。

 好きになったものを好きじゃなくなるのが。

 あれほど熱を上げていたものに、興味を失ってしまうかもしれない自分が怖い。


「フェリちゃんはいいよね、ミサキちゃん推しだもん。けっきょく他人事だからそんな平気でいられるんだよ……!」


 後ろに跳び、何条もの光の矢を放つ。

 レーザーのような軌跡を宙に描く矢は不規則な軌道で飛ぶもハルバードになぎ払われる。


「……他人事じゃないよ」


 フェリはその手に持った凶悪ともいえる武器の頭を床に向けた。

 それを見たルキもまた無意識に、鏡合わせのように身体の力を抜いていた。

 これほどに全身がこわばっていたのだと、その時初めて自覚した。


「知ってるでしょ。私もフランちゃん好きなんだ。また会いたいし、話したいし……戦いたい。だけどそれよりも」


 敵意の欠片もない表情でフェリは柔らかく笑う。

 ああ、そうだ。

 ずっと拒絶していたけど……この子はずっと自分の味方でいてくれていたのだ。

 そんなことは生まれる前から知っていたのに。母親の胎で身を寄せ合っていた時からずっと。 

 

 なぜならそれはルキも同じだったから。

 

「ルキが心配だったんだ」


「――――っ」


「フランちゃんがいなくなって、ずっと落ち込んでて……どうにか元気づけようと頑張ったけど、全部失敗しちゃって……へへ、ごめんね」


「……フェリ、フェリちゃん、ちがうの……私こそ……」


 フェリは目を閉じ、首を横に振る。

 その先は言わなくていい、と。


「覚えてる? 昔お母さんが私のお気に入りのぬいぐるみを間違えて捨てちゃったときがあったでしょ」


「……うん」


 もちろん覚えている。

 フェリが泣くことなんて珍しかったから。


「その時ルキは珍しくすっごく怒ってお母さんに食って掛かったよね。ルキの大声なんてあの時初めて聞いたなあ」


 ――――ぜったいぜったい許さないから!

 ――――ぬいぐるみ(あの子)が戻ってくるまでママとは口きかない!!


「ルキとは双子で……どっちがお姉ちゃんとか妹とかそういう意識はしてなかったけど、あの時思ったんだよね。ああ、この人は私のお姉ちゃんなんだあって」


「……そんなに怒ったっけ、私」


「怒ってたよー。もう角とか生えてたし」


「あはは、それはないでしょ」


「はは……やっと笑ってくれた」


 その言葉に、思わずルキは口元を覆う。

 そう言えばしばらく笑うこともしていなかった。

 フェリと喧嘩してからだ。


「だから私はルキのために頑張ろうって決めたんだ。お姉ちゃんがまたフランちゃんに会えるようにってさ」


「……そっか。そうだったんだ」


 自分はどこまでバカだったのだろう。

 フェリは自分の半身だ。大切な存在だ。

 だったらフェリは当然、自分のことを大切に想ってくれているはずだったのに。

 そんなことは最初からわかっていたはずなのに、いつの間にか自分の事しか見えなくなっていた。

 

 ならば。

 そんな妹のためにできることは――――


「ごめんね、フェリちゃん」

 

 弓に光の矢を番える。

 フェリもほぼ同時にハルバードを構えると青黒いオーラを纏わせた。


(ありがとう)


 この子が姉と慕ってくれるのなら。

 もう少し、頑張ってみようと思った。


「フェリちゃん」 


「なに?」


「これから仲直りの喧嘩をしよう」


「――――いいよ!」


 全部、全部ぶつけよう。

 ぶつけ合おう。

 お互いに向けた気持ちの全部を。


 フェリは飛び上がるとハルバードを逆手に構え、その切っ先をぴたりとルキに向ける。

 ルキもまた、最愛の妹へと弓を引いた。


 まどろっこしいやり取りは必要ない。

 ここに、この一撃に、全てを込める。


「【デモニック・ヘル・ダウン】!」


「【セラフィック・ヘブン・ライズ】!」


 投擲された暗黒の槍と。

 射られた極光の矢が。

 

 ぶつかり、せめぎ合い、そして。






「ああ――負けちゃったかあ」


 倒れているのはフェリだった。

 放たれた光の矢は槍を砕き、そのままフェリの胸に風穴を空けていた。

 

「……これでもお姉ちゃんだからね」


「あっはっは。双子だからどっちが姉とかなくない?」


「今それ言う? 台無しなんだけど」


 悪態をつきあい、二人でくすくすと笑う。

 今までもこれからも仲良しな双子というのは変わらない。

 しかし、少しだけその関係には変化が生まれていた。


 よいしょ、と上体を起こすフェリは淡い光に包まれている。

 もう間もなくこのエリアから外に転送されるのだろう。


「ほら、私の後ろに出たのがオベリスク? ってやつ。あれに触ってないと最上階の扉が開かないからね。……あ、一度離れたら消えちゃうらしいから気を付けて」


「わかった。あとはミサキちゃんたちに任せるよ」


「フランちゃんにも一緒に会いに行こうね」


「……うん。『会えてよかった』って言いたいな」


 ゆっくりと歩き、オベリスクに触れる。

 ぼんやりと光りだしたのを見て、ふと振り返る。


「ねえフェリちゃん」


「なに?」


「また喧嘩しようね」


「うん! それでまた仲直りしよう!」


 じゃあねー、と手を振り消える妹を見送り一息つく。

 フランに会えるその時が、今は待ち遠しかった。

 今ならきっと、胸を張って迎えられるような気がするから。 


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