240.暗路2:BLIZZARD PAST
逃げ出そうとした最後の小悪魔に稲妻の針を突き刺して倒すと、床の光が消滅した。
「これで全滅。……力を取り戻せばなんてことのない相手だったわね」
自分の名前と錬金術士だということは思い出したけど、それ以外のことはなにもわからないままだ。
さっきの戦いも身体が動くままに任せただけで記憶が戻ったわけではない。
しかし、前のあたしはいったいどういう暮らしをしていたのだろう。
あんな化け物……小さな悪魔を前にしても、動揺こそすれ恐怖までは届かなかった。
戦いに慣れているのだろうか。錬金術士ってそういう職業なの?
「っていうか錬金術士ってなに」
当然の疑問を落とす。
金を練る術士? なにそれ。
この杖もよくわからない。錬金術士に杖とか必要なのかしら。
しかもこの服も……魔女でしょ。10人に聞いたら10人ともそう言うでしょ。
いつの間にか舞台を取り囲むバリアは消えていた。
目的地はわからない。どこかに通じているのかもわからない。
ただ、進まなければ始まらない。
真っ黒な地面を、あたしはブーツの裏で踏みしめ歩き出す。
くるくると手のうちで杖を遊ばせてみると何となくその在り様に違和感を覚えた。
まるでそれが何らかの擬態であるかのような――真の姿は他にあるような。
そんなことを考えながら真っ暗な道を歩いていると、なんだか無性に心細くなってきた。
見渡す限り真っ暗で、目指すべき方向すらわからない。
このままずっと独りぼっちだったら、なんて意味も無く後ろ向きな妄想をしてしまう。
ここで気が付いた時は何ともなかったのに、今はこんなにも孤独を恐ろしく感じてしまう。
その理由は明白だった。
「…………また聞こえないかしら、あの声」
あたしを呼んだ力強いあの声。
あたしをフランだと思いださせてくれた声。
きっとあたしは、あの声の主を探していたのだと思う。
「……いた?」
どうして過去形なのだろう。
あたしは今この瞬間にもあの子を求めて歩いている。
いつもそばにいた気がするのだ。ずっと隣にいてくれたはずなのだ。
探してくれている気が……するのだ。
だってあの子はそういう子だから。
覚えていないけど、わかる。魂に刻み込まれている。
あの声が無ければあたしはずっと空っぽだっただろう。
訳も分からず小悪魔たちに蹂躙され、消え去っていただろう。
さっきからずっと脳裏に吹雪の光景がこびりついている。
寒くて暗くて……自分がどこにいるのかも、どこに行けばいいのかもわからなくなる凍てついた閉塞。
まるで今の状況と同じだ。
「でも、知ってる」
そう、あたしは知ってる。
そこへ手を差し伸べてくれた人がいたことを。
笑って迎えに来てくれたあの子のことを。
いつのことかはわからない。
だけどそれはあたしの心の中心に、杭のように突き刺さっているのだ。
「…………また来た」
床が光る。
あたしを中心として直径数十メートルの範囲が輝き始めた。
それと同時、足元に異変。あたしの影がどんどん膨らんで――――
「上!」
反射的に思い切り後ろに跳ぶ。
すると直前までいた場所に、巨大な何かが落ちてきた。
それは真っ白な人型だ。太い腕に足、全身に生えた体毛。
ずんぐりとした頭部の先からつま先まですべてが白く染められている。
その姿は、白塗りの雪男のようだった。
「…………さて」
軽く杖を振るい、敵を見据える。
何やらどこかで見たような姿だが、やるべきことは変わらない。先に進むだけだ。
「あなたを倒せば、あたしはなにを手に入れられるのかしら」
白い雪男の咆哮が響き渡る。
あたしはそれを鼻で笑うと、戦闘を開始した。
スズリにラブリカ、シオとルキの四人が塔の中に駆け込むと、そこには立ち尽くすミサキの姿があった。
「みんな来たんだ。クルエドロップは?」
「あの翡翠という子を押さえに行って……戦い始めたんだろうな。おそらくだが」
「あー……あの子強い相手に目がないからね」
隙を見て追っかけてきてねと伝えはしたが内心では絶対戦いたがるだろうなとは思っていた。
フラン復活を考えるとそちらの方がいいのは間違いない。
これでクルエドロップの興味の矛先が色んな人に向けばいいんだけど、などと考えていると、ラブリカがおもむろに手を挙げた。
「先輩、どうして先に進んでないんですか?」
「ちょっとね。この塔の内装よく見てみて」
立てた指をくるりと回したミサキに従い、チームアルファの面々は塔の内部を見回す。
かなり広い円形の部屋だ。窓は無く、天井が低くて閉塞感がある。
上階へ登る階段は見当たらない。少し近未来的なデザインなのでエレベーターでもあるのかと思ったが、それも無かった。
塔を登る手段がないことに気づいたシオは首をひねる。
「おかしいですね。どこから上にあがればいいのでしょう」
「それは……やっぱりあれじゃないか」
スズリの指さす先。
壁に沿うように設置されたワープゾーンが青く淡い光を放っている。
それはひとつきりではなく、ミサキたちを囲むようにいくつも並んでいた。
ラブリカが指折り数を数えつつ、ミサキに視線を投げる。
「だいたい10個くらいですか。いくつ偽物が混ざってるんでしょうね?」
「あるかな、偽物」
「向こうは残り四人でしょ? そうなるといくつかは針山地獄とかに繋がっててもおかしくはなさそうです」
「嫌なこと言わないでよ……さすがにそんなの無いって。趣旨と違うもん……たぶん」
戦闘が起こらないと意味がないのだ。
だからきっとこの大量のワープゾーンはそこまで怪しいものじゃないはず。
「考えていても仕方がない。どれか踏んでみるしかないだろう」
「そうだね。時間も限られてるんだし、思い切って行こう」
スズリは率先して一番近くのワープゾーンに足を踏み入れる。
すると足元から光が立ち上り、その姿を消失させた。
そして後に続こうとしたミサキだったが、その足が止まる。
「うぷっ。なんでいきなり止まるんですか先輩。この可愛らしい鼻が潰れちゃったら責任とってくれるんですか」
「うわ……こういう感じか」
ラブリカのよくわからない文句を無視して指をさす。
その先――目の前のワープゾーンの光はきれいさっぱり消えていた。つまり、使用できないということだ。
「一人通ると通れなくなるタイプなのですね」
「そうみたいだね、シオちゃん。要するにここでチームが分断されるってことなんだろうな」
そして、おそらくワープした先にはチームベータのメンバーが待ち受けているのだろう。
「じゃあ迷ってても意味ないですね! お先でーっす、先輩……と、仲間たち!」
「わ、私はこっちに行くのです。ではまた」
楽しそうに手を振ったラブリカと、おずおずと会釈したシオは少し離れた場所のワープゾーンで姿を消した。
さて、自分はどこに入ろうか――と考えていると。
「ルキちゃんはどうする?」
「…………私は……どうしようかな……」
赤い天使のような恰好の少女、ルキ。
彼女はこの都市で再会してから――いや、イベントが始まる前からずっとこの調子だった。
それは双子の妹であるフェリと喧嘩したままだというのが関係しているのだろう。
チームも離れてしまい、仲直りする機会はしばらく失われてしまった。
ミサキはそんなルキに歩み寄ると、両肩に手を置いてじっと視線を合わせる。
「ルキちゃん。たぶんあなたは今、初めて一人になって不安なんだと思う」
ルキは少し顔を俯けると、ゆっくりと頷く。
ずっとそばにいた妹がいない。距離だけではなく、心も今は離れてしまっている。
その気持ちは、ミサキにもよくわかる気がした。
「だから……次フェリちゃんと顔を合わせるときがあったら、真っ先に本音をぶつけてみて。怖いかもしれないけど、頑張って」
「でもそれで嫌われちゃったら……」
「そうだね。でも、怖いと思った時は考えてみて。フェリちゃんはそんなことでルキちゃんを嫌うような子かな?」
「…………っ」
「わたしはまだ付き合い浅いけど、それでもルキちゃんたちはすごくお互いのことを想ってるように見えたよ」
それはお互いを見る目でわかった。
彼女たちの絆はそんなに脆いものではない。
「言ってもわかってもらえないことはある。でもね、言わなくてもわかってくれるなんてことは無いと思った方がいいよ。大事なことはちゃんと伝えなきゃ。でしょ?」
ルキはしばし目を閉じると、意を決して再び開く。
その瞳には、さっきまでの脆さは見当たらなかった。
「……ありがとう、ミサキちゃん。私頑張ってみる」
「うん、ルキちゃんは強いね。……わたしも頑張らなきゃ」
もう一度ありがとうと残したルキがワープするのを見送る。
さて、次は自分の番だ。
「……なにやってるんだろ、わたし」
フランのためにここにいるはずなのに、ルキにあそこまで肩入れして。
でも、あの子の姿が前の自分と重なって仕方がなかった。
何かを言わずにはいられなかった。
「行かなきゃ」
そう呟くと、少女は手近なワープゾーンに踏み入る。
慣れない浮遊感。直後、ミサキの視界は別の場所へと切り替わった。
さて、待ち受けているのはいったい誰か。




