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248.HASSO-BEAT


 被った仮面は嘘か。

 作った表情は嘘か。

 纏った表皮は嘘か。


 中身を覆い隠すテクスチャーは偽物か。虚飾なのか。

 物事の本質とは何ら関係のない創作物なのか。


 今のスズリなら、それは違うと言えるだろう。


 外見は内面の一番外側という言葉には頷ける。

 服や化粧などの自分を着飾るファクターに、相手によって姿を変えるペルソナも、全ては自分の内側から生まれたものだ。

 ”そうありたい”という願いそのものだ。


 だからこの”スズリ”という顔も間違いなく自分自身。

 この世界を渡っていくための武器にして理想の形。

 それを否定したら、それこそ偽物になってしまう。


 教えてくれたのは……ミサキだ。






 身体(アバター)がほの青く光る。

 新たな力が目覚めようとしている。


「いいわ、来なさいよ」


 あくまでも挑発的にカーマは笑う。

 その視線の向こう――スズリの傍らに、二振りの剣が追加される。

 これまでの六刀と合わせて八振り。

 八刀流だ。


「行くぞ……斬列!」


 スズリが右手の剣を掲げると、そこへ他の全ての剣が集まりひとつになる。

 新たに生まれたのは、極めて目の粗い両刃ノコギリのような刀身を持つ剣だった。


「せっかく増やしたのに一本にしちゃうの? わけわかんないわね」 


「今にわかる!」


 スズリは右から左へと剣を振りぬこうとしている。

 それを見たカーマがまず考えたのは、どう考えても届かないということだった。

 彼我の距離は剣五振り分は離れている。そこから攻撃しようとしても届かないはずなのに――しかもスキルの発動宣言もしていない。斬撃が飛んでくるということも無い。

 だが、カーマは戦闘経験の豊富さから嫌な予感を嗅ぎ取った。


(あの子は強い。そんな子が無駄な攻撃をするわけがない) 


 だからとっさに防御の準備をして――結果から言えばそれは正解だった。

 スズリの剣が、振りぬかれる勢いに合わせてその刀身を伸ばしたのだ。

 左から襲い来る長大な刃の鞭に対し双剣を重ねることで受け止める……はずだった。


「きゃああああっ!」

  

 埃でも払うようにして薙ぎ飛ばされ壁に叩きつけられる。

 圧倒的な威力に混乱しながらもなんとか顔を上げると、伸びた剣が元のサイズに縮んでいくところだった。


「剣八本分の重さと遠心力はまともな防御を不可能にする。立て、ここからが本番だ」


「蛇腹剣ってわけね……! 面白くなってきたじゃない!」


 勢いよく立ち上がったカーマは双剣を一振りの刀に換装させ、猛然と突っ込む。

 対する蛇腹剣が再び唸る。一気に最大リーチまで伸びると部屋全体をカバーするほどの攻撃範囲で叩き潰さんと迫る。


「わかってさえいればッ!」


 向かってくる鞭に対し、カーマは真っ向から受け止めるのではなく――流す。

 蛇腹剣の峰に刀を滑らせるようにして軌道を変え、そのまま一気に距離を詰めていく。


「対応が速い……ならば!」 


 お互いの刃が届く距離に達したところで一瞬にして蛇腹剣は縮み、元の大きさになる。

 刀に伝わっていた力が無くなったことでカーマはわずかに、だが確実にバランスを崩す。


「【散華(さんげ)】!」


「【ハダレ・ディバイド】!」


 斬撃が交差する。

 直後、二人のアバターからダメージエフェクトが噴き出す。

 

(体勢を崩してもこれか……!)


 双方が放ったのは出の速い下級スキル。

 僅かな硬直の後、再び動き出し剣を交わす。


「この距離じゃあその蛇腹も無意味ね」


「どうかな」


 耳をつんざく金属音が連続する。

 すさまじい勢いで撃ち合う剣と刀から発せられる音だ。

 最初は防御一辺倒だったカーマも攻めに転じている。なのに、スズリはそれについて来ている。


(そうか、さっきまでこの子は六刀をいっぺんに使ってた……だから脳のリソースが足りなくて精度が落ちてたんだわ)


 ある程度自動化していると言えども、両手の剣と空中の剣四振りを同時に扱うのはあまりにも難度が高い。

 だから攻撃もある程度雑にならざるを得なかった。

 しかし今は八刀をひとつの剣として振るっている。それによって太刀筋が鋭くなっているのだ。

 それに、


「重い剣ね……!」


 一撃一撃が凄まじい衝撃を伴っている。

 おそらく八刀が合わさっていることから、その重量も合計されているのだろう。


「これは私がこれまで培ってきた力の結晶だ。重いに決まっている……!」 


 啖呵と共に大上段から振り下ろされようとしている蛇腹剣。

 振り上げた勢いで一気に伸び、遠心力と重量が合わさり襲い掛かってくる。


(さすがにこれをそのまま受けるのは無理!)


 どう考えても刀一本では撃ち合うのは分が悪い。

 カーマの武器は全ての斬撃武器に姿を変えられる《パラレルエトランゼ》。

 その能力によって刀から大剣に換装し、広い幅を盾のようにして受けようと画策する。


 直後大鐘のような音が響き渡り、カーマは大きく後ろへ滑っていく。


「……ッ! 防いだのにダメージ!」


 それは受けきれなかったことを意味している。

 考えてみればそれも当然だ。重さだけでなく、八刀分の攻撃力が集約しているのだから防具の類でなければ受け止めきれる道理がない。


 そして当然、離れたら蛇腹剣の距離だ。

 再び鞭のように伸びた連なる刃がカーマを襲う。


「いい加減、そろそろ対処できるわよ!」


 大剣を槍に換装すると、その柄を使って蛇腹剣の側面を滑らせ軌道を逸らす。

 先ほども使った対策だ。


「同じ戦法がいつまでも通じるとでも――――」


「もちろん思ってなどいない。斬解!」


 その声に応え蛇腹剣が一瞬にして分離し、空中でくるくると回転する。

 対してかかっていた重みが一瞬で消えたカーマは、当然バランスを崩し――そこへ、八刀それぞれが切っ先を向ける。


「【星辰八相】!」

 

 八刀が全方位から一斉にカーマを襲う。

 回避は不可能。だが、


「【ハリケーン・ディバイド】!」


 迸る竜巻がそのすべてを弾き飛ばす。

 大剣による回転斬り。それによって生じる竜巻はどこからの攻撃にも対処できる。


「だけど……!」

 

「そう、技後硬直だ!」 


 強力な技であるがゆえに数瞬動きが封じられる。

 同時に弾かれた八刀は、迫るスズリの手元へと集まり、一つになる。

 刀身が青く光り、八つの残像が生まれる。

 いや、それらは幻影であって同時に実像でもある。重なり合って存在する八刀がひときわ強く輝いた。


「――――やるじゃない」


「【八尺瓊叢雲(やさかにのむらくも)】」


 八重の突きがカーマの胴を貫く。

 極大威力の一撃は、残ったHPを一瞬で削りきった。




「あーー…………負けちゃった」


 仰向けに倒れ、ぼんやりと天井を見上げるカーマはそう呟いた。


「……お前、大鎌を使うんじゃなかったか」


「ん? ……使うつもりだったんだけどね。その前にやられちゃったら意味ないわ。ああ、手加減したなんて思わないでね。それも実力のうちだから」


 そんな補足をしつつ、後ろを――倒れているのでつむじの先だ――指さすと、そこの床から小さなオベリスクがせり上がってきた。

 

「あれに触れてる間最上階の扉の仕掛けが作動するわ。残念だけどあんたはここで待機ね」


「わかった」 


「あと……あいつのこと悪く言ってごめんね」


 スズリは思わず目を見開く。


「本気の本気で戦ってもらわないとダメだから、ちょっと挑発しちゃった」


「その割に、君はそこまで本気じゃなかったように見えるが。今も余裕だ」


「そんなことないわよ。あたしって手加減とかできないの。死ぬ気で戦わないといけない環境にいたからね……」


 そう零したカーマの身体が青く光り始める。

 HPがゼロになったことでこのエリアから追い出されるのだろう。


「あいつ、意外とメンタル弱いから。あたしがいつも見ててやれるわけじゃないし……その時はよろしくね」


「任せろ。ミサキは私の友達だからな」


 満足げに頷き消えるカーマを見送ると、スズリはオベリスクに背中を預けて座る。

 するとオベリスクはほのかに赤く輝き始める。


「ミサキは今頃どうしてるだろう。迷ってないといいが……」


 スズリはゆっくりと天井を見上げ、友人に想いを馳せるのだった。


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