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239.銃刀勃発


 東から西へと流れる風を受けながら、翡翠はスコープを覗き込む。

 

「……さて。敵が増えてきましたね」


 この都市にチームアルファの面々が揃ったことは感知スキルによってわかっている。

 イベント開始前に哀神から説明があったが、同エリア内ではチームメンバー間でボイスチャットが可能らしい。

 つまり今まさに彼女らは情報交換している最中だと予想できる。

 

 対するこちらはたった一人。

 タケノコ塔内部に配置されたチームベータの仲間たちとはエリアが違うので通信はできない。

 その役割を申し出たのは自分なので、それについては何も思うところは無いが。

 翡翠は高1の間友達もおらず独りぼっちだった。別段ひとりで寂しいなどという年頃でもない。

 ミサキと違って。


「まあ、あの人はそこが可愛いんですけど」


 寂しがり屋のミサキ。

 フランがいなくなってさぞ悲しんでいることだろう。

 絶対に取り戻してあげなくては。


 そのためには限界まで追い詰めなければならない。

 窮地を用意してあげることで、彼女はどこまでも強くなる。


 標的は増えたが、依然として狙うのはミサキだ。

 あの圧倒的な速度はいち早く潰しておかなければならない。

 ……まあ、激しい戦いを目的としたこのイベントでは望まれない対処かもしれないが、彼女ならこの状況くらいは打破してくるだろうという目論見である。

 

「決して個人的な趣味じゃないですからねー……」

 

 誰に対する言い訳かわからない呟きを零している間にも狙いをつけていた翡翠は、照準を定める。

 建物に隠れていて姿は見えないが、ミサキの場所は肌で感じられる。そこへ弾丸を届かせるため、視界端の地図と照らし合わせ、どの壁にどの角度で撃ちこめばいいか感覚で弾きだす。

 全てが勘で構築された狙撃術。だが、それは何よりも正確にミサキの頭部を狙う。


 だが。


「…………え?」


 思わず漏らした困惑の声。

 翡翠の視線の先には、勢いよく遮蔽物から飛び出したミサキの姿があった。

 

 小柄な少女は黒髪をなびかせ、わき目も振らずに最短距離でタケノコ塔へと駆け抜けていく。

 一瞬ぽかんとその姿を見守っていた翡翠だったが、すぐに照準を合わせなおす。

 隠れていても狙われるのに、身体を晒したら何倍も狙いやすい。

 それを知ってか知らずか、彼女は走り出してしまった。


「そんなことしたら当てちゃいますよ、ミサキさん……!」


 まっすぐ射抜くのではなく、今回も跳弾を活用する。

 翡翠のパッシブスキル【跳弾】はカンスト済み。

 壁や床、アバターなど何らかの物体に命中した弾丸が、最大五回まで反射するようになっている。

 それにより変幻自在の軌道で獲物の命を奪うことが可能だ――当然、翡翠の驚異的な狙撃力あってのもので、普通のプレイヤーが使っても産廃の評価は免れないが。


 ミサキの速度、風の向き、風速。

 そして彼女が通るルートを予測し、その先を狙う。

 引き金にかけた指を勢い良く引くと、銃口から鋼の塊が射出された。

 

 超高速の弾丸はわずかに風の影響を受けつつ飛び、屋根を滑り、壁を、地面を跳ね、何もない場所――数瞬後にミサキの頭部が通過する場所を目指す。

 完璧な精度。ミサキも気づいていない。

 先ほどまでは最大跳弾回数の五回を使い切っての狙撃だったが、それだと跳弾音の回数で察知されてしまう。

 だから今回はあえて三回で止め、彼女の判断を狂わせる目論見だ。


 もう瞬きの間に着弾する。

 そのランデブーポイントを見下ろす翡翠は、その瞬間を――見ることはできなかった。


「…………っ」


 ミサキのこめかみを撃ち抜くはずだった弾丸が、直前で四分割された。

 中心からきれいに裂かれた鋼の塊は駆けるミサキとは見当違いの方向へと散らばり、何も傷つけることなくその運動エネルギーをゼロにした。

 

「どうして……!」


 困惑する中、弾丸を撃ち落とした正体を、そこでようやく目視する。

 その少女は巫女服のような和装に身を包み、両手で二振り、空中に四振り――合計で六刀を操る、『極剣』という名のクラス。

 そう、スズリだった。

 

 息を呑む。

 早く場所を移動しなければ位置が特定されるかもしれない。

 視界の端ではミサキがタケノコ塔に到着し、内部へ突入したのが見える。

 ならばまずは狙撃場所を速やかに変更し、残りのチームアルファの面々を一人ずつ落としていけば――――そう考え、一歩後ずさりした時だった。


「はい特定」


 ぬるり、と。

 背筋を舐め上げるような、怖気が走る声と共にそれは現れた。

 翡翠の立つ鐘塔と隣接した建物の屋根に、下の街路から飛び上がって着地したのは現実の制服に身を包んだ刀使いの少女、クルエドロップ。

 

「なんでこの場所が、って顔やなー。あかんで音立てたら。うち【地獄耳】持ってるから簡単に聞き取れてまうよ」 


 音を立てたら、とは言うが動揺していたとは言えさっき翡翠が立てた音は靴が屋根を擦る些細な音だ。

 そんな程度で聞き取られたらもうどうしようもない。


 彼女のことは知っている。

 クルエドロップ。ミサキをも上回りかねない強さを持つ剣士。

 特筆すべきはその圧倒的プレイヤースキル。クラスも装備もそこまで並外れた性能ではないが、本人性能だけで並み居るプレイヤーをはるかに凌駕する。あの子なら武器が木の枝だけでも一騎当千だ――とはミサキの弁。


 中~遠距離の戦闘を得意とする翡翠にとってこの状況は命取りだ。

 ジャンプ一回で密着されてしまうだけの距離。ましてや相手がクルエドロップだと、こちらの適正距離を保ってやっと互角くらいだろう。


「……中々大胆な作戦でしたね。まさか私の銃弾を防ぐなんて」


「こっちの目的は二つ。ひとつはミサキちゃんを囮にしつつあの塔へ先行させる。もうひとつは……翡翠ちゃんやったっけ? あんたを抑えることや」


「私がいたら誰もあの塔には入れませんからね」


 さっきまではミサキだけを狙っていたが、その枷が外れればもっと容赦なく複数人の命を撃ち抜くこともできる。

 ミサキはその敏捷性から辛うじて回避することができたが、本来翡翠に狙撃されればその時点で終わりなのだ。

 

「運が良かったのはシオちゃんが銃撃の軌道を読むスキル【バレットサーチ】を持ってたことや。あれでどこに撃ちこむかをスズリちゃんに伝えてもろて、防御を頼んだんや」


 遠距離攻撃はその強力さから対策スキルの数も多い。

 そのひとつが【バレットサーチ】だ。弾丸が発射される直前、空中にその軌道予測線が赤く表示される。


「あとはうちがその隙を狙って、あんたを押さえるって感じやな。こうすれば他の子らもタケノコ塔に入れるやろ」


 クルエドロップが指さす先では、スズリたちが塔の内部に突入しているところだった。

 この時点で翡翠の役割はほとんど消失したことになる。


(…………さて、どうしましょうか)


 この状況でクルエドロップと戦っても勝ち目は薄い。

 勝利を目指すには引き付けつつ逃げて時間を稼ぐか。

 そんな策を巡らせていると、ひとつの情景が頭によぎった。


 あのアトリエで、ミサキたちが笑い合っている記憶が。

 かつてそこにあった日常が想起された。


 そうだ。

 ここで逃げても意味がない。

 真っ向から全力で戦わなければ――あの錬金術士は帰ってこない。


「その目。覚悟決まった感じやな」


「ええ。私も勝つ気で行きます」


「……うーん。それやとちょっともの足りひんねんなー……そうや!」


 クルエドロップは何かいいアイデアを思いついたのか、ぽんと軽やかに手を打つ。


「うちを倒されへんかったら――つまり翡翠ちゃんが負けたら、うちはチームアルファの子たちを追いかけて全員殺す。これでどう?」


「…………え?」


 いったい何を言っているのかわからなかった。

 今あの子は何と言った? 仲間を全滅させると、そう言ったのか?


「意味が分かりません。そんなことしたらフランさんは……帰ってこない」


「せやな。そしたらミサキちゃんも困るし、うちも悲しい。でもな――それよりも」


 クルエドロップは静かに腰の刀――《チギリザクロ》を抜く。


「うちは本気のあんたと戦いたいんや」


 ああ、と得心が行く。

 クルエドロップには気をつけろとミサキが言っていたのはこういうことだったのか、と。

 

 しかしそういうことならこちらもそれなりの対応をさせてもらうしかない。


「いいでしょう。ミサキさんの邪魔をするというなら……ハチの巣にして差し上げます」


「――――ハッ! 穴ひとつでも開けられたら褒めたるわ!」


 殺気を漲らせる翡翠。

 誰よりも楽しそうに刃の切っ先を揺らすクルエドロップ。

 無人となった都市で、今日初めての激突が勃発した。


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