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244.ももいろせいめい


 『アインソフマギカ』。

 それがラブリカの現在のクラス名だ。

 これまでは味方への強化(バフ)付与を得意とする『マジカルマギカ』だった。


 不思議なことにいつの間にか変化していたのだ。ふつうクラスチェンジできるようになったときは通知ウィンドウがポップアップするはずなのに。

 おそらくフランから送られた新たな武器――《クリフォドラ・ブルーミア》が影響しているのではないかとラブリカは考えている。というかそれ以外の理由が見つからない。


 まったく、本当に規格外な人ですね――とため息をつきたくなったが、強くなるためならそれも受け入れよう。

 マリスはいなくなったが、強くなって損はないだろう。

 そう考えていたらこのイベントに誘われた。


 ……不謹慎だが安堵した。

 ああ、私はあの人の役に立てるんだ、と。




「だから……もう戦ってるんですっ!」


 愛する先輩からの通話を乱暴に切る。

 残念だが今は全く余裕がない。


 敵は勇者。カンナギ。

 ミサキを下したほどの男だ。

 そんな人物が、愛するフランのため全力でその剣を振るう。


「はああっ!」


「くっ……」


 畳みかけるような剣戟を、ステッキから生み出したピンク色の樹木を鞭のように振るい紙一重で防ぐ。

 《クリフォドラ・ブルーミア》には植物を操る力が備わっている。非常に強力だが使いこなすのにはそれなりの時間がかかった。


「見たことのない技だ……フランさんのおかげかな?」

 

「だったらなんだって言うんですか!」


「ははっ、彼女はすごいなって――単に思っただけさ」


 余裕の体で剣を振るうカンナギに対しラブリカは苦悶の表情を浮かべる。

 強いとは聞いていたが実際に対峙すると思い知る。

 この男は、自分よりも先のステージにいる。


 こうして食い下がっていられるのが奇跡だ。

 それだけこの武器が底上げしているのだと思い知らされる。

 

(――――これは私の力じゃない。フランさんの力だ) 


 培ったものではない。

 ただ与えられただけだ。

 しかし。


(それでもいい!)


 ラブリカの瞳に強い光が灯ったのを目の当たりにした次の瞬間、足元から突き出した何本もの樹木によってカンナギは剣ごと押し戻される。

 すさまじい力だ。まるで筋線維が無数に寄り集まった巨大な腕のごとき膂力。


「ならばッ!」 


 カンナギの剣に稲妻が走ると、そのまま繰り出された袈裟切りによって眼前でうねる樹木が一刀のもとに両断される。

 サイレントスキルにより発動した【サンダーブレード】。下級に位置するスキルだが、火力としては充分だ。

 

 そのまま剣の切っ先を前方に向け、消滅する樹木の向こうにいるラブリカへと照準を合わせる。


「【ギガ・ペネトレイト】!」 


 雷光が迸る。

 発動したのは激しい電撃を伴う突進突きだ。

 空気を削り取るかのような威力と速度――当然、見てからの回避など不可能だ。それこそミサキでなければ。


「うああっ!」


 左肩に穿たれた穴を押さえてうめき声を上げる。

 だが、それは一瞬。

 駆け抜けたカンナギはすぐ背後にいて、怯んでいる暇は全くない。


「【ケテル・ドロセーラ】!」


 振り向きざまにステッキを振るい、針のように細い種を飛ばす。

 その種はカンナギの目の前で破裂すると、濃いピンク色の粉末を撒き散らした。


「ぐっ……花粉か……!」


「そのとおり! 吸ったが最後、永続の猛毒付与です!」


 ラブリカの言葉を証明するようにカンナギの頭上には紫の泡マークが表示された。

 同時に、徐々にだがHPが減っていく。


「だが僕は勇者の耐毒パッシブスキルによって毒の効果を大きく軽減している。大したダメージにはならない!」


 しかしカンナギは毛ほどの動揺も見せない。

 力強く踏み込むと、雷が激しく迸る剣を真横に振りぬいた。


「うっ……く……!」


 一撃目で防御しようとしたステッキが跳ね上げられ、がら空きになった胴体へと二撃目が襲い掛かる。

 だがステッキが輝くと、足元から突き出してきた樹木がその剣を阻んだ。


 …………与えられた力だとしても。

 自分の力でなくても。

 

(大切なのは――どう使うか!)


「はああっ!」


 強靭な樹木が鞭のようにしなると、剣ごとカンナギを打ち払う。

 クリーンヒットはしなかったものの強烈なノックバックによって距離は離れた。

 

 確かにミサキの言っていた通りだ。

 カンナギは万能なスキルの数々も強力だが、真に警戒すべきは磨き抜かれたあの剣技。

 絶対に近距離で戦うべきではない。


(あの人は遠距離攻撃も豊富だけど……この距離なら充分に撃ち合える!)


 クラスが変わっても接近戦が苦手なのは変わっていない。

 だからこそ、死に物狂いで間合いを測る。

 ぐっと握りしめたステッキがラッパのような形に変わり、ラブリカはそれをカンナギへと向ける。


「【コクマー・サラセニア】!」


 ガガガガ! とけたたましい音を立てて木の弾丸が連射された。

 それに対しほぼ同時に反応したカンナギが横に走り、射線から逃れようと試みる。

 追う掃射はことごとくカンナギの足元やその向こうの壁へ着弾し続け、本命に命中することはない。


「狙いが甘いッ!」


 射線から外れた途端勢いよく地面を蹴りラブリカへと直進するカンナギ。

 だが。


「何……?」


 その動きがぴたりと止まった。

 身体に力を込めても身動きが取れないのを見て、ラブリカはにやりと笑う。

 カンナギの四肢にはどこからか伸びてきた何条ものイバラが巻き付きその動きを完全に封じていた。


「【ビナー・ダーリング】。種の弾丸を発射する【コクマー・サラセニア】から自動で派生するスキルです」 


「派生スキル……! つまりこのイバラは」


「そう、先ほどしこたま撃ちこんだ弾丸から発芽して急成長を遂げたものです。効果は対象の拘束と――――」


「ぐっ!」


 四肢に鋭い痛みが走り、直後全身に痺れが纏わりつく。

 視線を動かせばイバラのトゲがひとりでに生長し、突き刺さっていた。

 この感覚には覚えがある。


「状態異常”麻痺”の付与です」


 カンナギを戒めるイバラは急速に黒ずむと、ぱらぱらと崩れ落ちて消える。役割を果たしたということだろう。

 【ビナー・ダーリング】は回避困難な拘束力と、確実に麻痺を付与するスキルだ。

 全身に薄い黄色のエフェクトが走るカンナギは、苦悶の表情を浮かべその場で立ち尽くしている。


「さあ一気に決めますよ! 突き刺せ、【ケセド・シネンシス】!」


 ステッキを勢い良く真上に掲げると、カンナギの頭上に五本の樹の槍が出現し、その切っ先を標的に向けて衛星のようにぐるぐると旋回する。

 そのままステッキを振り下ろすと、槍は次々に射出されカンナギへと襲い掛かった。


「ぐああああっ!」 


 立ち上る白煙から叫び声が響く。

 今度こそ捉えた――そう右手を握りしめる。


 だが。


「な――――!」


 その光景にラブリカは思わず驚愕に目を見開く。

 白煙を突き破ってカンナギが猛然と突っ込んできている。

 

 混乱する中で彼のアバターを注視すると、脇腹だけに命中した証の穴が空いている。


「ありえない! 最大深度の麻痺をくらってそこまで動けるなんて……!」


「悪いが勇者にそういう搦め手は効果が薄いんだよ!」


 隙の無い万能なスキルの数々だけではなく、強力な状態異常耐性もスペシャルクラス『勇者』の強みだ。

 パーティ単位で力を発揮するよりも、その圧倒的な単体性能こそが勇者の本質。

 ソロプレイの適正・安定感に置いて他の追随を許さない。


「だけど……さすがに効いてるみたいですね! 見る影もないくらい鈍くなってますよ!」


 大きく後ろに飛び距離を取るラブリカの言う通り、カンナギのダッシュ速度は格段に落ちてしまっている。

 そもそも動けること自体がおかしいのだ。

 だが、カンナギはそこで急停止し、不敵に笑う。


「まともに動けなくとも、君を捉えることはできる。……【サージ・トーピード】」

 

 勢いよく床に突き刺した剣から、放射状に五つの電撃が地を這い進む。

 弾速はかなり速い。着地したラブリカは慌てて再び真上に飛び回避する。


「これくらいなら私だって避けられ――――」


 しかし。

 カンナギはすでに次の攻撃に移っている。


「そう、躱すのは難しくない。しかしこのスキルの真髄は、敵に回避を強要しその先を絞ることにある」


 ラブリカは跳んだ。空中にいる。

 つまり身動きが取れない状況だ。

 そこへ向かって剣の切っ先を向けると、その刀身が雷そのものへと変化する。


「――――貫け!」


 サイレントスキルによって発動した【ボルテック・ピアース】。

 空を貫くその雷槍は、容赦なくラブリカの胴体に風穴を空けた。


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