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245.彼の想い・此の想い


 完全に目算が狂った。

 最大深度の麻痺を付与して身動きを封じ、あとは一気に畳みかける――そのはずだったのに。

 

「が……っ!」


 激しい稲光を発する雷槍がラブリカの腹を貫く。

 そのまま凄まじい勢いで吹き飛んだピンクの少女はノーバウンドで壁に激突し、ずるりと滑り落ちた。

 

 スキル自体のダメージに加え、アバターの欠損でHPが激しく減少していく。

 このままではあと数秒で死ぬ。しかもカンナギは容赦なく雷槍を再度放とうとしている。麻痺の影響が残っているのか動作は緩慢だが、あまり猶予はない。


 焦燥に駆られる頭で何とか注射器型の回復アイテム、《ヒールアンプル》を三つ全て取り出すとまとめて太腿へ乱雑に突き刺す。

 三つ分の自動回復が始まり、欠損の継続ダメージと相殺する形でHPの減少が極めて緩やかになる。

 だがこれで回復アイテムは無くなってしまった。


「はっ!」


 直後、雷槍が迸る。

 剣の切っ先が光ったのを見てから樹木の盾を生成――しかし数瞬拮抗したのち破壊される。

 防がれたことでわずかに軌道が逸れた雷槍を全力で回避すると、頬を薄く裂いて背後の壁に直撃した。


 呼吸すら許されない攻撃の数々には必死で食らいつくことがやっとだった。

 新たな力を手に入れても、いまだこれだけの差がある。

 圧倒的にして絶望的な力量差。


(強すぎる……!)


 勝ち筋はある。

 あるが、そこまでの道のりが途方も無く遠い。

 とにもかくにも生き残らなければ何も始まらないのだ。

 だというのに、あの勇者の前で立ち続けられるビジョンが全く浮かばない。


 こちらの攻めを頭の中でシミュレーションしても脳内ですら全て潰される。

 萎縮している――そのことが自覚できる。

 こんな強敵と、どうしてよりにもよって自分が当たってしまったのか……そんな情けない不満まで湧き上がってくる。

 

「君は僕に勝てないよ。なぜならこのイベントに参加している中で、僕以上の想いを持っている人はいないからだ」


「…………!」


「僕はフランさんが好きだ。誰よりも好きだ。彼女とまた会いたいという気持ちは誰にも負けない……絶対に」


 その強い眼差しに偽りはない。

 本当にあの人のことが好きなんだろうなと思える。

 なぜならラブリカ自身も同じ目をしているから。それくらいの自覚はあるから。

 見つめる先は違えども、その想いの形は同じ。


 だが。

 それでも看過できないことはある。


「……どうも、わかってないみたいですね」


 カンナギは何も言わなかった。

 ただ、わずかに眉をひそめただけだった。


「誰にも負けない? 何を言ってるんですかあなたは」


 確かに並々ならぬ想いを持って彼はここに立っているのだろう。

 だが、それはこちらも同じ。

 そして、


「私はミサキさんのためにここにいる。その想いは絶対に、誰よりも強い」


 実力で劣ろうが、それだけは認めるわけにはいかなかった。


 取り戻したい。

 取り戻させてあげたい。

 

 世界ごと染め上げるような想いが、ラブリカの中に渦巻いていた。

 

「あなたの言葉をそっくり返してあげますよ。私の想いは――誰にも負けない!」  


 その啖呵を聞いたカンナギは、口元を笑みの形に歪める。

 嬉しそうに、挑発的に。


「……良いだろう、なら見せてくれ!」


「言われなくても!」


 軽やかにステッキを回しつつ、この戦闘をどう運ぶかを考える。

 とにかく相手の動きを封じなければならない。

 距離を取っても強烈なスキルが飛んでくるなら、まずはそれを阻止しなければ。


「【ゲブラー・オフリス】」


 発動宣言と共にカンナギの足元から飛び出した芽が急速に樹木へと成長する。

 すぐさま逃れようとするも、想像以上の成長速度にまず足を絡めとられ、そのまま胴体、腕――と拘束される。

 気づけばカンナギは樹木に半身以上をうずめた状態に陥っていた。


「これで動けないはず……」


「歪んだ光、裂ける空――――」


 だが間髪入れずに響き渡る特殊なエコーのかかった声とともに、カンナギの周囲の空中に雷の光輪がひとつずつ生成されていく。

 ラブリカにもすぐにわかった。あれはマジックスキルだ。詠唱を必要とする代わりに動かずとも発動できるスキル。

 だが。


「残念でしたね!」


 ステッキを振るうと同時、カンナギを拘束する木々のそこかしこから緑色の煙が噴出し、カンナギの身体を包み込んだ。


「ぐっ……か…………」


 詠唱が止まる。


 そのことに驚愕しつつ、カンナギはラブリカを見据える。


「状態異常”沈黙”です。一定時間口が利けなくなる――それが意味するところは分かるはず」


 声が出せない。

 つまりスキルの通常発動が不可能になるということだ。

 詠唱が必要なマジックスキルはもちろんのこと、スキル名の宣言をしなければならない普通の攻撃スキルも例外ではない。


 言わば四肢をもがれたような状態のカンナギに対し、ラブリカは悠々と次のスキルを発動する。


「【ティファレト・スタぺリア】」


 スキル名を呟いたラブリカの背後に、一瞬にして燃え盛る灼熱の樹が出現する。

 間髪入れずにステッキが振り下ろされると、そこから豪雨のごとき炎が部屋全体を蹂躙した。


「――――――――」


 声は聞こえない。

 口は封じられている。

 永遠と思えるほどに続く炎雨は少しずつその勢いを弱めていくと、白煙だけを残して発射台たる樹ごと消えた。


「さすがに倒れてもいいんじゃないですかね……、……っ!?」 


 立ち込める煙幕に風穴が空く。

 貫いたのは恐ろしい速度で突進してきたカンナギ。彼が腰だめに構える剣には雷光が宿っている。

 【サンダーブレード】。そう、普通のスキル発動は叶わずともサイレントスキルは沈黙しようが関係ない。

 その動作だけでスキルの発動条件を満たす高等技術。


(もう麻痺が終わってる……!)  


 本来ならあと倍の時間は続くはずだった麻痺はすでに自然治癒している。

 これが勇者の状態異常耐性。

 取り戻したスピードによって一気に距離を詰めてくる――先ほどの火の雨で死んでいてもおかしくない威力だったのに。


 ラブリカはとっさに樹木の盾を生成するも、雷剣の一振りで容易く両断される。

 再び眼前。この状況を打開できるスキルは、


「【ネツァク・ドロソフィルム】!」


 剣がラブリカへと届く寸前、巻き起こった花吹雪によってカンナギのアバターが舞い上がる。

 その花弁はひとつひとつが小さな刃だ。威力自体は大したことは無いが、手数でHPを削り、さらに風圧によって高空へと敵を持ち上げることができる。

 しかしカンナギは一切手を緩めない。無言で剣の切っ先を眼下のピンク魔法少女へと向けると、その刀身が稲光を纏う。

 【ボルテック・ピアース】。威力はそこそこだが弾速が極めて高く、無限の射程を持つスキルだ。特筆すべき点として、サイレントスキルに必要なモーションが簡単だ。 

  

 ビカッ! と目を塞ぎたくなるような閃光と共に雷の槍が放たれる。


「…………【ホド・ネペンテス】!」


 ラブリカの振るうステッキから放たれたのは、その大口で攻撃を受け止め跳ね返す巨大なウツボカズラ。

 雷槍がその中に飛び込み、一瞬で爆散する。


(反射しきれませんか……!)


 破裂したウツボカズラの中から透明な粘液が吐き出され、あたりにびちゃびちゃと飛び散っていくその向こうに静かに着地したカンナギがこちらを見据えているのが見えた。


「沈黙も解除されたみたいだね。さあ……まだやるかい?」


「あなたを負かすまでは!」


 圧倒的な実力差。

 それでもラブリカの瞳の光はいまだ消えることは無い。


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