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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第三章 いろんなプレイヤー、いろんなわたしたち
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24.海賊の成れの果て


 ギルドを抜けてからどれくらい経っただろう。

 日にちだけで数えるなら大して過ぎてはいないと思う。

 ただ、アタシにとっては時間の流れが至極遅く感じた。今までみたいにPKをやっていないからだ。


 結局アタシは暇だったんだと思う。

 現実から逃れるためにバーチャル(ここ)に来て、最初のうちは新鮮な感覚に喜んでいたけど、それもすぐ慣れてしまった。ゲームなんて元々ほとんどやってこなかったから何をすればいいのかもわからなくて、ただ漫然とモンスターを倒していた。

 そのころ、PvPは何となく怖くてやっていなかった。


 このゲームを始めてしばらくしたころ。

 アタシは見知らぬプレイヤーに突然襲い掛かられた。彼がどんな外見だったか、それはもう覚えていないけど、その時の恐怖は今もよく覚えている。

 誰の恨みも買っていないはずなのに襲われるなんて……と、当時は意味が分からなかった。

 とにかく死にたくなくて無我夢中で剣を振るった。


 運が良かったのか悪かったのか――アタシは勝った。

 後から思えば彼は初心者狩りだったのだと思う。初期装備のプレイヤーを狙う、そんなPK。

 実際アタシは面倒くさくて装備を変えないままプレイしていたから勘違いされるのも無理はないと思う。でもレベルだけはそこそこ高かったから勝ててしまったのだ。


 初めてのPvP。初めての勝利。

 そんな経験に――アタシは自分でも驚くくらい高揚した。

 心臓が暴れる。呼吸が跳ねる。口の端が上がっていることを、遅れて自覚した。バーチャルで再現された生々しい感覚はアタシの心をたやすく揺さぶった。


 力で相手をねじ伏せることがここまで楽しいものだったなんて思わなかった。

 ここでは現実に蔓延るどんな理不尽もない。力が全てを支配する。強さだけが正義だ。

 そうなればやることは決まった。

 まずは装備を整えた。あまり余った金で現時点での最高の装備を買った。

 行きつけのブティックの帰りみたいにスキップでもしたいような気持ちになった。


 ふと店のガラスで自分の顔を見てみると、見慣れた顔が映っている。地味でおとなしそうで気が弱そうな女だな、と思った。

 どうせならこういうところも変えてみようか。そう思い、アバターのエディットを開始した。

 何時間もかけて髪の色や髪型、瞳の色などをいじった。こうするだけで印象がガラッと変わる。


 こうしてアタシはエルダ(アタシ)になった。

 それからはもう何度も他のプレイヤーを殺した。時には真正面から、時には不意打ち気味に。勝ったり負けたりを繰り返して、アタシはどんどん強くなった。

 そんなことを続けていると、類は友を呼ぶのか、アタシと同じようにPKに熱を上げてるやつらが寄ってきた。同好の士というやつだ。

 どうすれば効率的に敵を殺れるか、おすすめの待ち伏せポイントはどこかなど、そんな話に花を咲かせる日々。気づけばギルドが設立されていた。


 半ば乗せられるような形で作ったそのギルドの名は『パイレーツ・キングダム』。PKをもじって付けた、略奪者の王国。

 このゲームにおけるPKは経験値効率がいいこともあり、ギルドメンバーはメキメキと強くなっていった。うわさを聞きつけ加入してくるやつも多かった。何しろPKは大人数でやるのが楽だし確実だから。PKした際は獲得経験値が固定値でプラスされる仕様上パーティで行ってもデメリットは無きに等しい。


 そんなことはしていると、いつしかアタシにとってのPKは勝負ではなく一方的な略奪に変わっていた。当たり前だ、複数人で行けばそうそう負けることなんてない。強そうなやつは狙わなければいいだけの話だし。

 だからいつしか負けることが怖くなっていた。気づけば初心者ばかり狙うようになっていた。PKによる恩恵が狙いなら、強いやつをわざわざ狙うメリットもない。

 そうして絶対に勝てる勝負だけを繰り返して繰り返して――アタシのレベルは肥大化した。誰かの血肉で盛ったアタシの『強さ』はさぞ赤黒い色をしていたことだろう。


 もう後戻りはできなかった。

 ここまでギルドが大きくなれば、リーダーの一声だけでどうにかなるものでもない。アタシにそこまでのカリスマは無いなんてこと、アタシが一番よくわかっている。利益を吸えなくなればあいつらは簡単に離れていくだろう。

 実際ギルドが無くなってから、元メンバーが関わってくることは一度も無かった。遠巻きに視線を感じることはあっても話しかけてくることは無い。

 それでいいと思う。


 そして。

 いつの間にかアタシは『どうやってやめるか』ということばかり考えていた。

 このギルドを、PKを、そしてこのゲーム自体を――何をしていてもやめることばかり考えていた。

 楽しくなかったのだ、もう。

 

 そんな時だった。

 あいつがやってきたのは。




「っ……あー……」 


 狭いアパートの一室でエルダは――海堂香澄(かいどうかすみ)は目を覚ました。

 頭が痛い。ぼやけた視界には銀色のアルミ缶がいくつも転がっている。昨日自棄になって飲みまくったのを思い出した。二日酔いで頭はガンガンするし吐息がアルコール臭くて最悪。

 それもこれも学年主任のアホが悪い。毎日毎日くだらないセクハラばかり、上司の権力をかさに着てアタシに好き勝手言ってくる。これがゲームの中ならぶっ殺しているところだ。


 本当に腹立たしい。学年主任もムカつくが、そんなあいつに対して「もお~やめてくださいよお~」なんて作り笑いしかできない自分自身も腹立たしい。結局この世界では弱いひとりの人間でしかないことを自覚する。


「いつつ……」


 起き上がると頭が輪をかけて痛い。

 休みだからって飲み過ぎた。絶対もうしない……なんて決心しつつ、また同じことを繰り返すんだろうな、という確信もある。

 

 トイレを済ませ、流しで汲んだ水飲み干しつつベッドの脇に転がっていたVRゴーグルを拾い上げる。

 まじまじと見つめていると、自分のやっていることに疑問ばかり浮かんでくる。

 なんでアタシはいまだにこのゲームにしがみついているのだろう。

 明確な目的もなく、ただ漫然とダンジョンに挑むばかり。それでも毎日のようにこれをかぶって電脳の海へと身を浸す。


 わからない、わからない。

 それでもやめてしまおうと思うたびに浮かぶあいつの顔が、アタシをあの世界に留まらせる。


 ミサキ。

 あいつのことが忘れられない。


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