247.剣と剣と、そして
どこかにいるチームベータのメンバー目指してミサキが塔の内部を彷徨っている時だった。
「へー、カンナギ倒したんだ。……えっ!? カンナギ倒したの!!??」
倒した本人からのボイスチャットで思わずすっ転びそうになる。
あのラブリカがカンナギを倒した。
「えーめっちゃすごいじゃん! すごいすごい! 強くなったねえラブリカ!」
『え、えへへ……』
「今度どうやって倒したのか教えてね」
『それは、はい。あと先輩の言っていた扉の仕掛けなんですけど……』
いわく、塔のどこかにいる守護者を倒すと出現するオベリスクに触れると最後の扉の仕掛けが作動するようだ。
触れている間しか作動しないので、ラブリカはもうその場から動けないらしい。
ミサキが見た扉には三つのガラス玉のようなものがはまっていた。
チームベータの人数を考えると、おそらくそれらに対応する守護者が一人ずつどこかで待ち受けているのだろう。
ラブリカがカンナギを倒したことで残りは二つ。
そして最後の扉の向こうにある最終目的のクリスタルを、誰かが守っているのだろう。
「ありがとうラブリカ。わたしもなんとかベータの人見つけて倒すよ」
『はい。……絶対フランさんとまた会いましょうね』
「もちろん。二人でいろいろ文句言ってやろう」
そう残して通話を切る。
後輩が、あのカンナギを倒した。
それはミサキに並々ならぬ衝撃を与えた。
「すごいな」
それはネガティブなものではない。
むしろミサキの表情はほころんでいた。
「すごいな……!」
自分があれだけ苦戦したカンナギを越えた。
どう戦ったのだろう。フランからもらった新しい武器が関係しているのだろうか。
あのグランドスキルを一体どうやって破ったのか――と。
身体の芯から湧き上がる好奇心が抑えきれずに溢れそうだった。
いろいろ片付いたら一度タイマンしてもらおう。
そんな決心を固める。
「わたしも頑張るぞ! おー!」
ひとりで孤独に拳を突き上げ、ミサキは長い廊下を駆け抜けていく。
時間は戻り、塔内のとある部屋。
ラブリカとカンナギが戦ったのとそっくりなドーム型の部屋で二人の少女が戦っていた。
「硬い……ッ!」
「そんな手数じゃぜんっぜん足りないわよ!」
マシンガンのフルオート射撃音じみた密度で金属のぶつかる音が鳴り響き渡る。
片方は双剣を始め数々の斬撃武器を自在に操るカーマ。
そしてもう片方は両手に二振り、そして空中に四振り、合計六振りの剣で攻勢をかけるスズリ。
スズリが繰り出す恐ろしい密度の斬撃がことごとく阻まれ続けていた。
剣の数なら6と2。三倍もの差があるはずなのに。
六本の剣を同時に操るのが相応に難易度が高いというのは理由としてあるかもしれない。
人間の脳はひとつしかない。浮遊する四本は基本的に手に持った二本に追従する形で運用することになる。
よってどうしても大味な攻撃にはなるのだが、そのカラクリをいち早く見抜き対処しているカーマには舌を巻くしかない。
守護者であるカーマを倒す。
それが今のスズリに課せられた使命だ。
「これでどうだ!」
「甘い!」
四方向から襲い掛かる剣戟を、カーマは正確に打ち払う。
今は攻め続けられているが、この防御を崩せるビジョンが全く浮かばない。
圧倒的なプレイヤーの実力差。それが二人の間に横たわっていた。
スズリも決して弱くはない。
今月のランキングは9位。それだけではなく毎月一桁には入っている。
六刀から繰り出される斬撃の嵐は、それだけで驚異だ。
なのにカーマはそのことごとくを洗練された動作で捌き切る。
(スキルを使えば押し切れるかもしれない。だが……)
もし防がれたら。
技後硬直で無防備になった身体を切り刻まれるだけだ。
攻めきるために強力なスキルを使用すればそれだけ隙は大きくなる。
ならばこの戦闘にスキルは極力使わない方が得策だ。
命中を確信できるとき。とどめの瞬間。そんな状況でなければ放つべきではない。
「あなた、あいつの友達よね?」
「あいつって……」
「あのちびっ子」
ああ、と思い至る。
スズリの狭い交友範囲だとその形容にはミサキ以外該当しない。
「普段どんな感じでいるの、あいつ」
「どんな感じと言われても、なッ!」
再び剣を四方向から振り下ろすと、カーマの双剣がぶれ、一息に弾き飛ばされる。
会話しながらでも隙が無い。
とん、とバックステップで距離を取る。
らちが明かないなら仕切りなおすべきだ。
「……まあ、世話になっていると言うべきだろうな。いろいろと迷惑もかけたし」
「世話になってる? ぷはっ、あはははは! あいつがねえ……」
楽しそうな、しかし明らかな嘲りを含んだ笑い声。
それを目の当たりにしたスズリはぴくりと眉をひそめた。
そんな感情の揺らぎを知ってか知らずか腹を抱えるカーマはなおも続ける。
「あいつ、誰かがそばにいないと何にもできない子よ? だからあいつがあんたのために何かしたって言うなら……それは自分のため。自分がひとりにならないために弱ったやつに優しくして手なずけてるってわけ」
「……………………」
「自分より弱そうなやつにしか優しくできないのよね。そうやって優越感を得て自分を慰めてるのよ」
「黙れ」
それ以上は言わせない。
頭に血が上っていることを自覚する。
全身の血液が沸騰し、身体中を駆け巡っている様を想起した。
「私の友達を侮辱するな」
スズリは以前自身のアイデンティティについて悩んでいた。
リアルでは引っ込み思案をこじらせてまともに話せず、このゲームの世界なら変われるのではないかと意気込んだものの、やはり生来の性格を変えることはできなかった。
そんな彼女が考えたのが、毅然とした剣士である”スズリ”という仮面を被ることだった。
”スズリ”のおかげである程度なら人と会話できるようになったし、人前で戦うのも苦ではなくなった。
だが。
『戦ってる間はいいの。でも終わった後……全部が嫌になる。こんなの私じゃないって、嘘だって。バトルを見に来てくれてる人たちを騙してるみたいで……』
自分は嘘をつき続けている――そんな罪悪感に苛まれるようになった。
それをミサキに打ち明けた時、彼女はこう言った。
『……わたしはそうじゃないって思うな。だって”あのスズリ”はさ、スズリ自身が作ったものでしょ。こうありたい、こう見られたいって思ったからできた理想なんだよね。たとえそれが恥ずかしさを隠すためのものでも』
『だったらそれもスズリだよ。きみ自身なんだよ。嘘なんかじゃないって、わたしは思うよ』
それで自分を肯定できるようになった。
”スズリ”という仮面を愛せるようになったのだ。
それだけではない。
何度も何度も彼女は自分を助けてくれた。
いつだって彼女は優しかった。それだけは変わらない。
「ミサキはそんな奴じゃない。それに、もしお前の言葉が正しいんだとしても――彼女が自分のために行動していたのだとしても」
二度、問われたことがある。
『スズリはどうしたいの。どうなりたいの』
一度目は答えられず、二度目は胸を張って答えた。
そして今抱く答えはその時とは違う。
「どんな意図だったとしても、私があの子に救われたことに変わりはない」
ミサキの隣に並びたてる――そんな強い自分になりたいと、心の底から願っている。




