246.雷光に泣いて花咲くトリカブト
ラブリカ対カンナギ。
双方のHPはすでに残り少なく、そう長引くことは無いだろう。
「沈黙も解除されたみたいだね。さあ……まだやるかい?」
「あなたを負かすまでは!」
啖呵を切るラブリカだったが二人の間には遥かな差が横たわっていた。
ほとんど技を出し尽くしてしまったラブリカ。
対してまだ底が見えないカンナギ。
(…………たぶん一度見せたスキルはもう通用しない)
以前のクラス、《マジカルマギカ》と比べてスキルの種類も豊富になった上に決定力も得た。
実力的には完全に上位層へと足を踏み入れているだろう。
だが、それでもカンナギには届かない。影くらいは踏めていると信じたいが……あの男はずっと余裕を崩さない。
上には上がいる――そんな月並みなワードを身をもって知ることになるとは。
「【ブリッツ・シュラーク】」
カンナギがそう呟くと、一瞬にして姿が消える。
瞬間、とっさに作り出した樹木の盾と凄まじい電光が頭上で衝突した。
「ううっ……」
ガードされたことで軌道が逸れ、ラブリカのそばへと剣の切っ先が着弾する。
その持ち主、カンナギの瞳がラブリカを射抜く。
「驚いたな。これを初見で防ぐか」
「初見じゃないですからっ!」
ラブリカは以前ミサキとカンナギの試合を観戦したことがある。
その時このスキルも目の当たりにしている。
【ブリッツ・シュラーク】。瞬時に敵の真上へ瞬間移動し、そこから落雷のような突きを繰り出す技だ。
カンナギの言う通り、初見殺しの側面が強い技だ。実際あらかじめ知っていなければ貫かれていただろう。
瞬間移動までは一瞬だが、突きの発生までが遅い。そして攻撃が終わった今この瞬間、彼は技後硬直で無防備な姿を晒している。
「うかつでしたね!」
ステッキを振るうと三本の樹木がラブリカのそばから生成され、鞭のようにしなるとカンナギを打ち据えようとする。
だが――雷光が迸る。
雷の斬撃が、全ての樹木を一太刀のもとに切って捨てた。
「な……!」
「まず教えておいてあげよう。【ブリッツ・シュラーク】は硬直が短い。そして……君の技はまず植物を生成しなければならない以上、攻撃判定が発生するまでが遅い!」
カンナギの発動したのは【サンダーブレード】。
雷の剣でラブリカの樹木がたやすく伐採され、焦げ付いた残骸を掻き分けるようにして強く一歩を踏み出して、見た。
ラブリカの表情が驚愕から笑みに切り替わるのを。
「わかってますよ、そんなこと――【イェソド・バンクシア】」
カンナギのまさに鼻先に、頭部と同程度の種が出現する。
一瞬の思考の空白。勇者が目の前の状況に対処する前に、その巨大な種は大爆発を起こす。
音。振動。そして爆風で吹き飛ぶカンナギ。
それに伴い、あたりには青い粉末が漂っている。
「く……これは……」
カンナギが自身のHPバーを確認すると、そこには攻撃と防御ダウンのアイコンが表示されていた。
ダメージ自体はさほどでもないが、爆風の強さとデバフが今のスキルの能力か、と理解する。
「さっき私があえてスキルを使わなかったのはこのためです。硬直が短い? そんなことくらい知ってますよ」
隙ができたと相手を勘違いさせ、カウンターを決める。それができたのは対カンナギの知識ゆえだ。
どれだけあの試合を見たと思っている。
ミサキの試合は――それこそ重要なものは何度も繰り返し視聴しているのだ。
「……どうやら君を侮っていたらしい。非礼を詫びよう――そして」
カンナギが剣を構える。するとその刀身が、これまでをはるかに凌駕する雷を纏う。
さっきまでの攻撃が全て遊びに見えるような輝きだった。
「君には『勇者』の全力をお見せしよう」
燐光を放つ剣を中心に、この部屋全体が震えている。
今にも解き放たれそうな、途方もない威力。
ラブリカはあれを知っている。圧倒的な力で押し切るためのスキルをあの男は放とうとしている。
「ならばこちらも――【マルクト・ディオネア】」
ラブリカはゆっくりとステッキを掲げる。
すると、
「な……なんだこれは……!」
景色が一変していた。
機械仕掛けの部屋から、一面の花畑へ。
幻想的とも言えるその鮮やかさに、雷を携える勇者はあっけにとられる。
「ゾーンスキルと言うやつらしいです。自分に力を与える有利なフィールドに書き換える効果と……」
ラブリカのステッキの先端から、ピンク色の光が迸り刀身を形作った。
ステッキが柄とした、大ぶりな剣が出現した。
剣と剣。お互いに最大火力に近い。
「この剣を生み出します」
「いいだろう! ならばこの一撃を受けろ――【セイクリッド・ブラスター】!」
「負けません!」
片や強大な雷。
片やピンクの閃光。
二つの輝きが激突する。
「はああああっ!」
「く……う……ぐううううっ」
お互いの力は驚くべきことに拮抗していた。
通常なら押し切られていたはずだが――今のラブリカは有利なフィールドに書き換えることで力をブーストし、瞬間的にカンナギのスキルと比肩するほどに自身を引き上げている。
だがあくまでそれは互角の域を越えない。
(まだ……足りないの……ッ!)
ぶつかり合う閃光は少しずつ膨れ上がっていく。
加速度的にまばゆさを増し、臨界点に達した時――大爆発を起こした。
「ぐあっ!」
「うああああああっ!」
巻き起こる爆風が二人を吹き飛ばす。
同時に広がっていた花畑は霧散し、元の部屋の景色に戻った。
お互いのHPは今の攻防でほとんど減っていない。
ラブリカの使えるスキルもほぼ弾切れ。
だが、
「さあ、これでとどめだ」
カンナギの全身から黄金の光が迸る。
髪が逆立つほどの勢いでオーラが噴き上がり、その力の強大さをありありと表していた。
「グランドスキル……」
「ご名答。これから僕が放つのは必中必殺の七条の雷。ミサキさんならともかく、これから逃れられると思わないことだ」
知っている。
そのスキルは、ミサキが奇想天外な方法で破った技だ。
あのミサキが正攻法で破れなかったほどの技だ。
防ぐことも躱すことも現実的ではない。
絶対に命中し、その圧倒的な威力でどんな相手も瞬殺する。
グランドの名を冠するにふさわしいスキル。
「…………あなたこそ。まさか『それさえ使えば勝てる』なんて思ってないでしょうね」
「……ははっ! いいね、なら見せてあげるよ!」
剣を床に突き刺し、右手を掲げると強烈な雷がその手に落ちる。
凝縮された電撃は、今にも爆発しそうに燐光を放っている。
「ステロペス。アルゲス。ブロンテス――――」
起動コードを唱え始めたカンナギを前に、ラブリカは笑う。
「残念ですが勝つのはこの私です。『アインソフマギカ』……その奥の手! 【トリフィオローズ・ダアト】!」
その声に呼応し、ラブリカの傍らに巨大な三つ首のドラゴンが出現する。
この武器の元になった『スカイブルーム』と同じく、その肉体は全て植物で形成されている。
おそらくこれが最強のスキル。そう悟ったカンナギもまた笑みを浮かべた。
「――――放たれるは絶命の雷。撃ち抜け、【ケラウノス】!」
突き出した右手から七色七条の雷がまっすぐに駆ける。
同時に、ドラゴンの三つ首はその口腔から毒々しいブレスを吐き出した。
「その程度で! グランドスキルを打ち破れるとでも思っていたのか!」
カンナギの言葉の通り、ブレスはどんどん押されていく。
むしろ良く持ちこたえていると言ったところだが――もう10秒持てばいいほうだろう。
だが、ラブリカは挑戦的な笑みを崩さない。
「…………ずっとあなたに勝つ方法を考えていました」
「何……?」
この場で出会ってから、『この男には勝てない』という確信があった。
強くなった今の自分でも到底敵わないだろうと。
それは強くなったからこそ正しく力量差を感じ取ることができるということだが、事実は変わらない。
だが、弱いイコール絶対に負けるということでもないはずだ。
そうラブリカは考えた。
「相手に勝つ方法は、何も殴り勝つだけじゃないんですよ」
だから。
戦闘が始まったときから、『それ』だけを狙っていた。
予想外のことはいくつもあったが、計画が破綻するには至らず。
そして、今。
「私は、ただ時間を稼ぐことに終始した」
露骨すぎないように。
あくまでも普通に、全力で戦っていると見せかける。
「何を言って……」
「忘れてませんか? あなたの身体は蝕まれている」
「……っ! まさか!」
「そう、毒ですよ」
カンナギが大きく目を見開き、次に自身のHPバーを注視した。
そこには永続の猛毒アイコンが表示されている。戦闘が始まってすぐ、【ケテル・ドロセーラ】によって散布された花粉で付与されたものだ。
勇者の耐毒パッシブでダメージ自体は大きく軽減されている。しかし、それはゼロになるという意味ではない。
少しずつ、少しずつ、歩くような速さで毒は彼の身体を蝕んでいた。
「まさかこんな……!」
「あなたが冷静じゃなくて助かりました。私を倒すことだけに集中していたんですよね? でも私はずっと時間と戦ってたんです」
緑色のバーはもう見る影も無く細くなり、そして……もはや残らない。
長い時間をかけて減り続けていたカンナギのHPが、ついに削り尽くされた。
同時に必殺の雷――【ケラウノス】も消滅しカンナギは膝をつく。
「僕は……負けたのか」
信じられないと言った表情だった。
それも無理はない。こんな方法でグランドスキルが破られるなど、夢にも思っていなかったのだから。
「……ダメだな、僕は。フランさんのことで頭がいっぱいで……相手のことをきちんと見ていなかった」
「ま、あなたが焦っていなければ普通に負けてたでしょうね」
「耳が痛いよ。……よし、潔く勝者にプレゼントだ」
カンナギが背後を親指で示すと、そこの床がバスケットボール大に穴が空く。
するとその下から黄色い水晶で出来たオベリスクのようなオブジェがせり上がってきた。
同時にカンナギのアバターが青く透けていく。
「あれが最上階の扉のスイッチだ。触れている間しか作動しないから気を付けて。……あとはよろしくね」
そう言い残すとカンナギは消滅した。
おそらく例の管制室か、もしくはホームタウンに戻されたのだろう。
ラブリカはそのオベリスクに歩み寄り、背中を預けるようにして座り込む。するとオベリスクはぼんやりと光を放ち始めた。
これで自分の仕事は終わりだ。あとはここで待ち続けるだけ。
思わずため息が漏れる。
厳しい戦いだった。いつ終わるとも知れない時間稼ぎは精神力を著しく削る。
「私のポリシーには反しますけど……たまにはこんな可愛くない勝ち方も悪くないですよね、先輩」
今頃どこかを走っているのだろう彼女にボイスチャットを掛けると、ラブリカは静かに目を閉じた。




